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「──オオカミさんの手が黒いのを見て、子ヤギたちはそれが自分たちの母親じゃないことにすぐに気が付きます。やい、お前はオオカミだなー。家になんていれるもんか!」
「いれるもんかー!」
私のオーバーな言い方を真似して、子供たちが笑う。
「ガオガオー! いれてくれー!」
するとクラスの男の子の一人が立ち上がって、勝手にオオカミの役をやり始めた。きっともう何度も聞いた話だから、早くも飽き始めているのだろう。クラスメートたちもそんな男の子をはやし立てる。
本当はきっと怒らないとダメなんだけど、子供たちが楽しそうなので私も一緒になって笑った。
私はその夏、一ヶ月限りの教育実習生としてその小学校にやってきた。
クラスに五人しかいないような、田舎の小さな学校だ。
私の任された二年生のクラスでは一週間に二回、朝のホームの前に紙芝居の読み聞かせをする。私が最初に任されたのはそれで、その日は「オオカミと七匹の子ヤギ」の読み聞かせをしている所だった。
「──ねえ、どうして子ヤギさんは、オオカミさんが自分のおかーさんじゃないって、わかったの?」
その時、騒がしい教室の中に、小さな声が、それでも何処かよく響く女の子の声が、間を縫って挟まれる。しーちゃんだった。
「そりゃあ、おかーさんの手は白いもん。ねー、センセイ」
しーちゃんに言い返す男の子の声に私はそうだよと答える。
しーちゃんはまだキョトンと不思議そうな顔をしていた。
「でも、おかーさんの手、もう白くなくなってるかもしれないよ? おかーさんが帰ってくる前に、魔法でオオカミさんにされてるかもでしょ?」
「そんなの──」
「そうしたら? そうしたら、どうやっておかーさんだって見分けるの? ねえ、どうやって?」
辺りが、静まり返った。
その質問に、誰も何も答えられなかった。いつもは騒がしいクラスの子ですら、その時ばかりは何も言わなかった。
途端にとろけそうな夏の暑さが、途切れることのない蝉の声が、教室に入ってくる。
「ねえ、そうでしょ? ──おかーさん」
そう言って、私の方を見たしーちゃんの言葉は、今考えられるどんな言葉よりも重かった。お母さんじゃないよ。そんないつものセリフを言うのが、憚られるほどに。
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