36人が本棚に入れています
本棚に追加
――3分前
『先輩と、2人で出かけたって本当ですか?』
うっかりと聞いてしまったのは、口が滑ったとしか言いようがない。
先週じわりと広がったその噂にもやもやしていた私は、それでも後輩其の一でしかない自分が、その真相を突き詰める権利はないことを理解している。
だからもやっとしていても……例え、彼も先輩もその噂を否定も肯定もしなくとも、私はその噂を甘んじて受け入れる第三者でしかない。
そう何度も自分に言い聞かせていたのに――
唐突にやってきた、彼と2人きりのチャンス。
他愛もない話を繰り広げていたはずなのに、気が付いたときには、うっかり踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまっていた。
『なんでそんな質問するの?』
その問いに答えられず俯いた私は、消え入りそうな声で答えた。
――何でも、ありません。
顔が赤くなったせいか、それとも唇を噛みしめ過ぎたせいなのか。唇が熱い。
俯く私に、彼はどんな顔をしていたのだろうか。
踏み込んだ領域から足を出すことにばかり必死で、彼の変化まで捉えられずにいた。
そのせいだろうか。いつの間にか始まってしまった。
カウント5分前が。
私に向けて、突然に。
周りの空気が動いたことに気づいて、ようやく俯きがちになっていた顔を上げると、彼が立ち上がっていた。
キィ……と金属の音を立てるのは、少し古びたパイプ椅子。
被疑者にしか座らせないそれに座った彼は、いつもと違って……そう、いつもと何かが違うように見える。
――一体、何が違うの?
その正体も掴めないのに、翳りを帯びた仏が、薄く笑いながらひたりと音を立てて、一歩を踏み出す。
その気配に、私も息を詰めてじりじりと右足を半歩引いた。
今日の仏は、笑っているのに仏じゃないような気がした。
だとすれば……何だって言うの?
最初のコメントを投稿しよう!