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この関係が変わったきっかけは、夏休み明けにある運動会の練習の時だった。
運動会と言っても、この人数の小学校でやる運動会だから自然と規模は小さい。応援団とかはないしリレーは全員参加で、その中にはもちろんしーちゃんも含まれていた。
しーちゃんは集中力が少しない所と、ふとした時急に甘えたになる事を除けば、よく話を聞いてくれるいい子だった。でも、運動会の練習が始まってから一つ困ったことがあった。
しーちゃんはこの暑い夏だというのに、半そで半ズボンになるのを嫌がったのだ。理由を聞いても黙り込むばかりで何も言わない。思えば、普段の私服もいつも夏にしては暑い格好ばかりだった。
しーちゃんが嫌がっているのに無理矢理上着を脱がすわけにはいかない。でも、こんな格好で外で運動会の練習なんてしたら熱中症になってしまうんじゃないかという心配も当然あった。
去年はどうしていたんだろう。山本先生に聞いてみても何故か困ったような顔をしていて、何も言わなかった。
結局しーちゃん自身の希望でそのままみんなと同じように練習をしていたのだが、案の定リレー練習をしている時にしーちゃんは体調が悪くなって蹲ってしまった。
蹲ったしーちゃんは汗がすごくて、やっぱり暑かったんだろう。
幸い救急車を呼ぶほどじゃなさそうということで、私がしーちゃんを保健室まで連れていくことになった。
立てなくなったしーちゃんを抱き上げようと手を触れると、しーちゃんがビクッと震える。泣きそうな目をして私を見上げたしーちゃんの目を、今でもまだよく覚えている。
保健室は涼しかった。でもまだしーちゃんが辛そうだったから、明らかにその原因になっているものを取り除くべきだと思った。
ぐったりとしているしーちゃんから「ごめんね」と謝って上着を脱がせる。しーちゃんは何か言いたげな、でも何処か怯えるような目で私を見ていた。
上着を脱がせて、驚いた。そこに、私の想像を超えた理由があったからだ。
しーちゃんの服の下には、肌を覆うほどの幾つもの痣があった。
そうと思えば、おかしいことは他にもあった。
給食を誰に取られるわけでもないのにがっついて食べること。自分からは甘えてくるのに、私の方から触れようとすると嫌がること。
服の下につけられた痣に、上着を脱ぐことを嫌がったあの態度。それが、何を意味する? その意味が、本当は分からない訳じゃなかった。でも、私はこういう時どうすることが正解なのか分からない。
まずしないといけないと思ったのは、とりあえずその傷の治療だった。
でもそれは、まず根本的な解決になっているだろうか? なんていえばいいのか分からないまま、その痣の上から包帯を巻いていく。その間、しーちゃんは何も言わなかった。
「……しーちゃん、その怪我どうしたの?」
「んーとね、……」間があった。しーちゃんは、少し口の端を持ち上げて言う。
「かいだんから落ちたの」
包帯を巻いてあげた次の日から、しーちゃんは学校に来なくなった。
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