好きという気持ち

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家に帰ったあと、いつも私と「彼」はメールを送り合う。 「彼」はたまにしかメールをチェックしないらしく、返信がいつも遅れる。 私は「彼」とのルームだけ通知が来るようにしてあって、だいたい三分以内に返信をする。 これが想いの違いだ。どれほど「彼」が私に興味が無いか‪よくわかる。 仕方がないといえば仕方がない。私は友達が少なくて、メールをする相手なんてせいぜい三人だ。LINEのアカウントを持っていないのが行けないのだろうか。「彼」にどれほど友達が居るかは知らないが、少なくとも片想いの相手とは頻繁にメッセージを送りあっているのだろう。 「彼」のことを考えると頭が痛くなってくる。授業中の居眠りで変な夢を見たせいだった。 夢特有のふわふわとした空間の中で、すぐ左隣に「彼」が立っている。笑顔を浮かべるその人に見蕩れていたら、左手が取られ、彼の指が絡んでくる。 俗に言う「恋人繋ぎ」だ。 驚いて、ドキドキして、「彼」の顔を見やる。「彼」はいつも通りの余裕そうな笑みを浮かべる。 私はその手を握り返す勇気すらなくて、ただただ翻弄されていた。 目覚めてから、なんて最悪な夢だと思った。夢は深層心理を表しているとよく言うではないか。手を繋いでみたいとは思っていたが、まさかこんな意識の奥深くまで浸透しているとは思わなかった。そのあと余計に「彼」の笑顔に、その右手に目が吸い寄せられた。 よく考えてみれば、「彼」が私のことが好きではないことも示唆されていたのではないかと思う。 恋人のペアリングは右手の薬指。 結婚指輪は左手の薬指にするものだ。 夢の中の「彼」は右手で私を絡めとった。 一方私はそれに本気になって動揺する。 まさに今の二人の関係といったところだろうか。 ため息をついて「彼」に、遠回しに伝えてみる。 『手を繋いでみたい』と。 「彼」は余裕そうに、そんなの繋ぐだけじゃん、と言った。 勇気いるでしょ、と返すと、別に、なんて言ってくる。 『本当に好きな人と手繋ぐってなったらきっとドキドキするだろうね』 『そりゃもちろん。でもワクワクの方が勝つよ。嬉しいもん』 またため息が口から飛び出す。私ではドキドキもワクワクもしないという事なのだろうか。 『じゃあ本当に好きな人と手繋いできたらわかるんじゃないの?』 と打って、でも送るのはやめた。 きっと送ってしまえば、答えが返ってくる。分かっているはずなのに、直接その口から聞くのは怖かった。 その次の日から連休に入った。 また「彼」とくだらないメールを送りあう。 『壁|*>д<*)シュキー♡♡♡』 何気なく送られてきた顔文字に、少し腹が立つ。 『軽率に好きとか言わないでー?』 雰囲気を重くしたくなくて、語尾に伸ばし棒を付けて送る。 「彼」の遅めの入力を待つ。 『誰彼構わず言ってるわけじゃないですー!』 心臓が縮んだ。 あるはずもない可能性への期待に思考回路がショートする。 二次創作のことに話を逸らしつつ、「彼」の気持ちを今日こそ聞き出してやろうと腹に決めた。 躍起になって遠回しにいろいろと送り付けてみるが、驚くほど鈍感な「彼」はことごとくズレた回答をしてくる。 「彼」の好きな人の名前─ここでは「あの子」としよう─を出して、『じゃあ円満だね』なんて言ってみる。 これは、『あの子のこと好きなんでしょ?』 返って来たのは『うん、そうだね』。 「どうして!?!?」とリアルで叫びながら、怒りのままに画面を叩く。 『じゃあ髪にキスとか、私なんかにしてないでその子にアピールしてきたら?期待させないでって前言ったよね』 送信ボタンを押してから、やらかしたと思った。私の面倒くさい性格がモロに出てしまった。 三分くらいずっと待っても返信が来なくて、「彼」の絶句している顔が目に浮かぶ。 とんでもなく絶望的で寂しい気持ちになって携帯を閉じる。その瞬間に通知音が鳴った。返信だ。 大袈裟なくらい音を立てて飛び起き、画面を開く。 『正直、のんのことどこまで信じていいか分からない。思わせぶりなのか本気なのか』 私はまた少し腹が立った。好きだとか、惚れたとか、散々言ってあったはずなのに、この人はどこまで鈍感なのだろうか。人間を信用していなさすぎる。 『人間不信だなぁ、私は本気なのに!でも、君はあの子のことが好きなんでしょ?』 送信ボタンを押して、少しばかり回想に浸る。 事の発端は半年前くらい。 「彼」が好きなジャンルを勧められてハマってしまった私は、色んな二次創作を書いて見せた。「彼」は私の文章をいたく気に入って、もっともっとと強請った。 必要とされる幸せは、いつからか「彼」自身への想いに変わっていった。 いや、その時はまだ違ったかもしれない。 私は思い込みが激しい節があって、そのころから"思い込んで"はいた。しかし本当にそれが恋愛感情なのか、自分でもよく分からないままでいた。 しかし、最近になってそれが分かってきた。勇気が出なくてキスができない、とか、手を繋ぐ夢を見る、とか、そういうことを思い出した時の鼓動の跳ね方とか。 これが恋ってやつなのかと嘲笑する。 「彼」が友達に笑顔を向けるだけで心臓が締め付けられる。 私にはそんな顔見せないくせに。真っ黒なもやが私の心を支配する。 『私は君のこと本気で好きだよ、ひな』 返信は直ぐに帰ってきた。 『今のんに言われてすごい混乱してる。脈ナシの恋を追いかけるか、気になる方を信じるか』 画面の前で困る「彼」もとい日菜子の顔が思い浮かぶ。 あの子を優先したいなら全力で応援しようと思えるのに、私のせいでいま日菜子が困り果てていると考えると、不思議と満たされてしまう。 私は優しい気持ちになっていた。 日菜子が私を、あの子のことをどう思っているのか聞き出せたことによる充足感が私をすっかり落ち着かせてしまった。 『このシチュ、二次創作なら美味しいのになぁ。できれば外から見守っていたかった』 『本当ね‪w‪w‪wこれから推しに酷い目遭わせるの控えようかな』 少し笑って、少しの沈黙が降りた。 『でも応援するよ、私は。振り向いてもらえるといいね』 『ありがと。のんってほんとに、可愛いんだかカッコイイんだかわかんない』 また心臓が跳ねてしまって、もうやめてよ、と送った。
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