屏風絵に棲む男

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 話題の洛中洛外図屏風が展示されるというので、私はその日、博物館まで足を運んだ。  その昔、足利義輝の求めに応じて、関東管領となった上杉謙信に贈るため、狩野永徳の手によって描かれた洛中洛外図屏風。その後、義輝が非業の死を遂げたため永徳の元にあったものが、後に永徳のパトロンとなった織田信長から謙信に贈られたという。  しかし先年、その来歴に異を唱える歴史学者が現れ、永徳筆は疑わしいとの説が出た。界隈では随分と紛糾したそうだが、何れの筆であっても民俗学的には貴重な資料だ。私はいそいそと講義の合間を縫って展覧会に潜り込んだ。  光量を抑えた展示室で、その屏風絵は静かに佇んでいた。金色の六曲一双、堂々たる屏風絵である。展覧会の目玉とあって、周囲には相応に人だかりが出来ていた。私はその端に参画して、その壮麗な世界に見入っていた。  ふと、気付けば隣りに背の高い雲水が立っている。  この街では僧侶は珍しくもない。博物館の近所には大寺院もある。ただ、その雲水はよく見れば非常に端正な顔立ちで、尚ほんのりと笑んでいた。慈しむように、柔らかく。  私は暫し、  見とれた。
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