戻らない5分間

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1時間目の授業が始まる5分前。 彼女はいつも俺の元にやってくる。 「おはよー!こうくん!昨日のイッテU見た?やっぱりお祭り男最高だよね。」 昨日のバラエティ番組、好きな小説、面白かった漫画。 話すことはいつもと変わらない。 彼女と話すことで俺の一日は始まる。 人気者の彼女なのに俺と話す時間を大切にしてくれている。 「今日から私が君の話し相手になってあげます!」 そう高らかに宣言されたのはちょうど今から8ヶ月程前のこと。高2に進学して、ぼっちだった俺に話しかけてくれたのが彼女だった。最初は困惑したが、この朝の5分間で彼女の様々な表情を知り、楽しさを見いだせるようになった。だから、そんな彼女に俺の想いを伝えたい。言葉で、話すことのすばらしさを教えてくれたあの朝の時間に。 今日は彼女が5分遅刻した。 だから今日はいつもの5分が無かった。 彼女は人気者だから、朝の5分以外は俺と話す機会がない。 今日の朝、想いを伝えるつもりだったが、明日にしようそう心に決めた。 意を決した次の日。 彼女は学校に来なかった。 少しだけ不安になった。彼女は小学生から学校を休んだことがないって、あんなに嬉しそうに自慢してたのに。きっと家の事情だろう。そう自分に言い聞かせることにした。 いつも通り進む授業を俺は上の空で聞いていた。頭に入ってこない。彼女と話さないだけで、こんなに気持ちの変化が現れるなんて、1年前の俺が知ったら驚くだろうな。 6時間目が終わり、帰りのHRが始まるまで本を読んで待っていると、担任が浮かない表情で教室に入ってきた。 「皆さん。とりあえず席に着いて、大切な話があります。」 なんだろう。楽観的に考えていた。行事や、テストの期間でもないし、何か学校がやらかしてしまったのか。なんて適当なことを考えていた。 「今日学校に来なかった、白崎琴葉さんですが、今朝交通事故に逢い先程息を引き取りました。」 教室から悲鳴のようなものが聞こえた。 担任の口調は事務連絡のように淡々としていて、何度も頭の中で反芻するが理解ができない。完全に俺の思考が止まった。頭の整理がつかない。混乱しているうちにHRが終わっていた。 気づいたら家のベッドで寝ていた。頭痛がする。今が何時なのかも分からない。 少しだけ頭の整理がついたが、俺に残ったのは驚きや悲しみではなく後悔のみだった。 俺はあの朝の5分間に甘えていた。話しかけることを恐れていた。放課後だって話せるのに、彼女は人気者だからそう自分に言い訳をしてた。俺に勇気がないことを彼女が人気者だと、そのせいにしていた。 「彼女と俺にあと5分あれば。」 誰もいない部屋で、俺の掠れた声だけが虚しく響いた。
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