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「見えたでしょう?」
「……うん。びっくりしちゃった」
「これが彗星。佐伯さんに見せたかった、というか、一緒に見たかったというか。ずっと雨だったから見られないと思ってたんだけど、今日は晴れたから突然でごめんね」
「どうして?」
彼は大きく目を開いてしっかりとわたしを見た。わたしも吸い込まれるように彼を見た。
「この彗星、どんどん遠ざかって、次に近づくのは五千年後なんだ。だから、思い切って勇気を出してみた。……また一緒に星を見てくれないかな?」
頭の芯がぼーっとして、なにも考えられなくなる。それは、つまり。
「つまり?」
「ずっと好きでした。付き合って下さい」
彼は頭を下げる時、望遠鏡に危うく頭をぶつけそうになって、自分のことより望遠鏡の心配をした。わたしは彼の心配をした。
「わたしと見たいと思ってくれてありがとう。そんなふうに思ってくれてると思わなかった。でも、うん、高遠くんさえ良ければ」
やった、と彼は小さくガッツポーズをした。思わず笑ってしまう。
なんでよく知らない男の子からの告白を受けてしまうのか、自分が不思議だった。でもそれが、いまは自然なことのように思えた。
「実は、この彗星にはもう会えないけど、他の彗星もちょくちょく見えるんだよ。また見たい?」
「……意地悪だな、二度と見えないみたいに言って! でも、もしよかったらまた見せてくれる?」
さわ、と稲穂がそよいだ気がした。
彗星はどんどん、少しずつ地球を遠ざかる。
それに反比例してわたしたちはゆっくりお互いを知り合う。そういうのも、悪くない。
「あ」
思わず出た声に高遠くんがわたしの顔を見た。
「二年になってすぐ、わたしが廊下でペンケース落としちゃった時、もしかして一緒に拾ってくれた?」
くすくす、と彼は笑った。
「思い出した? 僕は『ごめんなさい』を繰り返す君のこと、少しずつ少しずつ気になるようになっていまに至る」
「言ってくれたらよかったのに! あの時は恥ずかしくて拾ってくれたひとの顔までゆっくり見る余裕がなかったから」
「いいんだ。僕の方がすきになったってことで」
レジャーシートの上をすっと指が滑って、彼の指に触れてしまった。あわてて離そうとすると、捕まってしまう。
「次の星座観察いつにするか、天文ガイドで調べておくよ。天気が良くなるように祈ってて。見せたいな、次は流星群。願いごと、たくさん考えておかなくちゃダメだよ。今度は一瞬だから」
流星群。テレビで確かに聞いたことはあるけど、いままでは気にしたことがなかった。これも遠い、遠い話だと思っていたから。
まさか、こんなふうに身近なところにきっかけがあったなんて――。
天上に流れる箒星は、遠くからわたしたちを眺めているだろうか? この小さなわたしたちを。
握られた右手に、わたしも力を込めた。五千年後が無理でも、またこうして星が見られるように。
幸い空には瞬く星が、数えても尽きることなく輝いていた。
(了)
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