穏やかに流れる時の中で・・・

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穏やかに流れる時の中で・・・

ーーー その夏は、いつもの年よりも梅雨明けが遅く肌にまとわりつくような空気と風に外回りもある人間には酷な日々が続いている。 『ーーーそう言う事だから、○○社のアポ延期な』 『変な時間帯に空き時間出来ちゃったな・・・』 仕事人間としては、書類関連の仕事をしてしまうことの方が圧倒的に多いのに、今日はなんとなくいつもと違う時間を過ごしてみたくなった。 いつもは通らない道に入って異空感覚を味わいながら時間合わせをするつもりだった。 そんな路地裏に見つけたこじんまりとした喫茶店。 彩香は、そこに導かれるように店内に入った。 からん 軽やかになったカウベルに合わせて、しっとりした落ち着いた低音の声が彩香の耳にここちよく響いてきた。 『いらっしゃいませ』 対面式カウンターから香ばしく甘い香りが漂ってくるのに釣られるようにしてマスターの前に席をとった。 『素敵なお店ですね』 『ありがとうございます』 彩香の手元にコースターを差し出し、その上にほどよい量の氷が入った淡い色がかったグラスが置かれた。 『何かお召し上がりになりますか?』 『いえ、コーヒーを』 『かしこまりました』 なんだろう、この感じ。 何となく懐かしいような・・どこかで出会ったような。 彩香はそっとグラスを手にし口元へ。 『はぁ〜・・・おいし』 普通のお水なのに・・何となく甘くて氷で冷たいはずなのに、冷たくもなくぬるくもなく。 さらっとのどを流れていき、その後からだ全体に染み渡る。 不思議なお水。 マスターは、軽く会釈をしながら彩香に微笑みを投げかける。 その間もマスターの手と五感全ては、彼の目の前のカウンターに注がれている。 無駄なく動く彼の姿に彩香は目を奪われていた。 『あ、あの・・』 『はい。なにか?』 『とっても珍しい器具・・ですよね?』 彼のほほえみは増し彩香をまっすぐ見つめながら控えめに話始めた。 『そうですね。この方式は昔はよく使われていたのですが、手間もかかるので・・。 でも、とっても美味しいコーヒーになるんですよ』 今では珍しくなったサイフォン式のコーヒーは、この辺ではこの店だけになってしまった。 彩香は、彼の楽器を演奏するかのような・・かろやかな動きに見惚れながらも初めて見るその手順に釘付けになった。
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