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やがて、らちが開かなくなり、暇を持て余した俺は、色々と心の中で渦巻く疑念を消化するためにもキッチンに置いていたままのビニール袋を手に取り、少女が待つ小さなテーブルへと持っていった。
少女はじっと興味深げに俺を見ている。
プシュ、と開けた缶ビール。続けてビニール袋から取り出したのは、コンビニスイーツ。小さなカップの焼きプリンと、袋に入ったティラミスケーキが大好きだった。
「食べたいか?」
そうやって、食べれるのかどうかは知らないが尋ねつつ、喉に通した今日のビールはどこかいつもより苦い気がした。
酔えるような心地には、なかなかすぐになれそうもない。
「……それは、俺の趣味だったやつだよ」
そんななか、ふとした時に、彼女がじっと見つめる目線の先に気づいて、俺は、どこかザラつく気持ちを覚えながらもその正体を明らかにした。
ワンルームの一角。そこにおかれたカラーボックスの中は、いくつも星座にまつわる本が並び、青春のアルバムが並び、俺の唯一の趣味の領域だったと言える場所。
ずっと幼少期から一人立ちするまで、持ち続けた、宝物。
故郷の田舎に住んでいたときは、夜空も澄み渡っていて、綺麗な星空を拝めていたのが懐かしい。大学入学にともなって上京し、見える星の数が違うと知った日には、長くの夢だった各地地方で見る空を眺めたくて、色んな場所に飛んだことだってある。
だが、社会人となり、諸々の理由から長年交際した彼女とも別れ、忙しくなった俺は、もう、星に対する執着なんて欠落していたんだろう。
昔は何度も読み返した星座図鑑なんてものは、埃が被っているほどにもう、目を向けてすらいなかった。
「あーもう、くっそ……」
なにも言わない少女に、どことなく調子が狂い続ける。
ぐいとあおる缶ビールに、テーブルで寝そべって頭を抱え、ずっとぐるぐるとした考えが、本当に未練がましくてダサすぎると、そう嫌悪しながら。
「あいつ……」
歪む視界に、淀む思考は酔いからか。
目の前の彼女の姿に懐かしさで胸がいっぱいで、今の自分にはなにも残っていないのを痛感して。
昔が楽しかった。
あの当時が楽しかった。
ああ、もう、ほんと。
「お前は、なんなんだよ……」
―――。
ふっ、と、また。
本当にそう、優しい笑みを浮かべるから。
「〜〜〜っ、くそ……」
毎年、必ずと言っていいほど観測できる流星群というものが、年に三度。この地球では見られるんだそうだ。
しぶんぎ座。ペルセウス座。ふたご座。一月、八月、十二月の夜空を、一定の期間流れる、三大流星群。
そのなかでも特に俺が一番好きなのはペルセウス座流星群で、その特徴は尾を引くところ。なによりも目立つその輝きが、本当に綺麗だと思う。
美しいのだ。流れている様が。まるで創作物のような幻想、ポツポツと蒼い星空に、一筋の線が駆け巡る。
七月の中旬から八月の下旬まで。最もよく見える観測時期は、八月の中頃。夏休みや、お盆の時期と重なる絶好の。
それを、毎年、あれから、あの日から。
ずっと二人で、見てきたから。
「………」
一人で星を眺めるのが、こんなにも恐ろしくなってしまったから。
スマホを鳴らす俺がいた。
――返事は、早かった。
『……もしもし? どうしたの?』
あれから、二年が経った。去年の夏は、塞ぎ込んでいた。
今年は、そうでありたくなかった。
「もしもし」
『もしもし。めずらしいね、かけてくるの』
「ごめん、いや、ぜんぜん……その、急用ではない、んだけどさ。あ、大丈夫だった?」
『うん。平気だよ。なにかあった? 酔っ払いさん?』
酔っているのを自覚しながら、耳元に届く懐かしい声に嬉しくなって、でも平静を保つ己を恥ずかしむような自分もいて。
「ああ、いや、本当になんでもないんだけど。……いや、酔ってねえし」
『そう?』
クスクスと笑うスマホの先の遠い彼女に想いを馳せる。
何かがこみ上がってくる懐かしさと、嬉しさと、変わらなさに、やがて。
どうしたの、と通話越しの彼女は、俺に問うてくれるから。
「今度、また、飯、行きたい」
『………』
ふうん、なんて、少し遅れてこちらを伺うような相槌をして。
「一人は、寂しいわ。やっぱ」
『そうだね』
その同意が、少しだけ嬉しかった。
『いいよ』
その一言が。
「……本当に?」
『うん』
「ダサくて、げんめつした?」
『ぜんぜん』
「かっこ悪くないか?」
『君がそう言ってくれて、嬉しかったよ』
――その一言が、本当に、嬉しかった。
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