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「もしかして……」
私はひなたに出れば汗が噴き出すのも忘れて五重塔の影のてっぺんに駆け寄った。
お寺の本堂、高床式の境内の軒下。そういえば私が小さかった頃、ここで兄ちゃんとよくかくれんぼしたり自転車の練習をしたところだ。軒下の柱の裏は子どもなら入れるくらいの大きさの隠れ場所があって、かくれんぼをした時の私の隠れ場所といえばいつもここだった。
「わぁ、懐かしい――」
私はからだを屈めてその狭いスペースに入ろうとしたけど頭ひとつがやっとで、全部はちょっと無理そうだ。
「アイタタタタ……」
中に入るのをあきらめて頭を出そうとすると軒下の天井、境内の廊下に頭をぶつけた。そして頭に感じた感触が木の板ではないことに違和感を感じて首を上に回すと、その天井に確かに見覚えのある封筒が透明のビニール袋に入ってガムテープで貼り付けられている。
「あの時言ってた『五重塔のてっぺん』ってこういう事だったんだ――」
私は七年もの間、頭の片隅に引っ掛かっていたなぞなぞ。影がお堂に届かないのは夏至を過ぎたちょうど今頃だけだ。確かにケンカしたあの日も暑い、光と影の境がはっきりしている日だった。
私は貼り付いた封筒をゆっくりと剥がした。勝手な事だとは思わなかった、だってそれは自分が書いた『おやくそくカード』だからだ。
七年の間誰にも気付かれずにここでずっと私が来るのを待っていたのだ――。
そして私は封を開けた。残っていたのは四枚、あの時のまま古くも新しくもなっていない。そして紙にはこう書いている。
おやくそくカード
わたし、いながきまいこは
――――――――――――
をやくそくします。
思わず吹き出してしまいそうな四年生の麻衣子が書いた拙い字。一枚、そしてもう一枚捲ると最後の一枚を見て私の手が金縛りにかかったように手が止まった。一つだけ約束が書かれているのだ。
カードの空欄、兄ちゃんの字で
わがままはいいけど兄ちゃんと
仲良くすること
とだけ。
「兄ちゃん……」
あの時、兄ちゃんはこのカードでケンカを収めたかったのだ。
そういえばケンカのあと兄ちゃんはいつも私になぞなぞを出したりして間を置いて私の気持ちを鎮めていた。だからあの時も、私にこのカードを探させることで頭を冷やさせて……。なのに、なのに私は兄ちゃんの気持ちに気付かずあんなこと言ってまたケンカになって――。
私はもう一度文面を読み返した。
「わがままはいいけど」
とある。ケンカになっても私のことを認めてくれているのだ、あの時本人の意思に関係なく私の世話役を任せられ、世話を焼かせてばかりで、文句まで言う妹を――。
鉛筆で書かれた優しく、丁寧な字。私はそれを見てこみ上げて来るものを私は抑えることができず、境内にいることを忘れ、誰かが通りかかるかもしれないのに、そんなことは気にならずに目から涙がポロポロと流れた。
あんなケンカした後なのにそれでも優しくできる兄ちゃんがとてもいとおしく思い、いてもたってもいられなくなった。この時間、兄はまだ仕事中だと思っていたけど、どうしても声が聞きたくなって止めた自転車に駆け戻り電話を手に取った。
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