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三話 岡の遊女
玉洗いの港町の花街には、藩公認の遊女茶屋が四軒建ち並んでいました。
一番多くの遊女を抱え込んでる【若高屋】を筆頭に、【吉屋】、【三田屋】、そしてうちの【萩屋】。
それぞれの店にも港に近い場所におなごやを置いて沖の遊女も雇っています。
花街の茶屋で客引きをする遊女は『岡の遊女』と呼ばれ、礼儀や芸事など上方〔関西方面〕の遊女に負けないと言われるほどの上級遊女がそろっていました。
みんな小さいころから上級遊女になるべく教育されています。
そしてどこにだしても恥ずかしくない優秀な女性たちなのです。
お仕事は茶屋で旦那さんたちのお相手をしたり、船宿の宴会に呼ばれて接客と芸を披露したりしているらしい……。
(そう耳にしただけで実際に見たことないもの)
沖の遊女が相手する旦那さんは、港町に上陸させてもらえない身分の水主。
岡の遊女が相手する旦那さんは、船頭に商人、はたまたお侍さまなど身分の高い男性。
岡の遊女の間でも身分差がありますが、沖の遊女と比べれば大した差ではありません。
着ている着物から何から何まで、色々な待遇の差があります。
(妬んでるワケじゃない。それだけ沖の遊女からみれば、岡の遊女は高嶺の花のような存在なんだよ――)
お千代が萩屋に来てみると、まだ昼見世が始まる前のようでした。
ここの茶屋は二階建てで、一階の格子の窓の張見世は入り口から続く玄関までをはさんで、左を上見世、右を下見世といい、身分の高い遊女の順番で上見世に座る場所が決まっています。
あと一階は奉公人の生活空間と、奥に内所〔楼主一家が住んでいる場所〕があります。
遊女は二階が仕事場であり住居のようなものでした。
ふだんは身分の低い者や新造たちは大部屋で客を取り、朝客を送り出したあとみんなで雑魚寝しています。
遊女見習いの禿らも、大部屋で寝泊まりしていました。
仕事のときは大部屋に屏風などで仕切って簡易個室を作って事に及びます。
また名の知れた人気の高い遊女には、専用の個室を与えられていました。
一日に数人の客の相手をすることもあり、岡の遊女はとても大変です。
沖の遊女はといえば、一晩にひとりの客だけでした。
(その分、借金がなかなか減らないけど…)
ふふっとお千代は涙目になりながら茶屋に入いると、丁度うちの港町で一番人気と謳われる夕霧に出くわしました。
この遊女を揚げるのには金一両は必要だと言われています。
それだけの美貌と知識と芸や所作のうつくしさを兼ね揃えていると耳にします。
「夕霧姐さん、おはようございまーす」
「あら、お千代。今日も元気がよろしゅうありんすね」
「あはは。これだけがとりえですから」
「ふふ、相変わらず面白い娘でありんす」
夕霧はほほ笑みながら、下見世に座っている若い遊女をちらっと見ると、
「初音、こちへきなんし 」
と呼びました。
初音と呼ばれた遊女は、キレイな顔立ちをしていましたが、やや疲れたような青い顔色をしています。
「あい。夕霧姐さん…」
今にも消えそうな声で初音は答えました。
「この娘は昨日よその遊郭からうちの茶屋へとくら替えして来んした。お千代と同じ年でありんす。仲良くしなんし」
そういって夕霧は、初音とお千代を引き合わせます。
岡の遊女と沖の遊女は身分差があるので、ふだんはこういった引き合わせはしません。
来たばかりで不安になっている初音のために、夕霧からの粋なはからいなのでしょう。
「私、お千代っていいます。よろしくね」
「わっちは初音といいんす……」
初音はかぼそい声でそう言っておじぎをしますと、元の下見世の席へもどっていきました。
「堪忍してくんなまし。まだここへ来んしたばかりで戸惑っているんでありんす」
「そうですね。私も来たばかりのころはそうでした」
「たまに初音の話し相手になってくんなまし、お千代」
「はい、夕霧姐さん」
夕霧はほほ笑んでお千代の頬をなでますと、二階へ続く階段を登っていきました。
お千代は夕霧を二階まで見送ったあと、ふと下見世にいる初音に目を向けました。
通夜の日の参列者のように目が死んでるような…、そんな薄暗い瞳をしています。
(今にも倒れそうな顔してますけど、大丈夫なのかな?)
―――なんだか不安だ~。
などとお千代が頭を抱えていましたら、二階から二番人気の須磨と三番人気の松風が下りてきました。
「おや、その品のない顔はお千代でありんしたか」
「お千代、ここはお前のような者が気軽に来るところではありんせん」
と上から目線で言ってきました。
「須磨姐さん、松風姐さん。こんにちは」
お千代は目上の姐たちに頭を下げてあいさつをします。
「これから見世が始まりんす。はよう帰りなんし」
「田舎者は出ていきなんし 、けがわらしい」
須磨はにこやかな顔をしてトゲのある言い方をします。
松風はキツイ顔でキツイ言葉を吐きます。
ふたりは言いたい事だけを言うと、上見世の方へドスドスと足音をたてて歩いて行きました。
ほかの遊女たちも客引き前のイライラで、ふたりの姐同様にお千代に対して悪意のある視線を送ってきます。
もうお千代がこの場に留まれる雰囲気ではありません。
(初音さんのことは心配だけど、そろそろ昼見世が始まりそうだし…、帰えろうかな……)
後ろ髪を引かれる思いだけど今のお千代には身分上、初音になにもしてやれないので萩屋から表へと出ていくしかありませんでした―――。
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