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安息の故郷
どす黒い雲が空を覆い、強い風が吹き付ける草原。
乾いた音と共に、サナの右頬がじんわりとした痛みが走った。サナの目の前にいるジーブルが頬を叩いたのだ。
「アンタのせいでガルディは死んだのよ」
ジーブルは敵意むき出しの目で口走る。
「おい……」
「アングリは黙ってて、アタシはコイツと話しているから」
ジーブルは側にいるアングリに言った。アングリは渋々といった様子で口を閉ざす。
僧侶のサナは剣士のアングリ、魔法使いのジーブル、格闘家のガルディの四人でパーティーを組んで旅をしていた。そんな時、強い魔物が現れ、戦闘慣れしてきた四人だったが苦戦を強いられた。
そんな中、防御呪文を詠唱していたサナを狙って魔物が攻撃を仕掛けてきた。サナは回避が間に合わず、ガルディがサナを庇って攻撃を受け重傷を負ったのだ。アングリとジーブルが剣と攻撃呪文で魔物を倒したのだ。
サナはガルディに治療呪文をかけた。しかし治療が遅かったのかガルディは息を引き取った。
ガルディの遺体を故郷にいる家族の元に送り、今は宿に戻る途中である。
「……ごめん……なさい」
サナは絞り出すように謝罪を口にした。
もっと早くガルディを治療していればガルディは助かったかもしれない。
ジーブルの気は収まらないらしく、ジーブルは更に話を続けた。
「この際だから言っておこうと思ったけど、アンタはアタシ達のパーティーに必要ないわ」
ジーブルの言葉がサナの心を刺した。
「それは言い過ぎだぞ、サナは俺達をずっと支えてきてくれたんだぞ、今回の件だってサナはガルディを助けようとしてた」
見かねたアングリが助け船を出した。
「でも、ガルディは助からなかった! コイツが未熟だったせいでね!」
ジーブルは高らかに叫ぶ。
サナがガルディを助けられなかったのも事実だ。が、それを抜きにしてもジーブルにきつく言われるのは心に堪える。
アングリの言葉がかき消されるほどだった。
「とにかく、今日限りでアンタをパーティーから外すから」
ジーブルは言った。
前々からジーブルに嫌われていたのは理解していたが、ここまで露骨にされると傷がつく。
サナは言い返したいが、ガルディの件もありできなかった。
「おい……何勝手に決めてんだよ」
アングリは不快混じりに言った。アングリはパーティーのリーダーだからだ。
ジーブルは右手を掲げ黒い光を出した。最近覚えた即死呪文である。
「アングリも良いよね?」
ジーブルは黒い光を出したままアングリに迫る。
アングリは言うだけ言うが、気の強いジーブルには逆らえないのだ。サナはその事を良く知っていた。
サナが想像した通りアングリは口ごもってしまった。ジーブルもアングリの反応に満足したらしく、黒い光を消した。
「そういう訳だから、アンタとはここでお別れね」
ジーブルはアングリに目を向ける。
「アングリ、行きましょう、そんな役立たずのことなんて気にかけなくても良いから」
ジーブルは言うと、早足で歩き始めた。
「あ……あのさ……サナ」
「行って下さい」
サナはアングリが言う前に、やっと口を開いた。
「私のことは良いんです。ガルディさんを救えなかったの本当のことですし」
サナはアングリに頭を下げる。
「アングリさん、今までお世話になりました。頑張ってカランコエの涙を見つけて下さい……あとかばってくれて有難うございます」
サナは言った。秘宝であるカランコエの涙を探すために一年前に今のパーティーを組んだのである。
アングリが住んでいた村人達は魔物の呪いにより石化してしまい、呪いを解くにはカランコエの涙が必要である。
アングリがカランコエの涙を手に入れるのを見届けたがったが、シーブルがあんな事を言うようでは同行はできない。
「……俺が頼りなくてごめんな」
「気にしないで下さい、それより早く行かないとシーブルさんを怒らせてしまいますよ」
「う……分かったよ、せめてこれ持ってけよ」
アングリはポケットから小さな袋をサナに差し出した。
「それは……」
「お詫びだよ、サナには十分世話にはなったからな、これくらいしかできないけど……」
サナは小さな袋を両手で受け取った。中身は確かお金だ。
アングリが武器を買うために溜めてきたものだ。
