四年生のころの麻衣子

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 ほとぼりが冷めた数日後、私は下校すると家にいたのは兄ちゃん一人だった。両親とおじいちゃんは畑へ、おばあちゃんはこの頃から身体の調子がよろしくなく、長い入院生活だった。今思えば、孫の躾け役だったおばあちゃんが家にいないという見えないストレスが私も兄ちゃんにもあったのかもしれない――。  そんな年の兄ちゃんの誕生日。わがままだという自覚があった私は兄ちゃんに『おやくそくカード』をプレゼントした。五枚一綴、約束の内容は空欄で、兄ちゃんが決めたことを私が約束するよという、何とも子供らしいプレゼントだった。これまでにそれが使われたのは一回、内容は 「兄ちゃんの言うことを聞くこと」  だった。だけど私はそれが守れなかった。なのにそんな気持ちの入ってる疑問なそれを返せと言った自分が子供ながらに恥ずかしくて、これは素直に謝った方がいい。私はそう思った。 「兄ちゃん」  私は襖を開けると部屋にいるのは机にかじりついて試験勉強している兄ちゃんがいた。 「なんだ?」  兄ちゃんの椅子がくるっと回った。ケンカしてから初めて声をかけたけど、兄ちゃんは前のことなど気にしていない様子だ。 「『おやくそくカード』のことなんだけど……」  本当に謝ろうと思っていた。あの時はさすがに言い過ぎたと思っていた。だけど、兄ちゃんはすまなさそうな顔をして小声でボソッと答えたのだ。 「遅かったな、もう棄ててしまったよ」 「えっ?どこに?」 「五重塔のてっぺん」 「五重塔って?」  二人の共通する『五重塔』と言えば近くにある郷楽寺(ごうらくじ)の五重塔のことだ。静かな農村の中にある大きな寺で、毎日日暮れには鐘が鳴り、花見や夏秋の祭りなど、町のイベントがここで催される。  山間の農村だから付近に五重塔より高い建物がない。町の人ならみんな知っている。  そう言われて、こないだおじいちゃんに説教された売り言葉に買い言葉のことなどすっかり忘れ、私は兄ちゃんに 「せっかくあげたのに、なんで棄てるんよぉ!」 と大きな声を上げてしまった。ケンカをしたら悲しいのは当時の私でもよく知っていた、でも私は我慢できなかった。 「そんなに言うんなら自分で探せば、いいじゃないか」 と言って笑っている。兄ちゃんにしてみたらどうでもいいような、妹が作った紙切れを棄てたことは何とも思っていないから笑っていると感じた私は馬鹿にされているようで悔しくなった。 「いいもん、兄ちゃんなんか」  結局私は謝ることなく一人で怒って、襖を勢いよくピシャリと閉めた。
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