第24話 復讐

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第24話 復讐

 貧弱な肉体しか持たない僕が頭に血が登った男たちに捕らえられるのに、そう長い時間はかからなかった。  奴らは僕を羽交い締めにした後に両手首を背面に捻じ曲げて拘束し、そのままの状態で広場まで連行していった。まるで警察に追い立てられた挙げ句逮捕された凶悪犯のようだ。ここで無茶苦茶に暴れまわったら拳の一つや二つ飛んできそうだったが、大人しくしていたせいかそれは無かった。  連行されてたどり着いた広場で僕が目にしたのは、紛う事なき絶望だった。 「あははっ!やっと最後のハエも捕獲成功ってわけね!」  聞き慣れた嫌な声が、僕にぶつかった。  広場には、街灯の明かりに照らされた数名の高校生や不良が集っていた。そのメンツは、やはり藍沢北高校の生徒だったり、見たこともないヤンキー風の若者だったりした。  その一番奥にいて悪夢的に笑みを浮かべているのは、楠木と同じくこちらも停学中の上村綾音だった。少し長めのシャツにケミカルウォッシュ風のホットパンツの出で立ちは、到底品行方正とはいえない一団の中に見事に溶け込んでいた。彼女は現在謹慎するべき身分であることが嘘のように、堂々と仁王立ちして子分たちを従わせている。  彼らは半円状に立ち並び、その円の中心にいる何かを見ていた。中にはバカ笑いしながらスマホで写真を撮影している者もいた。その中心にいたのは、先程先に逃げたはずの金森君と蓮田さんだった。 「金森君!蓮田さん!うわっ!」  僕は自由を奪われた状態で男に突き飛ばされ、為す術もなく憐れに地面に墜落した。体を打った痛みが走り、口の中に土の味が広がる。 「酒匂君!」  蓮田さんの悲痛な声が聞こえる。僕は痛みを我慢しながらどうにかこうにか立ち上がり、彼ら二人に近づいた。蓮田さんは地面にうずくまる金森君の背中を擦っていた。金森君は肩から血を流し、喉からひり出したような声で唸っている。茶色い土の上には、赤黒い血痕も見える。こいつらから暴力でも振るわれたのだろうか。 「酒匂君!さっき金森君が向こうにいる男に魔術を使われちゃって!」  確かに、一団の中に掌に魔力を宿らせた男がいるのが見えた。先程の僕に一撃を食らわせたあの男だ。奴の魔力エネルギー凝集体の周りには、ナイフのようなマークが帯状に連なって回転している。東雲さんから聞いただけの知識だが、確かあれは斬撃系のMAPだったはずだ。 「だ・・・大丈夫だぁ、これくらいのこと」  唸り声混じりに、金森君はつぶやいた。  蓮田さんは目に涙を浮かべていた。声も掠れている。蓮田さん本人は今のところ被害が無いようだ。だが、先程まで背負っていたリュックサックはズタズタに切り裂かれ、筆記用具や壊れたスマホなどが散乱していた。僕のいない間に酷いことがあったのだろう。  向こうの陣営には、畑中さんも加わっているらしい。所在なさ気な様子でガラの悪い一団の中で突っ立っている。蓮田さんは彼女に声を投げかけた。 「畑中さん!なんでこんなことしたの?酷いじゃない」  蓮田さんにしては珍しく語気を荒らげた。それに臆したのか、畑中さんは二歩三歩後ずさった。 「ゆ、許してよ蓮田さん!私だって怖かったのよ?!私は、あなたのように強くないの!」 「だからって、こんな暴力の片棒を担ぐなんて!」 「そんなこと言われたって!」 「まぁまぁお二人さん。醜い争いは辞めなよ」  悠々とした語り口で、上村綾音は二人の会話に入り込む。その際に、上村は畑中さんの小さな肩をやや乱暴にどついた。 「あんまりこの子を責めないでやってよ。そりゃあ私ほどの大物に協力するよう命令されちゃあ、普通の感性なら従わざるを得ないでしょ。なんたって、人間自分がかわいものねぇ」 「そ、そんな・・・こんなことって・・・」  蓮田さんはすっかり意気消沈していた。先程畑中さんに激昂した時の格好そのままに、重力に任せてだらんと手を投げ出した。  僕は二人を守るようにして立ち上がり、上村たちを睨みつけた。自分の中に如何様にも誤魔化しきれない怒りが芽生えるのがわかる。