5) 過去

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マナーモードに設定していたスマホが着信を知らせるべく震えたのは、姉の入院手続きを終え、病院を出てすぐのことだった。 駅へ向かって歩きながら、スマホに着信が1件入っているのを認知したちょうどそのタイミング。 不在着信と同じその番号は、未登録のもの。 必要な番号は登録してあるため、未登録である不審な電話には基本的に出ないようにしている。 不必要なトラブルを避けるためだ。 数回コールした後、震えは止まった。 3度目かかってきたら、流石に出ようとスマホをポケットへしまい、周囲を観察しながらゆっくりと歩く。 桜はもう蕾をつけ、そろそろ花開きそうである。 今開いてしまったら、早々に散ってしまうのでは、という心配を他所に、春を呼ぶ風に吹かれて、木々は心地良さそうに揺れていた。 ー もうすぐ4月か ー 大学を卒業し、新しい生活が始まる。 もうすでにいくつかの内定はもらい、就職先も決まっている。 学生最後の時をのんびりと過ごすこの瞬間もなかなかに良い。 そんな想いに耽っていた意識を現実へと戻したのは、再び主張を始めたスマホだった。 なんだ、と画面を見れば、またも知らない番号。 しかも、先程と同じ番号だ。 間隔でいうと、急を要する連絡である可能性もなくはない。 「はい」 意を決して通話ボタンを押し、そう短く出ると、相手は深いため息をついた。 『悠月くん、私だよ、わかるかい?』 なんだ、これは。 最新のオレオレ詐欺か? でも、声には聞き覚えがあって。 聞きたくなかったその声は、久しぶりだというのに嫌に耳に残り、すぐに相手を認知した。 そういえば、コイツの番号を登録していなかった。 「何か」 いち早く通話を切りたくて、手短に終わるよう、すぐに用件を聞く。 その後に続いた衝撃の言葉を理解するまでに、普段の何百倍も時間がかかった。 『お母さんが事故で………、さっき、………亡くなったよ』 静かに告げられたその言葉に、スマホを耳に当てていた手から力が抜けた。
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