「良いんですか?」
「また溜め直すから、心配しなくていい」
「重ね重ね感謝します」
サナは心を込めて言った。
「夜は気を付けろよ、サナの幸運を祈ってるよ」
「はい、アングリさんもどうかご無事で」
アングリは暗い顔でサナの元を去っていった。
頭に冷たい感覚がしたと思えば、本格的な雨が降り出してきた。サナはその場にうずくまって泣いた。ガルディを失ったこととパーティーを外されたことへの悲しみを晴らすように……
「すみません……ガルディさん」
「気にすんなって、困った時はお互い様だろ」
サナはガルディにおんぶしてもらっていた。サナが足をくじいてしまい、歩けなくなってしまったのだ。サナは治療呪文を使えるが自身の体を癒すことはできない。
ガルディは格闘家だけあって図体も大きく、女性のサナを背負って歩くのは容易い。
しかし、サナは自分のせいでガルディに負担をかけていると思ってしまった。その後無事に診療所に着き、サナは足の治療をしてもらうことができた。
サナはこの一件以来、ガルディに対し好意を抱くようになった。しかし彼とジーブルは元から仲が良く、自分が入っていける余地はない。
ガルディはあくまで怪我をした自分が心配だっただけで、それ以上の感情がガルディには無いのがサナも分かっていた。ガルディともっと仲良くなりたかったが、幸せそうな二人を見ていて出来なかった。
ある日、街に買い物をするために滞在している時にサナはジーブルに人気の無い所に呼び出された。
「は……話って何ですか」
サナは不安ながら訊ねた。
ジーブルはパーティーに入った当初から外向的で気が強くサナが苦手とする人物である。
二人きりというのは初めてだった。
「アンタさ……ガルディのこと好きでしょ」
ジーブルは鋭い口調で言った。
「え……何でそんな事聞くんですか」
「とぼけないでよ、アンタさガルディのことばっかを見てるでしょ」
ジーブルの言っていることは最もだった。
サナはガルディのことをよく見ていた。それは否定できない。
サナは何を言うか悩んだ。しかしジーブルはサナに考える時間を与えない。
「はっきり言っておくわ、ガルディはアタシが目をつけてるから諦めて、アンタみたいな地味な女に合わないわよ」
地味と言われ、サナの心は軽く傷ついた。
ジーブルは性格に合わせて露出の高い格好をしており、サナは職業柄黒い僧侶服という出で立ちである。
人から見れば地味と感じるのは仕方がないことだ。
ガルディに対する感情を勘づかれた以上、このままでは二人に迷惑をかけてしまうので、サナは思ったことを口にしようと決めた。
「……ごめんなさい、ガルディさんのことはもう諦めます」
「そうしてよね、ガルディもアンタみたいなのに好かれても困るからね」
ジーブルはサナの謝罪を聞いて気が済んだようで、ジーブルはそれ以上言わず去っていった。
その後、ガルディはジーブルと正式に付き合うこととなった。隠すことなく腕を組んで歩
いたり、二人が笑い合いながら買い物をする
様子は仲の良さを強調しているようで羨ましくも、サナの胸はちくりと痛んだ。
二人が付き合い始めてから三ヶ月経った時に昨日の戦闘が起き、ガルディは重傷を負ってしまった。サナはガルディに治癒呪文をかけていた。
「オレは……もうダメかもしれないな……」
「そんな事言わないで下さい、私がちゃんと治しますから」
「いや……自分のことだから分かるんだ」
ガルディは消え入りそうな声で言った。普段の彼なら決して口走らない。
治癒の呪文はゆっくりとしかガルディの体を治さない、様々な呪文を使った影響で力が弱まっている証拠である。本当ならサナ自身の力を回復させてから治癒呪文を使わないとならないが、強敵の戦闘とガルディの重傷を前にしてそこまで考えが回らない。
ガルディはサナの目をしっかり見た。
「死ぬ前に……言っておくぞ……」
「縁起でもないことを言わないで下さい」
「サナ……オレはお前のことがずっと前から好きだった……ジーブルよりな……」
ガルディはか細い声で話すと静かに目を閉じた。とても安らかな顔だった。
サナは治癒呪文を止めてガルディの体を揺さぶる。
「ガルディさん、しっかりして下さい! ガルディさん!」
サナは叫んだ。
