心は墓石の下へ

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「いえ、悠馬をだしに使うような真似は決してしません」  力強いまなざしでもって、伊三六の試すような視線に対抗する。だが、同時に新たな疑問もわいてきた。 「私に求められているような仕事ができるのでしょうか」 「それなら心配いらない。君は今日までいろんな仕事を渡り歩いてきた、と言っていたね。私はその経験を買うんだ。それに、分からないことがあれば勉強すればいい。それだけの話だ」  あっけらかんと言い放つ伊三六を見て、和臣は目を瞬かせる。なぜここまで自分を信用することができるのかが分からなかった。  住所もほとんど不定の状態で、最後に住民票を移したのはいつのことだったか分からない。歯を食いしばって生きてきた。悠馬のためと願って、なんとか日々を過ごしてきた。また親子三人で暮らせることを信じて。 「伊三六さん、そんな分かりにくい言い方をしているのはわざとなの?」  表情を指摘されても目を向けなかった伊三六だが、今度は茜のほうを見た。肩をすくめて、茜に続きを促す。 「この人ね、あなたたち親子が心配だって言っているの。面倒を見させろ、ともね」 「まあそういうことだ。もちろんタダでここに置くわけにはいかない。身重の茜もいるから、まずは家事全般を頼む。私たちとの生活に慣れたころに、本格的に秘書としての仕事もやってもらう」  目の前の会話を聞いているものの、理解が追い付かない。 「どうして、どうしてそこまでよくしてくださるんですか? 出会って間もないし、本当に信用できる相手なのかも分からないのに!」  知らず、大きくなってしまった声に和臣自身が驚いた。けれど目の前のお人好し二人は、そろって首を傾げた後に顔を見合わせ、言った。 「これから生まれる子を、胸を張って迎えられる人間でいたいから」  先ほどの茜の言葉とほとんど変わらない物言いに、和臣は体の力が抜けていくのを感じた。  座ったままうつむいた和臣を見て、二人は声をかけてくる。無性におかしくなって、嬉しくなって、和臣は一筋ほほを濡らして笑った。
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