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不穏な会話あるいは愛の語らい
月光に照らされて一人の少女が戦っていた。
少女が動くたび、踊るように跳ねる髪はあたたかな焦げ茶色。
切りつけるように敵を見据える大きな目ははしばみ色。
愛らしい外見の少女は、不釣り合いな大剣を自由自在に操って、異形の者たちを次々と屠っていく。
ーー斬。
最後の一匹を切り捨てた時、場違いな拍手の音が辺りに響いた。
「やあ、今夜も君はとても綺麗だね。戦う君の姿は僕をぞくぞくさせてくれる」
謡うように言葉を紡いだのは、見目麗しい黄金の青年だった。
金の髪、金の瞳を持つ絶世の美形。
美を形にしたならば、その一つは彼であろうと思うほど、青年は美しかった。
人外の、美貌。
魔性の魅力を放つ青年に、しかし少女は眉一つ動かさずに大剣の切っ先を向ける。
「毎日雑魚ばかり寄越して、何のつもり?」
「決まっているだろう? 求愛の表現だよ、愛しいティア。僕のものになっておくれ」
「頭おかしいわね。いつものことだけど」
少女は嫌そうに顔をしかめると、大剣を背中の鞘に収めた。
「おや、戦うつもりだと思ったけど?」
「どうせ、きりのいいとこで逃げるんでしょ。今日はいろいろあって疲れたの。帰って寝るわ」
そう言って本当に背を向ける少女に、青年は溜め息をつく。
「つれないね、ティア。僕のこと、気にならないの? 未だに名前さえ聞いてくれない。僕は君の事が気になって仕方ないのに」
少女は青年の言葉に皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「気になるのは、私が勇者だからでしょ。ーー違う?」
当代の勇者、ティアは挑むように青年を見つめる。
その危険な微笑みをうっとりと見返して、青年は言った。
「最初はね。でも今は違う。君が好きだよ、ティア。僕らの天敵。光の申し子。ーー殺したいくらいに愛してる」
「魔族って、やっぱり頭おかしいわ」
溜め息をつくティアを愛しげに眺め、青年は小さく笑う。
「僕らの愛は人間の君には難しいだろうね。--ねえ、ティア」
「……なに」
「クライス」
「え?」
「クライス=カルドヴァーン。僕の名前だよ。覚えておいて」
ティアはにこやかに微笑む青年ーークライスを面倒そうに見やり、再び背を向けた。
「気が向いたらね」
「きっとだよ。ーーまたね」
別れの挨拶は口にせず、ティアはそのまま歩き出した。
近頃、魔物達の動きが活発で、疲れが蓄積している。
魔族の王が動き出したという噂もある。
頭の痛いことばかりだ。
「あんな変な魔族に関わっている暇なんて、無いわ」
何処かで気になっている自分を戒めるようにつぶやき、ティアは月を見上げる。
真白の月はただ静かに見下ろしていた。
勇者と魔王の語らいを。
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