その激烈な思いのまま、僕は連中と対峙する。 「上村、こんなことして一体どういうつもりだ?楠木といい、君といい、好き勝手出歩いていい身分じゃないことくらいわからないのか?!」 「へぇ、こんな状況になっても私に説教する気?まじで調子乗ってるね。あんた、どこまで私たちを馬鹿にすれば気が済むわけ?!」  上村は綺麗な顔に清冽な怒りを滲ませて凄んだ。僕から言わせれば彼女たちの言い分は我儘放題を正論化したいがための逆ギレ以外の何物でもない。だけど、上村のあの怒り方を見るにつけどうも本当に自分たちの怒りが正当だと思っているらしい。 「いや、別にお前たちに物申すなんてことはしないよ。学校からのより重い咎めを受けることを承知しているなら、別にいくらでも外出するがいいさ。ただ、僕たちは安全に家に帰れればそれでいい」 「アハハッ!あのねぇ、ここまであんたらに危害を加えておいて、こんな中途半端なとこで引き下がるとでも思ってるの?」  上村は高らかに邪悪な笑いを上げた。やはり、彼女は彼女で狂っている。僕らへの害意で満たされているようだ。いくら言葉を尽くして話をしたところで、到底タダでは帰してくれそうもない。  金森君や蓮田さんの様子も見つつ、この状況を打開する策を考えていた。そうこうしているうちに、上村の近くにゆるゆるとした足取りでやってくる楠木たちが見えた。奴の後ろには先程の雷撃のMAPも従っている。  どうやら、僕らを追い立てていたこの得体の知れない軍団の正体が見えてきたようだ。 「あ、俊哉。おつかれ」 「おう、綾音ちゃんも乙。あいつらにひどいことされなかったかい?」 「うぇ〜ん、恐かったよぉ」  二人は軽々しい挨拶をすると、上村は楠木のゴツゴツとした手に自分の指を絡ませ、厚い胸板に形のいい顔を埋めた。それを受けて楠木は上村の腰の辺りに手を回し、何やら囁いている。そして、岩のような顔からだらしない笑みを垂れ流している。  校内での魔術の衝突以降、上村は楠木を袖にしたと思っていた。だけど、十数メートル離れた場所で、あの二人は愛情を育むカップルそのものであった。本当に焼けぼっくりに火がついたのか、あるいは打算ありきで手を取り合ったのか。別にどちらでも構わないが、人前で堂々といちゃつくのには閉口した。  幾ばくかの間、二人は体を抱き合いながら睦言を交わし合っていたが、呆れてそれを見ていた僕に対し、楠木は理不尽な怒りを音声変換してこちらへ投げつける。 「おいお前ら!綾音ちゃんから聞いたぜ?俺が不在の間に綾音ちゃんに酷い仕打ちをしてくれたらしいなぁ?!」  酷い仕打ち―――そんなことをした覚えがあまりないのだが、強いて言えば蓮田さんが反省文の件で注意したこととか、激昂した上村に金森君が魚雷よろしく一直線に体当たりしたこと等だろうか?だが、その全ては元はと言えば上村が原因なわけで、別に彼女を鞭打ち虐げたような覚えはまったくない。 「冗談じゃない!酷い仕打ちをされたのは僕らの方だ!今だって、君は元より上村を見ると腹が立って仕方がないくらいさ!」 「ハァ?!なに逆ギレしてんの?!マジであり得ないんだけど!」  上村は鬼の如き形相で僕らを睨みつけた。 「私は何も悪くない!なのに、あんたらや井原に学校を追放されたんだ。一度ならず二度までも私に恥をかかせてくれたあんたらを、のうのうと生かしておくわけにはいかないんだよ!」  上村はいつものように地面を靴の底で蹴りつけながら怒りの感情を露わにする。学校ではよく見る光景だが、それを人を傷付ける行動にまで昇華させるとは、やっぱり彼女はクズだ。 「へぇ、なるほど。それで君は、一度は突き放した楠木と協力して、恨みを晴らすための十字軍を結成したってわけだ」 「あぁそうだ!だからあんたらには無様に死んでもらわないと、私の腹の虫が収まらないんだよ!」  上村は、言葉の抑揚に合わせて地面に靴底を叩きつける。  それにしても、まったくもって意味不明な事を嘯いている。それだけでも幾ばくかの恐怖を感じたが、それ以上にこんな支離滅裂な楠木や上村たちの狂気的な行動に付和雷同し付き従うばかりの周囲の人間たちの奴隷精神が恐ろしい。 「まぁいいや。今はこの場であんたらを痛めつけることができる。