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思い出は40年前
柿繁徳一は身なりがよかった。ブランド物のスーツにネクタイ。ワイシャツの袖にはカフスボタン。おそらく六十代だろうが、背筋はピンとのびていて、品のいい老紳士といった印象を受ける。
とても人目をはばかって興信所を利用するような御仁には見えない。
興信所は、悪くいえば人の秘密をあばくような仕事をするところだ。パートナーの浮気を疑っていたり、自分を裏切った人間をさがしたり、負の感情によって動かされた人間が闇のオーラをまとってやって来る。
むろん、そういう人間ばかりではないが、おしなべてそんな傾向があるのだ。
ビルの三階に事務所をかまえる興信所「新・土井エージェント」の所属探偵、先野光介は、依頼者と対面する面談コーナーで、正面に座る男を値踏みするように見ている。
すると、柿繁は用件を告げた。
「人をさがしてほしいんです。四十年ほど前、旅先で出会った女性です」
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