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その怒りで、寝起きだった体も力を取り戻し、パシッと顎にかかる手を弾く。
が、さして気にした様子のない男は、弾かれた手を摩りながらニヤリと口角を上げた。
「そんなに怒らなくても。最初から、君を手に入れるためのコマでしかなかったんだから」
最初から……?
再婚する、と告げた母の嬉しそうな顔が。
愛する人を俺らに紹介した母の幸せそうな笑みが。
仲良くして欲しい、と言った母の困ったような声が。
走馬灯のように頭の中を駆け抜けた。
変わらずニヤつく男に向けて、抑えられない怒りを乗せて、グイッと体を起こした勢いで、握りしめた拳を振り上げたが、いとも容易く受け止められる。
「最後の最後まで良いコマとして働いてくれたよ。こんなに簡単に手に入るなんて」
最後の、最後……?
良い、コマ?
「一体、どういう……。まさかっ!」
「こんなことでもないと、君は帰ってこないだろ?」
近い距離でなされたその囁きは、こちらの想像を肯定しているようなものだった。
「この……、人殺し!」
捕らえられている腕に再び力を込めるが、男は余裕の笑みを崩さない。
「人聞きの悪い。ただの事故さ。誰がどう見ても。証拠は何一つないだろう?」
「そんなのっ!」
「そもそも、君自身が原因でもある」
再びベッドへと縫い付けられ、耳元で告げられたその言葉を理解した時、目一杯入っていた力がフッと一気に抜けた。
わかってる。
そんなの、ただこの男が勝手に言っていることでしかない。
それでも、自分が原因であることも確かで。
自分さえいなければ、母は死なずに済んだのか、と。
自分さえいなければ、母は幸せに生きられたのか、と。
めぐる思いは負の方向へと思考を誘う。
「今君にできることは、お母さんの死を無駄にしないこと、だろう?」
直接耳に届くその声が、まるで何かの術かのように体を硬直させた。
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