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第3話
特に霊能者、助言者としての営業活動をしたわけではないが、マリーとパールが触れ回ったに違いない、翌日からファンタマの元に相談者が舞い込み始めた。最初はマリー達と同様に宿の従業員達が訪れていただけだった。幸い誰も深刻な相談事ではなく、話を聞き相手の思っている方角に向かって軽く背を押してやればよいだけのことだった。それで小銭を置いて去って行くのだから、いい小遣い稼ぎになった。
三日目には宿の外からも訪問者がやってくるようになってきた。部屋にいる時ばかりか、食事中や外での散策時にも声をかけられるほどに知れ渡り、動きづらさも出てき始めた。よそ者であり派手な身なりのふくよかな体形の中年女となれば目立つのも無理もない。
今も庭園に面した喫茶室で庭園を眺めている最中に子連れでやって来た女性から子育てに関する悩みを聞いている。傍目もあり、無下に断ることもできず、彼女を対面の椅子に座らせ話に耳を傾け、適当な相槌を打つ。そうしているうちにこのジェーンと名乗った女性が結婚前にクローバー家で働いていたことがわかった。
「そうですね。ロザリーン様は外から来られた方なのです。ゴダード様が学生時代に知り合われてそのままお付き合いが続いてクローバー家に迎えられた方です」
うまく会話で誘導し、クローバー家の内情やロザリーンの人となりに話題を持っていくことに成功した。
「ロザリーン様は快活なお方でいつも屋敷に籠りがちなゴダード様を外に連れ出そうとしていました」
「仲はよかったのですね」
「それはもうっ!こちらが見ていて羨ましくたまらなくなるほどに!」
「それではゴダードさんがお亡くなりになった時はさぞかしお辛かったでしょうね……」
「はい、あの快活だったロザリーン様がふさぎ込んだままお屋敷に籠られて、他の方々もほとんど出てこられなくなりました。週に一度の礼拝の時はご家族で出てこられますが、項垂れて一言も言葉を発することなく座っているだけ、あの一件以来あのお屋敷はすっかり変わってしまったようで……」
ジェーンは胸の前で抱えた子供を左右に軽く揺さぶりながら話す。
「ゴダードさんへの思いが強かったのでしょう。何か癒しが、わたしにできることがあればよいのですが……」
「はい……」
「あぁ、それならば、ゴダードさんがお亡くなりになられた後は誰が当主を務められておられるのですか?」
「名目上は未亡人となられたロザリーン様ですね。弟のロビーさんは火事に伴う混乱をよそに家を出ていかれてしまったので……ですが、あの方はあの状態ですので事実上は先代の奥様ミルズ様でしょうね。今思えば……結婚を期に暇をいただくことになりましたがそれでよかったのかもしれません」
「どうしてですか?」
「ロザリーン様を筆頭に人変わりされてしまった方々を目の当たりにしなくて済みましたから……」
ファンタマの元にやってきた村人たちによると、クローバー家の当主としてのゴダードは評判はよく、村の中でも慕う者も多かったようだ。外から来た妻のロザリーンを悪く思う者もいなかった。そのため現在の彼女の状態に胸を痛める者も多いようだ。
そんな彼女と直に対面できるのが教会での朝の礼拝だ。ゴダードが亡くなって以来クローバー家の人々はひどく閉鎖的になり家人たちは屋敷内に籠りがちとなっている。そんなクローバー家の人々と使用人が週に一度村の住人達の面前に現れるの朝の礼拝だ。唯一の機会といってよいだろう。ちょうどその機会が翌朝に訪れた。それを逃す手はないとファンタマも朝食を手早く済ませ教会へと出向いて来た。
ファンタマが到着した頃には信徒席は既に村人たちで三分の二ほど埋まり、空席が小さく点在する状態となっていた。どこに座ろうかと席を探していると聞き覚えがある声が耳に入ってきた。
「アリスさん!」ファンタマを呼ぶ声だ。
