傷だらけの花嫁

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 セレスタインの前には、生まれ変わった星の花嫁衣装があった。  なんてまばゆい星の妖精だろう。  美しくて、たまらなく羨ましくて、涙が止まらない。  ずきずきと胸を刺す痛みには気づかないふりをした。花嫁衣装を愛おしそうに見る横顔には、知らぬふりをした。  カイトには心に決めたひとがいるのだと、セレスタインは目元を袖で拭った。 「邪魔するぞ」  驚いて振り返ると、港町に帰っていたはずのカイトが入ってきた。  セレスタインは深く息を吸ってから、ぱっと明るく微笑んで、背後の花嫁衣装を見せた。 「完成、しました!」  カイトの視線が花嫁衣装に釘付けになり、誘われるように彫像に近づいた。  星の妖精に魅了された甘い横顔に、セレスタインの胸が軋む。意地でも微笑みは崩さない。 「セレスタイン」  セレスタインは息を呑んだ。  初めて彼の声にのった自分の名前は、こんなにも甘く聞こえるのか。  カイトは真剣な顔で、セレスタインを見つめている。 「明日、これを着て星の涙のもとへ来てくれ」 「……これを着て? 私が?」  理解が追いつかないセレスタインに、カイトは不敵に笑った。 「俺をひとり寂しく待たせるんじゃないぞ。俺の花星」  ずいぶんと芝居がかった台詞を吐いて、カイトはさっさと立ち去ってしまった。  しばらく硬直したままのセレスタインは、わけもわからず涙を流していた。 「い、いまのは告白? いきなり結婚?」  騙されてる? とセレスタインは激しく混乱を極めたが、考えれば考えるほど無性に腹が立ってきた。 「わかった。星の涙に乗り込んでたしかめてやるんだ」  手の込んだ悪戯だとしたら、今度こそ立ち直れないだろうけど。  カイトに限ってそれはないと確信している。  セレスタインは泣きながら愚痴って、そして笑った。 「私は、私の花嫁衣装を作っていたのかな」  星の妖精がいっそう輝いて見えた。    すっかり日も落ちて、夜空には星がぽつぽつと顔を覗かせている。  セレスタインの足取りは軽い。  純白の裾が舞って、頭飾りについた鈴が愛らしく鳴った。  両手の火傷痕は手袋で隠れているが、大きな顔の傷や、首と鎖骨に広がる火傷痕はそのままだ。  いまさら隠すつもりはなかった。  湖のそばには、純白の花婿衣装に身を包んだカイトが、珍しく落ち着かない様子で空を仰いでいた。 「カイト様!」  カイトの頬にぱっと血がめぐった。  彼はセレスタインの姿を認めると、ふわりと顔を綻ばせた。  その表情を見て、彼が本当に自分を選んでくれたのだと、いまさらながらに実感が湧いてきた。 「来てくれないかと思ったぞ」 「遅くなってごめんなさい。でも、お付き合いもまだなのに、いきなり結婚だなんて……本当にとんでもないひとです」 「俺がとんでもないやつだなんて、きみはとっくの昔に気づいていただろう」  カイトは悪戯っぽく笑った。  ずっと胸の奥がどきどきして、カイトから目が離せない。 「こんなに傷だらけでもいいですか」 「傷があるから、きみの魅力が損なわれるなんてありえない。それに……一目惚れに理由は必要か?」  カイトは照れくさそうに、セレスタインを軽くにらんだ。 「好きです」  セレスタインの口から、自然と心がこぼれ落ちていた  顔に刻まれた傷と涙でひどい顔になっていても、カイトはとろけるように微笑んでいる。 「好きだ、セレスタイン。俺と結婚してください」 「はい!」  差し出された手をとると、カイトは桟橋の方へセレスタインを誘った。  星の石が命の炎を燃やしている。湖は光の絨毯となって、ふたりの花星を迎えてくれた。 「どうして、花嫁がいるという嘘を?」  気になっていたことをたずねると、カイトは少し怒ったように、 「俺は自分の気持ちをたしかめるためにここに来た。きみへの憧れなのか、恋なのか。恋とわかったらきみに告白するつもりだったが……きみは以前のような情熱を失い、命を絶とうとしていたからな、どうしても思い出してほしかった」 「心血そそいで愛したものがここにある。しっかりと、心に響きました」 「当然だ。もうあんな真似はさせない」  セレスタインはカイトの両手をとって向き合った。  ふたりだけの、星の結婚式が始まる。 「誰の上にも分けへだてなく降りそそぐ星のように、愛をそそぐことを惜しまない」  ふたりは声を合わせて、頭飾りを水面に浮かべた。 「いまこそ、ひとと星の喜びの橋をかけよう」  頭飾りが光の中へ身を埋めていく。  すると、星の神々が応えてくれたのか、青金の空にいくつもの星が降りそそいだ。  幾重にも重なった光は、まるで誓いにあった橋のようだった。  空に魅入られたセレスタインに妬いたのか、左手をにぎられて、少々強引に引き寄せられた。  カイトから向けられる熱が嬉しくて、つながった手をにぎり直した。 「たくさんの星に目がくらんでも、あなたを見失ったりしません。私の愛しい花星」  彼は目を瞠って、まばゆい涙をにじませて微笑んだ。 「きみが光を失っても、何度でも輝かせてみせる。俺の愛しい花星」
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