それだけで気分がいいや」 「狂ってる・・・」 「は?狂ってるのはあんたらと学校の方だよ?勘違いしないでくれる?」  公園を囲む木々の向こう側から、微かだがパトカーのサイレンが聞こえてきていた。もしかすると、先程楠木が魔力を発動させ木っ端微塵にせしめたあの駐輪場の辺りで騒ぎになっているのかもしれない。僕らにとっては気休め程度ではあれ福音に違いないが、僕らと敵対している楠木たちにとってはあまり宜しくない状況だ。 「おっとうかうかしてらんねぇや。そろそろお前らの逆ギレを諌めないといかんようだ。綾音ちゃんは俺の後ろで見ててな・・・おい!広瀬!山沢!」  楠木が後ろに控える幾人かの柄の悪そうな男たちに目配せをすると、彼らは下卑た笑みを浮かべてのろのろと進み出た。  前に進み出たのは、楠木も含めて3人。 「大抵の人間であれば俺のエクスプロードでイチコロなんだがなぁ。酒匂、お前も魔術持ちの端くれだ。確実に仕留めるために、MAPを三人も用意してやったぜ」  三人は掌からそれぞれが内に宿した魔術能力に準じた色の魔力を迸らせた。僕は足がすくみそうになりながらも、どうにか堪えて彼らを観察する。  まず一人は、楠木の直後に出会った雷のMAP。楠木からの呼びかけの反応を見るにつけ、こいつが広瀬という男だろう。柄物のショートパンツにいかつい髑髏のイラストが印刷されたTシャツを着ている。年齢は僕と同じくらいだが、到底社会活動を行う何らかの機関に籍を置いているとは思えないほどの鮮やかな染髪だ。やはり、彼の手首には魔力増強リングが光っている。  奴の能力は言わずもがな、電気を操る力であろう。電流を虚空に走らせて、相手を攻撃する。東雲さんの話では、日本魔術規制委員会により、一般的な魔術にはそれぞれ名称が付いている。例えば、僕は水系のスクウォート、東雲さんは炎系のイグナイト、といった具合だ。雷系もいくつかあるが、これは恐らくガルバナイズという種類のものであろう。  そして、もう一人。この公園で、楠木が戻ってくるまでの間に姫たる上村綾音を護衛し、一方で僕や金森君や蓮田さんに害を与えた男。恐らくこいつが山沢だろう。こいつはガルバナイズの広瀬とは打って変わって、黒髪に眼鏡というおとなしい出で立ちではあるが、眼鏡の奥に光る三白眼からは僕らへの敵愾心がありありと感じ取れる。こいつの能力は、いまいち判然としないが金森君たちの様子から推察するに斬撃系のミューティレートという能力だろう。    そして、この最低最悪のMAP軍団の統領である楠木俊哉。  こいつについては嫌というほど知っている。理論的な会話は一切通じず、腕っぷしで全てを平伏しようとする傲慢さ。MAPである自分を崇高な存在だと勘違いするねじ曲がった自尊心。そして、大きな被害をもたらすことが明白な、エクスプロードという能力―――できればこんな奴とは関わって生きたくはないのだけど、何の因果かこうして夜の公園で対峙している。  この三人の周りには、僕たちを亡き者にしようと企む幾人かの人間たちが、興奮状態に身を置いている。  僕は最後の悪あがきとして、彼らを説得しようと試みた。 「楠木!僕は君たちとは戦いたくない!そんなレベルの高い魔術をこんな街中で使ったらどうなるか、MAPの君なら分かるだろう?僕だって、君を傷つけたくない。お願いだ、魔術を使わないでくれ」  本当に、僕は必死に彼らに語り掛けたつもりだった。  しかし、返ってきたのは幾重にも連なる冷たい笑いだった。 「あ?傷つけたくないだと?何、その意味不明な上から目線は。口を慎め!俺はレベル3のMAPなんだぞ!」 「そんなことは分かっている!いいから!早く魔力の凝集を中止しろ!」 「楠木、こいつ馬鹿だぜ」 「このアホンダラ、どうしても俺たちの魔術で死にたいらしいな。やっちゃおうぜ楠木?」  広瀬、山沢の乾いた笑いを受けて、楠木の眼は今日何度目かの危ない光が灯った。 「よっしゃぁ!お前ら、あいつらを痛い目に合わせてやろうぜ!」  僕の願いは届かず、戦いの火蓋は切って落とされた。  
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