傷だらけの花嫁

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 あれやこれやと思いわずらいながら、気がつくと朝を迎えていた。  寝室としても使用している仕事場の掃き掃除をしていると、とつぜん扉が開け放たれた。 「おはよう仕立て屋! 進捗状況はどうだ」  靴音を立てて存在感を訴えながら、カイトは籠を小脇に抱えてやって来た。  挨拶こそあったが、遠慮というものは皆無だ。  セレスタインは慌てて外套を頭からかぶり、物珍しそうに部屋を見渡すカイトに椅子をすすめて、徹夜して描いた図案を机に広げて見せた。  カイトは図案を手に取って、満足そうに二、三度うなずいた。 「うん、いいな」  ぽつりと落ちたつぶやきに、張りつめた神経がほぐれて、ほっと胸を撫で下ろす。  セレスタインは思い出したように、覚え書きに使用している紙束に走り書きする。  彼の花嫁の詳細を聞くためだ。 「本来は、花嫁の体に合わせて仮に縫い合わせてから仕立てるもの。なるほど」  カイトは紙の内容を見て、すぐにセレスタインをじろじろと眺めた。 「体型はきみと変わらない。だから、きみに合わせて作ってくれ。彼女には式当日まで内緒にしたい」  カイトは切れ長の目を楽しげに細めた。  対してセレスタインは、憂うように図案の中の花嫁衣装を見つめた。  胸元には大輪の花の装飾。腰から下のつぼみには、幾重にも薄手の生地を重ねて、その裾には小さな花の装飾を散りばめている。  この衣装は、一生に一度の晴れ舞台を台無しにしてしまわないだろうか。  こんな「怪物」が作ったと知ったら。 「仕立て屋が客の前で不安そうにするな」  厳しい口調に、セレスタインは我に返った。  依頼人に不安を感じさせるなんて、仕立て屋にあるまじき行為だ。  セレスタインは仕立て屋としての意識の欠如に愕然として、慌てて謝罪を口にしようとするが、乾いた唇からは何の音も出なかった。  カイトは不満そうに立ち上がった。 「俺がいいと言ったのだ。きみはもう少し自分のことを信じてやったらどうなんだ!」  驚くセレスタインに、カイトは彫像が着ている無数の花嫁衣装を見渡して、 「自分を見失っているというなら、もう一度この部屋を見渡してみろ。きみがもっとも心血をそそいで愛したものがここにある! 違うか」  カイトの瞳が星のように力強く輝き、その熱が伝播する。胸が熱くなった。  セレスタインは机の抽斗から新しい紙を取り出すと、一心不乱に新たな花嫁衣装を描き始めた。 「どうした」  セレスタインはカイトを見上げると、任せてほしいと言わんばかりにうなずいて、再び机にしがみついた。  カイトはそれを察して、魔法のように浮かび上がる新たな花嫁衣装を食い入るように見つめていた。  セレスタインの筆がぴたりと止まり、彼女は仕上がったばかりの図案をカイトに差し出した。  真っ直ぐなまなざしに応じて、カイトは熱を帯びた図案を両手で受け取った。  彼の職人に対する敬意だった。  わずかな沈黙が流れて、 「見事だ」  感嘆のため息がこぼれた。  ごてごてとした花飾りは、自信のなさのあらわれ。不安を覆い隠すための無意味な飾りだ。  それらをすべて削ぎ落とし、花嫁そのものを引き立たせる無駄のない衣装に仕上げた。  そして星の結婚式にふさわしく、腰から下のつぼみに薄手の生地を重ねて星の刺繍をほどこし、花嫁衣装そのものが星となるような石の飾りを散りばめる。 「まさに星の花嫁。いや、星の結婚式では新郎新婦関係なく『花星』と呼ぶのだったな」  カイトの嬉々とした反応に、セレスタインは心が震えた。一年前の火事で灰となった感情がよみがえり、全身を駆けめぐる。  天にも昇る心地とはこのことだろうか。 「いい顔になったな」  カイトがあまりにも優しく微笑むので、セレスタインは一瞬呼吸を忘れた。 「では、この衣装で頼んだぞ」  今日の報酬だ、とりんごがぎっしりつまった籠を入り口の棚において、カイトは上機嫌に去って行った。  胸の高鳴りには見て見ぬふりをして、籠を取りに行こうとしたセレスタインは、足元で丸くなる外套に気がついた。  さぁっと血の気が引いて、そして一気に全身が沸騰した。  セレスタインは両手で顔を覆いながら、ずるずるとその場にへたり込んだ。 「うぁ~!」  顔の傷、首や両手の火傷痕をしっかり見られた。  しかし、カイトは態度を変えず、あくまで仕立て屋と依頼人として接してくれていた。  目の奥がじんわりと熱くなって、セレスタインはしばらく座り込んで動けなくなってしまった。
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