5) 過去

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皐月は無事男の子を出産したと病院から連絡があった。 その事実にホッとしつつも、母との別れもできていない彼女の退院後の心中を察する。 こんな形で別れの時を迎えるのなら、本人がなんと言おうと、母には報告させればよかった。 「まだお若いのに……」 「1人で2人のお子さん育てて、会社継いで。再婚してやっとこれから自分の幸せを掴むところだったのにねぇ」 母の不幸を悼む人たち。 それとは別に。 「会社はどうするんだ?」 「遺産は……?」 葬儀中にコソコソと交わされるそんな会話に、ボーッと花を眺めていた目線を下げる。 そりゃ、気になるだろうとは思う。 でも、それも全て義父(この人)が仕切って行うのだろう。 俺自身それはそれで良いと思う。 母の仕事のことはいまいちよくわからないから。 「疲れただろう?ゆっくり休みな」 義父との関わり方に関しては未だに答えを見つけられていない。 葬式と通夜を終え、母の遺骨を手に2人並んで車に揺られ帰宅する。 遺骨の保管などは義父に任せ、確かにズシリとした疲れを感じていた体を休めるべく、自室へと向かった。 電気を付け、喪服のジャケットを脱ぎ捨てて、ネクタイを緩めただけの状態でベッドにダイブする。 腕に顔を沈めても反転して天井を眺めても、見える景色は変わらず。 困ったように笑う母の笑顔だけ。 自分で付けたはずの電気が眩しくて、腕で光を遮断していると、心身ともに疲れたためか、あっという間に意識を手放した。 次に目を覚ました時には、全てが夢だったのだと笑えることを夢見て。 しかし。 現実はそう甘くはない。 次目が覚めたとき、一変した状況に、頭はその状況をまったくもって理解しなかった。
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