そちらに目をやると客室係のマリー・ガラボルトが立ち上がり手を振っていた。中央の通路から右側だ。隣には同年齢の女性が二人座ってこちらを眺めている。彼女らも宿で目にしたことがある。
ファンタマは軽く手を上げ、通路を行き交う人々の間を縫ってマリーの元に向かった。
「おはようございます!」
「おはようございます」
朝の挨拶を交わしつつ、アリスの体格では少し窮屈な座席をすり抜け、マリーの隣にファンタマは腰を下ろした。
マリーからの紹介によると彼女の隣に座っている二人も調理室と掃除係と部署は違うがベルト・エディーンで働く友人だそうだ。今日の勤務は昼からとあってその前に礼拝に立ち寄ったらしい。
紹介されたコニーとサクラ共にアリスのことはマリーから耳にしていた。何者かであるも知っていたがとりあえず悩みはなく、ファンタマとしては一安心といったところか。慣れぬ身の上相談ばかり持ち込まれてはたまったものではない。
それから三人はしばらくおしゃべりを続けていたが、右側の通路を行く身なりの良い集団を目に止め会話を止めた。
「あの方々がクローバー家の皆さんです」マリーはファンタマに顔を寄せ呟いた。
通り過ぎたのは男女五人の集団である。先頭に緩く波打つ黒髪で細身の老女。
「先頭がミルズさん、大奥様ですね」とマリー。
「ゴダードさんが亡くなった後の事実上の当主ですね」赤毛のコニーは冷めた口調で付け加えた。
「その後にいるのがロザリーンさん」
薄い茶色の髪に白い肌、力なく俯き加減に歩いていく。傍についているお仕着せの使用人の支えがなければその場で倒れてしまいそうだ。蒼白の肌が不健康な雰囲気を一層強めている。
「ゴダードさんが亡くなって未亡人として家の全てを継ぐことになりましたが、何もできず家を仕切っているのミルズさんですね」
「他にご兄弟や子供さんはいないのですか」
「ゴダードさんの兄弟ならいます。後ろから二番目を歩いている妹のリーズさん、それから屋敷から出て行った弟のロビーさん」
「あの人はまったくどこにいるのやら」コニーは眉をしかめた。
何が原因かはわからないが全員家族全員が快く思われているわけではなさそうだ。
最後尾のを歩くのは短い灰色の髪に鋭い眼差しの男は護衛役のウイリアム。長身で引き締まった体つきをしているお仕着せの中には鍛え上げられた筋肉が収められていそうだ。
クローバー家の一行は信徒席で空いていた最前列に並んで腰を下ろした。あそこが彼らの指定席となっているらしい。
それからほどなくして、全員起立で祈りの時間となった。司祭の言葉を復唱する信徒の声が礼拝堂内を支配する。一通りの祈りの言葉が終わると皆席に着き、法話の時間となった。
司祭の言葉が癒しとならず、ロザリーンの胸に響かず癒しにならないのは、今もってゴダードが亡くなった火事の原因がはっきりとしないからだろうと考えられている。これはサクラの弁だ。
「はっきりしない……」ファンタマは声を潜め訊ねた。
「はい」マリーが答える。「真っ黒に焼け焦げた遺体が火元となったゴダードさんの部屋から発見されはしましたが、その火事というのも変なんですよね」とサクラ。
「どのように?」
「火元の部屋でも燃えていたのは遺体があった床だけで、後は煤ける程度だったそうです。これは警察隊の人達や大工のパバースさん達も見ています。実際、修繕と言っても床の張替えと煤けた内装だけだったそうですし」
「警察隊のハッチさんや検視したロメオ先生もまるで人の身体だげが燃え上がったよう……に見えるでしたね」マリーの声音は半信半疑といったところか。
「そんな状態ですから、あの火事については、みんな好きなように言い立てて……」マリーはそれが不満でならないのだろう目を吊り上げ頬を膨らませた。
「あれじゃゴダードさんを失ったロザリーンさんも立ち直れないのも無理はありませんよ」
これには女性たち三人は同意し何度か頷きあっていた。
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