先生の秘密

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「……見るな」  せめてもの抵抗で、俺は自分の顔を両手で覆った。榎木がそこをどうしても見る気ならば、力で劣る以上は抵抗はあきらめよう。俺にできるのは「そこを見る榎木」を見ないようにすることだけだ。 「なんで?」  問いかけてくる声色はさっきまでと少し違っている。艶っぽいというか、興奮しているというか。でも、一体どうして。男の胸、しかも俺のそこは……。 「変だろ、そこ。ガキのころよくからかわれたんだ」  答える声は震えた。  俺の乳首は陥没している。  インターネットで検索するとそこまで珍しい話ではないらしいが、小学校でも中学校でもクラスには他に誰一人乳首の陥没した男子はいなかった。男の乳首などささいなものだが、それがぎゅっと乳輪の奥に隠れているとなると、やはり目立たないわけはない。  水泳の時間、合宿の風呂の時間、でべそのクラスメートとともに俺は格好のからかいの的だった。中学校のときにこともあろうか女子のいる前で「こいつの乳首、埋まってるんだぜ」とからかわれ、今思えばあれが決定打だったような気がする。 「みっともないってわかってるから、見られないようにしてたのに……ひどい」  榎木が憎い。ここで教えるようになってからも、普段の学校生活ではもちろんそんな必要はないが、長期休暇中の学力強化合宿のときだって誰にも着替えや入浴を見られないようにしていた。なのに、こいつはどこかで俺の胸を盗み見たんだろうか。そして、からかうつもりで今、こんなことをしているんだろうか。 「違うよ、先生。誤解だ」  うろたえた声と同時に、胸元に温かい息が触れて背筋にぞくっと妙な感覚が走る。奴が俺の胸に顔を寄せていることは想像できるが、恥ずかしさと情けなさからそれを確かめることはできず、ただ現実逃避のためにぎゅっと目を閉じた。 「誤解でも何でもいい。もう見ただろ。からかうなり言いふらすなり好きにすればいい。とにかく、もう約束は果たしたからおしまいだ」  そう言って榎木の肩を押し返そうとしたが、再び腕をつかまれぎゅっと床に押しつけられる。今度は耳元に、ささやくような声が聞こえた。 「からかったりしない。それに、こんないいもの、他の誰にもいいふらしたりしない。だから先生は心配しないで。あとさ、まだ約束は終わってないよ」  こんないいもの? 怪しく耳元に吹き込まれた言葉の意味が理解できず混乱は深まる。ただのクソガキだと思っていた榎木の得体の知れなさに恐怖すら覚えはじめ、一体目の前にいるのはどんな奴なのかと俺はゆっくり目を開いた。 「やくそく……」  そこには、欲情に燃えた目をした男がいた。額が触れあいそうなほどの距離で俺の目をのぞきこんで、隠微に笑う。 「だって、俺は先生の乳首が見たいって言ったんだよ。でも、まだ先生の乳首は隠れてるよね」  え? と聞き返す間は与えられず、榎木は俺の左の胸に触れた。冷たい指の腹が突然乳輪をくすぐり、思わず喉の奥から変な声が出た。 「ひっ……ちょっと待って、榎木おまえ、一体何を。……あっ」  少しかさついた指の腹でくるくると撫でるようにそこをくすぐってくる。かつてはなんとか陥没乳首が治らないかと自分でそこをいじってみたことはあったが、そのときには感じたことのない奇妙な、性感にも似た感覚が腰のあたりから湧き上がる。これは、だめ。いけない。頭の奥ではチカチカと警告の赤い色がまたたく。 「だめ、だめっ。何してっ」 「何って、先生の乳首が見たいんだよ。ここに隠れてるんだろ。俺、二年の合宿のとき偶然先生が着替えてるとこドアの隙間から見ちゃって、そのときから気になってたんだ」
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