ジーブルと付き合っていながら自分が好きとはどういう事なのか、言葉の真相をガルディから問いただしたかった。サナが懸命に起こそうとしたがガルディが目を覚ますことは二度と無かった。
「!!」
夢の中で過去のことが出てきて、サナは目を開く。
「……ずるいですよ、ガルディさん」
サナは小さく呟いた。
ガルディはジーブルと楽しそうに笑っていたのに、自分が好きだというのはどういうことか、聞きたくても当の本人はもういない。
加えて昨日までいたアングリとジーブルもいない。サナは一人になってしまった。
宿屋に戻ることもできなくなり(ジーブルが怖かったため)民家に赴き泊めて貰えないかと交渉した所、泊めてもらうことができたのだ。
世話になった住民に礼を言い、サナは歩き出した。昨日の雨とは打って変わり爽やかな青空が広がっており、絶好の旅日和である。
……これから……どうしようか。
公園の椅子に腰かけ、サナは思考を巡らせる。
僧侶の修行を終え、人の役に立つために旅に出たいと言って教会を出て、冒険者のギルドに登録し、そこでアングリ達と出会い、そのままパーティーとなったのだ。色んなことがあったが充実した時間ではあった。
登録した冒険者のギルドに行って新規のパーティーを組もうかと思ったが、パーティーを外されたばかりもあり、やめることにした。
また自分のせいで誰かが死ぬのは嫌だったからだ。
……故郷に帰ろうかな、エビネ先生はいつでも帰って来て良いって言ってたしな。
エビネは教会の修道士で両親を早くに亡くしたサナにとって母親のような存在で、サナが旅をしたいという申し出を快く了承してくれた。先生と呼ぶのはエビネへの敬意を込めてだ。村の子供達も先生と呼んでいる。
サナが帰ったとしても嫌な顔はしないはずだ。
サナの考えは固まった。故郷であるミモザ村に帰ろうと決めた。故郷で心身共に休んでからその後のことはゆっくり考えたかった。ミモザ村は歩いて一週間の距離である。
サナは早速準備に取りかかった。街に行き必要な物資を購入した。アングリがくれたお金で払った。
物資が整ったら次はエビネへの連絡だ。サナは小さな手紙を書き、連絡鳩の足にくくりつけて、ミモザ村に届けるように伝えて飛ばした。連絡鳩は村や街の名前を言えば確実に届けてくれるのだ。
「行こう」
サナは街を出て、ミモザ村に行くために歩き始めた。
一週間後、サナはミモザの村に到着した。サナの目の前には懐かしい建物が広がっていた。一年前と変わらない光景にサナは少しだけ安心した。
サナは村の入り口に入った。村の住人がサナの方に目を向ける。サナは軽く頭を下げて住人に挨拶をした。
「サナ!」
聞き覚えのある声がして、サナは振り返ると二人の男女がサナの元に駆け付けてきた。
「ライラック……アイビー……」
「久しぶりだな! 村に戻って来るって聞いたけど元気そうだな」
右側にいる少年のライラックが威勢良く言った。
「久しぶりね、ライラックも相変わらずね」
「あ……サナちゃん」
左側にいる少女のアイビーが控えめにサナに声をかける。
「無事に戻ってきて良かったよ、サナちゃんから連絡無いから心配してたんだ」
「ごめんね、手紙を書く暇が無かったの」
サナは優しく言った。
ライラックとアイビーはサナの幼馴染みで小さい頃は一緒によく遊んでいた仲である。
サナが旅立つ時も二人が見送ってくれた。
「早くエビネ先生の所に行ってやれよ、教会で待ってるぞ」
「あ……そうだったわね」
「サナちゃん、後で旅の話を聞かせてね」
「分かったわ、二人ともまた後でね」
サナは二人に手を振り、教会へ向かった。
「……ここも変わってないな」
サナは教会の建物を見て小さく呟く。
一年振りに見た自分が育った場所に変化がないことに安心した。
エビネは教会の中にいるだろう、サナは生唾を飲み込み教会の扉をゆっくりとした足取りで潜った。
祭壇には一人の女性が立っていた。サナが慕っている人である。
「エビネ先生」
サナは名を呼んだ。女性は振り向く。
「お帰りなさい、サナ」
女性……もといエビネは柔らかな笑みを浮かべる。サナの傷ついた心を癒すようだった。
「ただいま帰りました」
サナはエビネに笑い返した。
一年間の旅を終え、サナは帰れる場所があるだけで安らげるんだなと感じた。
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