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加速した旋律が抑えられた。コンマ数秒の無音状態。それぞれのフィニッシュ。そして鳴り響く拍手。ノイズさえスモーキーな味付けに感じられる心地良い音の数々。
約一時間の演奏を締めくくったのは、カセットプレーヤーからテープが飛び出した音だ。
これにて一件落着、と枝実結は音の向こうに声を聞いた気がした。思えばプレーヤーもテープも、三十年以上前からこの世に存在している。ひたすら自らの機能を示し続けてきた古強者なのだ。
「おじいちゃん、終わったよ」
その古強者の主は、ベッドの上で目を閉じていた。
「おじいちゃん」
重ねて言うと唸り声が聞こえた。とろとろした動きでまぶたが開く。まっすぐ天井を見上げていた両目はゆっくりと視線を脇へ流した。
「枝実結か、いつ来た」
「二時間ぐらい前」
「仕事は良いのか、あの、何とかいう店は」
本人は忘れているのだろうが、今まで何十回と聞かれてきたことだ。最近は慣れてきたとはいえ、この返事をするにはまだ言葉が喉に引っかかる。
「あれはもう終わったの。なくなっちゃったから」
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