36人が本棚に入れています
本棚に追加
――1分前
あぁ、バラシにかかっている。
ついに理解してしまった。
私の行動が、言葉が、彼の魂に火をつけた。
『僕ねぇ、何の根拠もなくあなたが犯人じゃないかって疑ってるわけじゃないんですよ』
ニコニコ笑いながら、仏のバラシ屋はいつもそう問いかける。
そうして、証拠をちらつかせるんだ。
ここにあるんですけどね……と。
どんなものがあるか、見たいでしょう? って。
その顔は笑顔なのに意地悪で、私はいつも震えながらその笑顔を見ている。
でも、本当は震えてるだけじゃない。
本当は、私は――
靴先がコツとぶつかった。
わずかな距離をついに詰められて、右も左にも逃げられない。
バンと音を立てて、私の耳を掠った手が背後の壁に押し付けられた。
あぁ……これが壁ドンか、なんてロマンチックさゼロの感情でまつ毛が震える。
後、1分だろうか。
ふぅーんから、5分。
ずいぶん耐えた気がするのに、まだ逃げ道を探している。
どうにか逃げたいだけ。
それなのに、屈んで見つめられた視線が重なって、痛い。
私の視線と重なる黒目がとてつもなく、私を不安にさせる。
「根拠って、何……ですか?」
乾いて、擦れた声でようやく尋ねたけれど、彼にはひょいと眉毛を上げて無視された。
あぁ……求められていた解答と違ったんだろう。
そう分かるのに、また寄せ集めの唾を飲みこんで、息が止まる。
怖さに視線を落とすと、くっついた靴先が目に映った。
首筋をまた一筋、汗が伝う。
「おっしゃってる意味が、わかり」「嘘つき」
突き刺さるほどのすごい破壊力で飛んできたその言葉に、本当に息の根が止められる。
ぐっと顎を引いて上目に彼を見上げると、私は驚きのあまり目を見開いた。
彼が、仏が……笑っていない。
「本当のことを、教えて」
尋ねる声に余裕がない。
おかしい。何かが、もしかして……違う?
「わたし、は……」
言うべき? それとも――
秘めた感情の暴露が怖い。
私は後輩其の一で、それ以上でもそれ以下でもない。
それなのに、言ってもいいの?
言ったらもう、彼の傍で仕事すらさせてもらえないかもしれない。
そう思うと怖い。
だって私は――バラシ屋の彼の姿が、好きだから。
ふぅーんと言って割っていく、彼の仕事ぶりに、心底惚れている。
最初のコメントを投稿しよう!