流星雨の中で

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*  夜の目覚めと共に、世界は氷のような冷気に包まれていく。今にも雪が降りそうなほど凍てついた空気は、行く人たちの吐く息を真白に染めていった。夜空には、幾千もの宇宙の欠片が散らばっている。俺の瞳には、澄んだ空気で透明度が高くなった空にある今にも降ってきそうな星たちが映り込んでいた。  街はずれの丘にある大きな木の下でひとり、俺は彼女を待つ。夜だというのに薄着のままで、冬の温度に包まれながら運命の瞬間を待ち続ける。  そんな時、ぽつりと何かが降ってきた。ぽつり、ぽつり。続けざまに何かが丘に降り注ぐ。それを見た俺は、目を丸くして間抜けな顔をしているに違いない。  降ってきたのは、光だった。青白い光輝を放ち、地面で弾けては消える光。水溜まりに雫が落ちたみたいに、瞬く欠片を散らして消えるそれは、正真正銘『星』だった。  ふと空を見上げれば、蛍の光のようなそれがパラパラと降ってくる。触れることはできないが、思わず空に手を伸ばしてしまった。キラキラと音が鳴る。街中にそれが降りそそぎ、冬の夜は神秘的な青色に包まれていることだろう。  そして、待ち人はやってくる。星を弾く傘を咲かせながら、一歩一歩確かめるように。  目が合った。星の光をいっぱいに取り込んだガラス玉みたいな瞳と。 「……春樹、くん」  震えた声が、俺の名前を紡いだ。形のいい唇が、ひとつひとつの音を確認するみたいに。 「久しぶり、鈴宮さん」  彼女の方を向き、にこりと口角を上げた。 「ほんとに、春樹くんなの……?」 「そーだよ。風間春樹以外の誰かに見える?」  既に涙が滲むその声に、からかうように言ってやれば、「そんなことない」と彼女はふるふると首を振った。 「会いたかった……!」  傘はその場に放り捨て、流星に打たれながら彼女が駆け寄ってきた。俺がその小さな体躯を受け止めることはないけれど、「俺もだよ」と不器用な返事で彼女の心に寄り添うことはできた。  やはり突き放すことはできなかった。鈴宮さんがあまりにも辛そうに、そして再会を喜ぶように俺を見ていたから。 「まさか、本当に来てくれるとは思わなかったよ」 「春樹くんからのお誘いだから、絶対に行くよ」 「少しは疑わないの? 誰かの悪戯かもしれないって。ああいう悪戯仕掛ける奴なんてたくさんいるのに」 「あの筆跡は春樹くんだったから。私が間違えるはずないよ」 「……さすがだね」  まさか筆跡を見破られるだなんて。少しだけ彼女に引きながらも、俺は素直に感心した。  よく見ているんだな、と俺に向けられた『特別』な視線を思い返しながら。 「鈴宮さん、ここに来たってことはもう何を話すかは分かっているとは思うけど、聞いてくれる?」  髪に光る星屑を乗せた彼女に問う。彼女は肩まで伸びた髪を揺らしながら小さく頷いた。  純粋な彼女の心を傷つけることになってしまうのは本当に心苦しいが、これは必ず通らなければならない道だ。俺と彼女との間には、曖昧な『縁』がある。俺はこれを切らなければならない。そうでなければ、おちおち眠れもしないからだ。  すでに俺は、鈴宮さんの心に深い傷を負わせてしまっている。まだ罪を重ねるのかと神様とやらがいるのなら怒るだろうが、ここまで来たら仕方ない。彼女の心を傷つけるのは俺だけでいい。そんな歪んだ感情が、ぽっかり空いた胸の奥で炎のように揺らめいた。 「でも、少し待ってほしいの」  俺が深呼吸をして、一日で考えた告白のセリフを読み上げようとした時、鈴宮さんは緊張した面持ちで顔を上げた。控えめな委員長の彼女が、驚くほど強い眼差しで、それから芯の通った声で言うものだから面食らった。 「あの……少しだけさ、お話したい」 「話?」 「う、うん! 春樹くんさえよければなんだけど……」  流星がパラパラと弾ける音が二人の間に落ちる。目を伏せがちに、頬を桃色に染めた鈴宮さんが自身の手をきゅっと握りながら俺の返答を待っている。 「……いいよ」  ひと際大きな星が弾けた音と共に言えば、彼女は薄く笑ってそこに腰掛けた。木に寄りかかるようにして座った彼女の隣で立ったまま、俺は話を聞くことにした。
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