第1話 妖精の記憶(3)

1/1
前へ
/244ページ
次へ

第1話 妖精の記憶(3)

「山崎さん、聞いてる? 山崎さん、あなたの番よ」 「は、はいっ」  私はガタンと椅子から立ち上がった。  皆が私を見ていた。  全く授業を聞いていなかったので、何をやっているのかも分からない。  でも、黒板には平仮名で「こおり」と書かれてあったから、前に出てチョークを持ち、震える手で「氷」と大きく書いた。 「はい、よく出来ました。みんな、書き順見てた? 縦が先だったよね」  ホッと溜息をついて、席に戻る。  漢字って不思議。水に一つ点を加えると、氷になっちゃう。  窓の外を見ると、彼はもう消えていた。  後で分かったのだけど、氷の妖精は、隣のクラスの芝浦刀麻(しばうらとうま)という男子だった。  しばうら、とうま。  漢字も響きも変わってる。  うちのクラスの荻島雷(おぎしまらい)と仲が良いようで、休み時間になると時々話しにやってくる。  ドキドキしながら耳を澄ましてみると、コーナーが、直線が、タイムが、と言っている。  フィギュアスケートだけじゃなくて、スピードスケートもできるなんて。  エレクトーンとピアノ、両方を弾く私と同じだ。  私は勝手に親近感を募らせ、ますます彼のことが気になっていた。
/244ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加