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「──しーちゃん、今日も休みなんですか?」
職員室に行くと、山本先生はいつもの席に座っていた。私がそう声を掛けると、少し疲れたような顔で振り返る。
しーちゃんが学校に来なくなってから、早くももう三日経っていた。
「しーちゃん……ああ、松崎さんのことね……。そうなのよ。もしかすると、しばらく来ないかもしれないわ」
「来ないって……」
「ええ、まぁ……」
歯切れが悪かった。山本先生は何か言うのを迷っているように、一、二度口を開いてはやめる。
「山本先生?」
確かめようと名前を呼ぶ。それに背中を押されたように、というよりは弾みで出てしまったという感じで、山本先生はようやくそれを口にした。
「……この間、松崎さんの父親から電話があったわよ。学校で余計なことをされたから行かせられない、とか。あなたが何かしたんじゃないの?」
そう言った山本先生の目には僅かに非難の色が混じっていた。
「お父さん……。あの、やっぱりしーちゃんが肌を見せたがらないのって、お父さんに言われてるからなんですか?」
「……それ、どういう意味?」
訝しげに見られて、私はこの間運動会練習であったことを全部話した。
体に痣があったことも、包帯を巻いたことも。でも、山本先生の反応は想像よりもずっと淡白なものだった。
「そう……」ほとんど囁くような音量で辛うじて相槌をうった山本先生に重ねて言う。
「だから、そのお父さんの言うことは信用できないと思います。しーちゃんの家を教えてください! 私、心配なので見てきます」
「そうは言ってもね……」
「そうはって……何ですか」
「家庭の問題でしょう、それは……。確証もないのに訪問するのは、どうかしら。松崎さんは階段から落ちたって言ったんでしょう? 大した事じゃなかったのかもしれないし、今回だって──」
嫌に早口だった。私に喋らせまいとするみたいにまくし立てて、山本先生は目を逸らす。
「そんな……そんな悠長なこと言ってていいんですか!」
「慎重にと言ってるの! 大体ね、あなたがそうやって包帯巻いたりなんて、余計なことをしたからこんなことになったんでしょ?
あなたは親切のつもりだったかもしれないけど、それで父親を刺激することになったんだって、何で分からないの?」
「それは……」
その通りだと思った。私は、しーちゃんの痣を見て、咄嗟に何の解決にもならないことだけを正しいと思ってやってしまった。私がやったことは、ただの正しさの押し付けだ。
言ってから、山本先生はクシャリと顔を歪めた。その時の山本先生の顔には、言うべきじゃなかった、というような後悔が分かりやすいほどに現れていた。
「そうかもしれないけど……。それでも、見過ごすのはおかしいじゃないですか! 間違っていたかもしれないけど、私は! 自分の正しいと思うことをしたいです! 最後まで」
私がその時言えたのは私のことだけだった。結局、私の正しさなんて私の中でしか適応されない、自分勝手なものなんだ。でも、その時はもうそれでよかった。それが答えでもいいと思った。
「──しーちゃんの家は何処ですか!」
私の気迫に押されたように、山本先生がその住所を答える。
嫌な予感がした。先生達が何か言っているのも耳に入らず、気が付けばしーちゃんの家まで走り出していた。
杞憂ならいい。いや、杞憂なんて言葉はもう何処までをさしている? もしも手遅れになっていたら、私はこの感情を何処に持っていけばいい?
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