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(4)
「僕さぁ」
身を乗り出していた彼は、またシートに座り込んで話し始めた。
「星の観察が趣味なんだけど、やっぱり変わってるかな?」
「え? 別にいいんじゃない? むしろスマホで遊んでる男子たちよりずっと健全で好ましいと思うけど」
くすくす、と笑われる。
笑われたポイントがわからない。
「『健全』で『好ましい』か。佐伯さんらしい」
「『らしい』ってなんか感じ悪」
「佐伯さんこそ『健全』で『好ましい』よ。月を見て素直に『すごい』って喜んでくれるところが『好ましい』って……」
彼はそのあとの言葉を濁した。
そうして、わたしたちはしばらく無言で座っていた。わたしも彼も、虫の鳴き声を背景に俯いてしゃがんだままでいた。風のない晩で、汗が肌にじっとりと滲んできた。
――なにを言ったらいいのかな?
頭の中からできるだけ気の利いた言葉を探す。なにか、感じのいい、そう、好ましい感じの。
ふたりきりでいるある種の居心地の悪さがわたしを焦らせた。
「それでさ、どうして今日、いきなり呼ばれたんだろうって思ったでしょう?」
「ああ、うん」
先に言葉を口にしたのは高遠くんの方だった。まだ彼の顔は俯いたままで、表情がわからない。
「実はね、いま、大きな彗星が来てるんだよ」
「そうなの? 今夜、流れるの?」
彼は深く息を吸って、ゆっくり空を見た。
「彗星はさ、地球から見るとすごくゆっくり動いてるから止まってるように見えるんだ。いまも見えてるんだよ」
「いまも? え、この空に?」
頭上をざっと見上げるとさっきと変わらない星空しかそこにはなかった。わたしには見えないなにかが彼には見えるんだ……。
そうして彼はある方向を指さした。
「えっとね、わかるかな? この方向、いちばん光ってる星」
「え、え、どれかな?」
「指先見て、もう少しこっちに頭寄せて。この方向だよ」
「え、えっと……」
どの星かな? 星は無数にあるし、まるで集中できない。だって近い、近いから。いつもそんなに強気なひとに見えなかったのに。
「あ、あれ、かな?」
「そう、たぶんそう。ほかに明るい星見えてないから。これ、望遠鏡で覗いて見て」
彼は先に覗いて、正確な位置に微妙な調整を加えているようだった。
言われるままに黒い筒のレンズを覗き込む。
「…………」
さっきから貧弱だったボキャブラリーがさらに輪をかけてわたしを黙らせた。その星は、それまで写真でしか見たことのなかったもので、自分の人生の中に登場するとは思っていなかった。
星が、まさに尾を引いている。
子供の描くクレヨン画のように。
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