砂の大地のヴィーゲンリート

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今日も、夜空の星を眺めて口伝えの音楽を歌っていると、赤い星が尾を引いて流れていくのが目に飛びこんだ。 その星は、オアシスめがけて落ちていく。 セレンは驚き、水汲みバケツをほっぽって、足場の悪い砂地にも関わらず、オアシスへ小走りに向かった。 なにか、悪いことが起きるのかもしれない…! 赤い星は炎を彷彿させる。オアシスが焼き尽くされてしまったら、明日からどうやって水を得ればいいのだろうか。 しかし、たどりついたオアシスには何も起きていなかった。 唯一、いつもとちがうことといえば― 「あなた、だれ…?」 王族が着るような、上質な絹の衣服をまとった少年がそこにいたことだ。年の頃は十三くらいか。その全身は、星と月の光を銀色に反射している。腰に巻いた美しい幾何学模様の刺繍がついた布が、ひらひらと風に揺れた。 戦などとは無縁に見える白く儚げな顔だち。曇り空を映した湖水のようなブルーグレーの髪。紫水晶を思わせる瞳がセレンをじっと見つめた。 こげ茶色の髪に瞳、黒めの肌が特徴的なセレンの一族とは明らかにちがう種族の少年だ。セレンは、敵に会ってしまったのではないかとすくむ。 「…こわがらないで。小さなお姫さま」 おびえるセレンに向かって、異国の少年は優しくほほえんで言った。お姫さまなんて言われたことなんて今までなかったセレンは目を丸くする。それと同時に、ちょっとうれしくなった。 「このオアシスはいいところだね。砂だらけの地にも恵みはちゃんとあるんだ」 そう言いながら少年はかがんで、オアシスに手を入れる。その水をすくって、口に含む。 「あなたは、星の精霊?」 セレンは尋ねる。少年は肩から鞄を提げていたが、この砂漠を旅するにはあまりに軽装だった。ということは、人間ではない特別な存在であるとセレンは思ったのだ。少年は目を細めた。 「そういうことにしといて」 「ちがうの?」 「…いや…さっきの流れ星に乗って地上に下りた精霊だよ」 「やっぱりそうなのね!」 セレンは喜ぶ。病気で死んでしまったお母さんが、いつも教えてくれた伝説のとおりだ。 「星のきれいな夜、流れ星に乗って精霊が地上におりたつ。その精霊はあたしたちに幸せをはこでくれるの! 赤い色の流れ星だったから気味が悪かったけど…幸せの精霊ってことでいいのね? やっぱり伝説は本当だったんだ!」 「そんな伝説があるんだ?」 「死んだお母さんが、寝る前によくお話してくれたの…」 「…そう」 「もういいの。過ぎたことだし。それより、幸せの精霊さん。この戦いを終わらせて。戦いが終われば、みんな夜はのんびり星を眺めながら、ゆっくり眠ることができるから」 「…心配しなくても、もうすぐ終わるよ」 「本当に!?」 セレンは精霊の言葉を純粋に喜んだ。 「うん。そうだ、僕から君に、元気が出る薬をあげる」 言うと精霊は、鞄の中から何やら粉の入った小瓶とさかずきを取り出した。さかずきにオアシスの水を入れ、そこに粉を足す。 「飲んでごらん。甘くて疲れがとれるよ」 セレンはなんの疑いもなく、それを受け取り飲みほした。 「本当…甘い…」 みんなのために水を運ばなくちゃ。気が張っていたのに、今はそれが解きほぐされた感じがする。それと同時に、耐えがたい眠気がセレンのまぶたを閉じさせようとした。 「僕にもたれかかってお眠り。子守り歌を歌ってあげる」 言われるがままにセレンはしゃがみこみ、精霊にもたれかかった。 セレンにはわからない言葉で、どこか悲しいけれどあたたかい旋律を、精霊は歌う。 「なんて言ってるか、わからないけど…精霊さん、お歌、じょうず…」 「ありがとう。これは僕の国の言葉。君の国とはちがう…」 精霊がそう言ったのを聞いたか、聞いていないか、セレンは深い眠りに落ちてしまった。
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