夜目に遠目に笠の内

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夜目に遠目に笠の内

 雨が降っている夜、遠くから、手招きする奴はろくな相手じゃないんですって。  夜目に遠目に笠の内といって、化かされてしまうそうです。  だから、どうか気をつけてください。  そんなことを言われてしまい、なんだか馬鹿にされている気分になっていらいらしながらSNSの無料通話を終える。  なんだっけ、夜目とか遠目とか。  検索サイトで調べると、やっぱり出るわ出るわ、様々な結果。  ほう、夜目に遠目に笠の内。意味は、と最近よくピントがずれるからと作った眼鏡をかけてみる。鼻筋がじんと一瞬、痛くなった。    女の容貌は、夜見たとき、遠方から見たとき、笠をかぶっているところを見たときに、実際より美しく見えるということ。  ……なるほどなあ。と、悔しいが納得する。  暗がりで、手招きする白い手。  傘を深めにさして、針山の上で手招きする女。  遠目に崖の上でたたずむ女。  どれもが顔がよく見えず、赤い唇だけが妙につやつやとしている。手だけは別だが、指先でつんとふれてみればひんやりと、みずみずしい。  目の前で、ぱっと消えてしまったけれど。  怒らなくてもいいじゃないですか、心配しているのに。    メッセンジャーアプリに届いた未読に、自分の心情がばれていて頬が熱くなる。  そこまで無邪気じゃないんだけどなあ、とひとりごちる。  どっちが年上なんだよ、とつっこむ。  たった一言が伝えられたらこんなこと、起きなくても済むはず。    自分のことを占うときに、カードは使えないし。    悩ましいことは、いつも自分が素直じゃないから引き起こす。  他人には言えるくせに。  Physician, heal thyselfってやつだ。  会いにいこうかどうしようか。  迷ったまま、何度目かのため息。
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