屏風絵に棲む男

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「この屏風、元はあの方のものでした」  遠く、それは幾年月ものむかしを見る眼差しで。 「謙信公に献上されるまで、お側に置いて、よう飽かず眺めておられた」  誰の… 話を… 「此処で待てと… それがあの方との永遠(とわ)の約定。あの方が生まれ変わるたび、現世で長じるまでの暫しの間、私はこの都で待っております」 「…あのかた、とは」 「私があのひとを殺したのです」  だから、あのひとの望みは必ず叶えなければ。  彼は、そう言うとまた、凄惨にわらった。  気付けば、閉館を知らせる声が掛かっている。  私は幽かに後ずさる。  彼はゆったりと展示室を眺めやる。 「嗚呼、もう今日は仕舞いです」  貴方もお帰りになると宜しかろう、と。  彼はそう穏やかに告げて。  私は頷くのに精一杯で、ただ、駆け出そうとする足を必死に宥め賺し、出口へと向かう。  そうだったのだ、彼は… あれは… 此の世のものではない。  振り返ると、もう雲水は居なかった。  唯、彼が立っていた目の前の屏風絵に、墨染の衣が…  その洛中洛外図の中に、新たに描かれた雲水がひとり。
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