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神殿の奥
「リュカ様、どうか扉を開けてくださいませんか」
固く閉ざされた扉の前に跪き、オスカーは切々と訴えた。
「近衛将軍のオスカーにございます。私はあなた様をお守りするために参りました。どうか扉を開けて下さいませ」
予言から、一晩がたっていた。
王の護衛として予言の場に立ち会っていたオスカーは、リュカが気を失った瞬間を目撃している。
神憑りの状態から正気に帰り、己の口が発した恐ろしい予言に青ざめ、意識を手放した瞬間を。
「リュカ様……」
昨夜からリュカは神殿の奥の自室に閉じこもり、誰一人として部屋に入れていないと聞く。
びくりともしない重い扉は、まるでリュカの閉ざされた心のようだった。
「昨夜から何も口にしていらっしゃらないと伺いました……お好きな果実をお持ちいたしました。どうか少しでも食べて下さいませんか」
扉の外から根気よく話しかけ続けていると、かたり、と室内から物音がした。
扉のすぐ向こうに、人の気配がする。
この世の誰よりも清廉で澄み切った、神子の気配が。
『……オスカー殿』
「はっ」
扉の向こうから聞こえて来た声に、オスカーは歓喜しながらも畏まった返答をする。
リュカは、王族の中でも最も高貴な血を引く神子。
オスカーが敬愛し、守護すべき者だ。
『国は、どうなりますか……民は……』
震える声が尋ねるのは、彼の愛するこの国と民のこと。
彼が守って来た、か弱い者達のことだ。
今や、彼を憎悪し、怨嗟の声をあげ、殺そうとしている、身勝手で醜悪な者たち。
「……リュカ様、どうかご安心ください」
傷つきながらも民草をいたわり、慈しもうとする健気な神子に真実を告げることは不適切だと、オスカーは判断した。
「民は皆、冷静です。愛しい者たちの元へ駆けつけ、最後の時を惜しんでいます。城に集められていた若い騎士達も親元へ返しました。きっと満たされた時を過ごしていることでしょう」
『……ふ、ふふふ』
精一杯喜ばしそうに、朗らかな口調で語ったオスカーに、扉の向こうでリュカは笑った。
『オスカー殿は、ほんとうに、お優しい……』
「え?」
リュカの悲しげな独り言じみた言葉に困惑していると、ギィ、と音がして扉が開く。
「お入り下さいませ、オスカー殿。……あなたのことは、信じられますから」
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