流星雨の中で

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「春樹くんは、流星雨の伝説って信じてるの?」 「微妙なとこ」 「そっか。でも、どちらかと言えば信じてるんだよね? だからこの場所を選んだんでしょ?」 「そうだね。必ずしもあり得ない話ではないと思ってはいる」  ばかばかしい噂だとは思っているけれど。夢を壊さないようにその言葉は胃の奥に押し込んだ。少し離れたところにいる男女に聞こえてしまったら、刺すような視線が飛んできそうだからだ。 「素敵な話だよね。この話、なんでもっと早くから話題にならなかったんだろ。一年生の時とかに噂になってくれればなぁ」 「どっちにしろ流星雨が降るのは今日だから、早く知っても変わらないよ」 「まぁ、そうだよね。でも、この噂を早く知っていたら、何か変わってたかなぁって思って。もう少し、恋愛っていうものをちゃんと考えてたかも」  膝を抱えて、彼女は顔を埋めた。小柄な彼女がさらに小さく見えて、俺は今にも消えてしまいそうだなと柄にもなく心配になった。 「ねぇ、春樹くん。一年生の時の文化祭のこと覚えてる?」  ゆるりと顔をあげたかと思えば、唐突にそう切り出してきた。掌に星屑を光らせながら、彼女はその澄み切った瞳を向けてくる。 「覚えてる。鈴宮さんと一緒に委員やったよね」 「そうそう。遅くまで一緒に残って準備して、当日も一生懸命頑張ったよね」  懐かしむようにそう言いながら、手に乗った星を地面に落とす。白い手から零れ落ちたそれは涙のようで、丘を彩る草に落ちると溶けるように消えた。 「……突然どうしたの?」 「なんとなく、話したくなっただけ。こんな幻想的な光景を見てるっていうのに、なんだか実感が湧かなくてさ。確かめるように、春樹くんとの思い出を辿りたくなった」 「……」 「ほかにもさ、生徒会とか、クラス行事とか。私たち、委員のイメージがついてるせいか、一緒になること多かったよね。いつの間にかペアみたいになっててさ」  星の雫が乗る手先が、彼女の髪をくるりと巻く。仄かに色づいた頬は、咲き始めの桜みたいだった。 「でも、一番記憶に残ってるのは、二年生の一学期の最終日かな」  しっとりとした色が乗る声がそう紡ぐと、脳裏に暑い夏の日の光景が浮かんだ。星のきらめく音が、蝉の音に変わる。 「なにもやることないのに、遅くまで学校に残ってたよね。他愛もない話をして、それから一緒に課題をやって。気が付いたら、夏なのに外が真っ暗だったっけ」 「……そうだったね」 「あの日、一緒に天体観測したよね。私、あの日のことははっきりと覚えてる」  吹いた風が、彼女の髪と赤いマフラーを揺らした。冬なのに俺の格好も頭の中も夏が纏わりついていて、感覚がおかしくなりそうだった。彼女が見ているのも、きっと一年前の夏の景色。彼女は、目の前にある冬など微塵も見えていなかった。 「……ちょうど、今日みたいな綺麗な空だった。なんなら、あの時の方がきれいに見えたよ。本当に星が降ってきた今この瞬間よりずっと」  誰もが口を揃えて「綺麗だ」、「幻想的だ」と言うであろう景色を見ても、鈴宮さんは過去に見た普通の空の方が綺麗だと言う。夏の夜に見た、別にそれほど魅力的でもない星空を。夢みたいな今の景色の方がまだ綺麗だと俺は思うのだが、鈴宮さんにはそもそもこの光景が見えていないだろうから仕方がない。
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