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そして、今。郷楽寺の境内で
それから七年の歳月が過ぎ私はあの時の兄と同じ年になり、同じ高校に通っている。
『五重塔のてっぺん』という言葉は忘れることなく頭の片隅で引っ掛かっていたものの、日々の生活の中でそれを解こうとする重要性もなく、その気は今まで沸き起こらなかった。
病気がちだったおばあちゃんは亡くなり、おじいちゃんも腰を悪くして農業からの一線を退いた。そしてあの時大ゲンカをした兄ちゃんは、町に一つしかない高校を卒業後この町を出て進学し、そのまま都市部で就職することになった。
今では社会人二年生の兄、会う機会はめっきり減った。かつては大家族で住んでいた私の家は空き部屋ばかりで、見た目も気分も言葉では表現しづらい空虚な何かがある。
そんな学校からの帰り道、沈みかかる太陽の手前に郷楽寺の五重塔があるのを見て、ふと七年前のあの時の記憶が甦った。
小学生の頃の私は高校生の兄ちゃんとよくケンカした。だけどあの時はいつも兄ちゃんが折れていた。あの当時の兄と同じ年になったから分かるのだけど、年が離れているせいもあって、優しく存在感の大きな兄が好きだった。そんなあの頃が懐かしい――。
あの時私は何を躍起になって五重塔のてっぺんを目指したのだろう――。
梅雨の合間に晴れた暑い夏の一日、その五重塔がなぜだか急に気になって、私は誘われるように立ち寄った。
静かな境内、本堂の横にある五重塔、私は釣鐘の石垣の横に自転車を止めて横のベンチに腰を掛けた。
「今日は陽射しがキツくて、暑いな……」
手で風を仰ぐ、見上げると正面には五重塔がそびえ立っている。この町の規模にしてはえらく立派な五重塔。だけど、中に入るための建物でないことは七年前に学習した。
「そういや、兄ちゃんはこのてっぺんにどうやって私のカードを棄てたのだろう……」
森の中の静かな空間、静寂が私を七年前のあの日に連れ去ると四年生の麻衣子が境内の周りをウロウロしたり、塔の横にある松の木に登っておじいちゃんに叱られたり、てっぺんに向けて球を投げてみたりする姿が見えた気がした。
私はその滑稽な自分を見てクスッと笑った。どっちにせよ結局木登りでは塔のてっぺんは見えなかったんだ。
「なんであんなカード一つでムキになったんだろうね」
私はひとりつぶやいてベンチにもたれかかると、眼前にはその五重塔が仁王立ちで私を見下ろしていた。私はそれに圧倒されてゴクッと唾を飲むと周囲の森からセミの鳴き声がこだまして、現実の自分に戻った。
私は立ち上がって五重塔の回りの森を一周見回した。空にはギラギラ光る太陽、森の木々がざわめく風の音、七年前どころか私が生まれるもっともっと前から変わっていない風景が五感に入ってくると、私自身の気持ちが奪われたような気になって、その間時間が止まった感覚がした。
どれくらい時間が経っていたのか分からなかったけど、ふと我に戻った私は太陽の光をまともに受けていたことに気付き、陽射しを嫌って五重塔の陰に入った。すると背中の汗がひいて行き、森からの風が私の顔を撫でると思わず身体が震えた。
塔を背中に本堂を見た。五重塔は夏の暑い太陽に照らされて背中を焦がしている。そして私はその影に守られてただそこに立っている――。
「あ……」
暗い日陰の中で私の六感に直接問い掛ける感覚を覚えた。私は、感じるがままに真っ直ぐ伸びた五重塔の影を見ると、夏の光で作られたそれは鮮やかに光と闇に区切りを付けて、その先端はちょうどお堂の軒下を差している――。
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