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第1話 妖精の記憶(2)
転校したてで孤独を募らせ、その日も私は外を見ていた。
白夜のように薄ぼんやりとした空。
校庭の、広いスケートリンク。
冬になると突然出現するそれは、誰がどうやって作っているのか分からない。
毎年気付くとそこにある。
校庭のスケートリンクって、北海道ならどの学校にもあるのかな。
曇った窓の向こうで雪が舞う。
雪の曲、弾きたいなあ。
……多分、こんな感じ。
ちらつく雪片に合わせてメロディーが踊り出す。
教室の風景を脳内で消去し、私は頭の中の鍵盤のカバーを外す。
指が宙を叩く。
メロディーはいつの間にかハーモニーを帯び、自由自在に展開していく。
音の種類は何だろう?
ビブラフォン、オーボエ、チェロ、ハープ、ついには楽器の種類を挙げるのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、音色は千変万化していく。
リズムを刻むのは電子のビート。
生のドラムがそこに加わり、タンバリン、トライアングル、様々な打楽器が現れては消える。
ぼうっとした視界の中、突然人影が現れた。
私は指を止め、曇った窓をそっと擦った。
ガラスの向こうに、黒いつなぎを着た男の子が一人、空を見上げ、舞い落ちる雪を手のひらで受け止めていた。
やがて、彼はすーっと前進し、急にくるりとターンした。
私は目を見張った。
浮いているのかと思うほど滑らかな動き。
よく見ると、足にはスケート靴を履いていた。
後ろ向きに滑り出したかと思うと、氷を蹴って軽やかにジャンプ。
……すごい。
まるで氷の上に住んでいるみたい。
妖精だ、と私は思った。
風を味方に付け、氷の祝福を受ける。
その奔放な滑りを見ていたら、いつの間にか私の指も再び動き出していた。
流れ出す音楽は止まらない。
頭の中の鍵盤を閉じ込めていた壁が四方に倒れ、私は宙に解放される。
白銀の世界で一人舞う彼に、私は自分が生み出した音の奔流を、整えては押し流し、衝突させては弾き飛ばして、ただ遊んでいた。
不思議なことに、彼の動きは次第に私の音楽とリンクし始めた。
私が鍵盤を叩くと彼が跳ねる。トレモロが鳴るとくるくるとスピン。
氷を通じて私の音楽が彼に届いているのかもしれない。
一瞬、そう思った。
今思えば、きっと私の音楽が彼の動きと連動していただけ。
まるで一方通行のセッション。
でも、いつまでも見ていたい。
いつまでも滑っていてほしい。
いつまでも、弾き続けるから。
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