58人が本棚に入れています
本棚に追加
セレスタインの前には、生まれ変わった星の花嫁衣装があった。
なんてまばゆい星の妖精だろう。
美しくて、たまらなく羨ましくて、涙が止まらない。
ずきずきと胸を刺す痛みには気づかないふりをした。花嫁衣装を愛おしそうに見る横顔には、知らぬふりをした。
カイトには心に決めたひとがいるのだと、セレスタインは目元を袖で拭った。
「邪魔するぞ」
驚いて振り返ると、港町に帰っていたはずのカイトが入ってきた。
セレスタインは深く息を吸ってから、ぱっと明るく微笑んで、背後の花嫁衣装を見せた。
「完成、しました!」
カイトの視線が花嫁衣装に釘付けになり、誘われるように彫像に近づいた。
星の妖精に魅了された甘い横顔に、セレスタインの胸が軋む。意地でも微笑みは崩さない。
「セレスタイン」
セレスタインは息を呑んだ。
初めて彼の声にのった自分の名前は、こんなにも甘く聞こえるのか。
カイトは真剣な顔で、セレスタインを見つめている。
「明日、これを着て星の涙のもとへ来てくれ」
「……これを着て? 私が?」
理解が追いつかないセレスタインに、カイトは不敵に笑った。
「俺をひとり寂しく待たせるんじゃないぞ。俺の花星」
ずいぶんと芝居がかった台詞を吐いて、カイトはさっさと立ち去ってしまった。
しばらく硬直したままのセレスタインは、わけもわからず涙を流していた。
「い、いまのは告白? いきなり結婚?」
騙されてる? とセレスタインは激しく混乱を極めたが、考えれば考えるほど無性に腹が立ってきた。
「わかった。星の涙に乗り込んでたしかめてやるんだ」
手の込んだ悪戯だとしたら、今度こそ立ち直れないだろうけど。
カイトに限ってそれはないと確信している。
セレスタインは泣きながら愚痴って、そして笑った。
「私は、私の花嫁衣装を作っていたのかな」
星の妖精がいっそう輝いて見えた。
すっかり日も落ちて、夜空には星がぽつぽつと顔を覗かせている。
セレスタインの足取りは軽い。
純白の裾が舞って、頭飾りについた鈴が愛らしく鳴った。
両手の火傷痕は手袋で隠れているが、大きな顔の傷や、首と鎖骨に広がる火傷痕はそのままだ。
いまさら隠すつもりはなかった。
湖のそばには、純白の花婿衣装に身を包んだカイトが、珍しく落ち着かない様子で空を仰いでいた。
「カイト様!」
カイトの頬にぱっと血がめぐった。
彼はセレスタインの姿を認めると、ふわりと顔を綻ばせた。
その表情を見て、彼が本当に自分を選んでくれたのだと、いまさらながらに実感が湧いてきた。
「来てくれないかと思ったぞ」
「遅くなってごめんなさい。でも、お付き合いもまだなのに、いきなり結婚だなんて……本当にとんでもないひとです」
「俺がとんでもないやつだなんて、きみはとっくの昔に気づいていただろう」
カイトは悪戯っぽく笑った。
ずっと胸の奥がどきどきして、カイトから目が離せない。
「こんなに傷だらけでもいいですか」
「傷があるから、きみの魅力が損なわれるなんてありえない。それに……一目惚れに理由は必要か?」
カイトは照れくさそうに、セレスタインを軽くにらんだ。
「好きです」
セレスタインの口から、自然と心がこぼれ落ちていた
顔に刻まれた傷と涙でひどい顔になっていても、カイトはとろけるように微笑んでいる。
「好きだ、セレスタイン。俺と結婚してください」
「はい!」
差し出された手をとると、カイトは桟橋の方へセレスタインを誘った。
星の石が命の炎を燃やしている。湖は光の絨毯となって、ふたりの花星を迎えてくれた。
「どうして、花嫁がいるという嘘を?」
気になっていたことをたずねると、カイトは少し怒ったように、
「俺は自分の気持ちをたしかめるためにここに来た。きみへの憧れなのか、恋なのか。恋とわかったらきみに告白するつもりだったが……きみは以前のような情熱を失い、命を絶とうとしていたからな、どうしても思い出してほしかった」
「心血そそいで愛したものがここにある。しっかりと、心に響きました」
「当然だ。もうあんな真似はさせない」
セレスタインはカイトの両手をとって向き合った。
ふたりだけの、星の結婚式が始まる。
「誰の上にも分けへだてなく降りそそぐ星のように、愛をそそぐことを惜しまない」
ふたりは声を合わせて、頭飾りを水面に浮かべた。
「いまこそ、ひとと星の喜びの橋をかけよう」
頭飾りが光の中へ身を埋めていく。
すると、星の神々が応えてくれたのか、青金の空にいくつもの星が降りそそいだ。
幾重にも重なった光は、まるで誓いにあった橋のようだった。
空に魅入られたセレスタインに妬いたのか、左手をにぎられて、少々強引に引き寄せられた。
カイトから向けられる熱が嬉しくて、つながった手をにぎり直した。
「たくさんの星に目がくらんでも、あなたを見失ったりしません。私の愛しい花星」
彼は目を瞠って、まばゆい涙をにじませて微笑んだ。
「きみが光を失っても、何度でも輝かせてみせる。俺の愛しい花星」
最初のコメントを投稿しよう!