心は墓石の下へ

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小学校に上がった悠馬は、わがままを言うことはほとんどなかった。父と過ごせないことをさみしく思う気持ちはあるものの、それが自分と神園家のためだということを理解していたのだ。何よりもかっこわるいとこを見せたくない相手がすぐそばにいた。  千咲も小学校に通い始めると、悠馬と一緒に登下校をするようになった。伊三六や和臣の仕事を手伝えるわけでもない身で、家事と千咲の世話だけは自分のできる領分だと考え、役に立てている実感を得ていた。何もできない自分から、少しは何かをできる自分になれたことが誇らしかった。幸せを感じていた。 和臣が倒れたのは、悠馬が小学6年生、千咲が小学2年生の夏だった。 仕事中に激しい腹痛で気を失った和臣は、救急搬送され検査入院をすることになった。出た結果は末期の胃がん。他の場所への転移もあった。年一回の検診も受けていたが、その年の検診を受ける直前の出来事だった。 「俺たちは、伊三六さんたちに返しきれないほどの恩を受けた。父さんだけでは返しきれなかった。悠馬にそれを背負わせることになって、本当にすまない」  のちにホスピスであると知った病棟の一室。死が近いことに涙を流すでもなく、神園家への恩義を口にする父を、悠馬は誇りに思うと同時にさみしくも思った。 「悠馬。私と和臣で話をしておきたいことがある。この階のラウンジで待っていなさい」  一緒に見舞いに来ていた伊三六に促され、悠馬は病室を出る。けれど父のいる病室からは離れがたく、扉のそばで待つことにした。  ぼそぼそと扉を通して聞こえる会話は、言葉として聞き取ることはできなかったが、父の声が涙に濡れ始めたことは分かった。つられるように、伊三六の声も震えはじめ、悠馬はその場にしゃがみ込む。
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