傷だらけの花嫁

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 いま気にするべきことは顔や体の傷ではない。  花嫁衣装を、星の結婚式までに完成させることだ。  セレスタインは手に持っていた外套を椅子においた。  何度が深呼吸を繰り返してから扉を開けると、一面の綿畑が出迎えてくれた。 「おはよう、仕立て屋。どこかに出かけるのか」  近づく足音の方へ視線を向けると、カイトが驚いたように目をまたたかせていた。  覆い隠すものがなくなって、まだ少し怖いけれど、セレスタインは真っ直ぐにカイトを見つめて口を開いた。 「おぁぉう、ごぁいます」  ことばになり損ねた音の羅列。恥ずかしさで顔が火照ったが、達成感はあった。  カイトはセレスタインを笑うことなく、もう一度「おはよう」と返してくれた。  彼の変わらない態度が嬉しかった。  さすがに日常会話は困難のため、用意しておいた覚え書きに今日の予定を書いて見せた。 「靴と頭飾りを買いに行くのか。ならば俺も行こう」  異論はなかったので、ふたりは並んで村の中を歩いた。  小さいころから親の仕事を手伝っていたセレスタインは、同年代の男性と歩く機会がなかったため、無性に照れくさくなってしまう。 「あっ」  窓を開けた女性が声を上げて、擦れ違った郵便屋が目を剥いたので、セレスタインはびくりと肩を跳ねた。  様々な視線が容赦なく突き刺さる。  恐怖で、にぎった指先が冷えていく。 「おはようございます」  セレスタインに奇異の目を向ける人々に、カイトはさわやかに微笑んだ。  すると、女たちは真新しくしゃれた美男子に声をかけられたと黄色い悲鳴を上げて、物陰から覗いていた男たちはばつが悪そうに視線を泳がせた。 「戦でも大自然の中でも、声の大きな者は勝者となるのだ」  カイトは前を向いたまま、勝ち誇ったように言った。 「いいか仕立て屋。決しておじけづくな。彼らの台詞を鵜呑みにして自分を蔑めば、きみは破滅する」  カイトのことばに、セレスタインの心が奮い立つ。  自信に満ちあふれた横顔は頼もしくて、セレスタインは彼に恥じぬようにと胸を張って歩いた。  「怪物が作ったからひどい花嫁衣装」だなんて誰にも言わせない。  仕事場への帰路につくセレスタインの手の中には花嫁の頭飾りが入った木箱が抱えられている。  その隣にいるカイトは、花嫁の靴が入った木箱を抱えていた。  贔屓にしていた靴職人も、装飾屋の幼馴染の娘も、セレスタインを差別することなく接してくれた。  拒絶されるのが怖くて、すべての交流を遮断したのは自分の方だ。  どれほど狭い視野で生きていたのか、セレスタインは思い知った。 「一年前、ここで結婚式を挙げた女性は俺の従姉だ」  カイトが右手側に広がる綿畑を眺めながら言った。 「波を思わせる意匠は見事だったよ」 「うみの、ようせいの! ありがと、ございます」  一文字ずつゆっくりと発すれば、かろうじてことばの形になった。  顔を紅潮させるセレスタインに、カイトはほんのりと目元を染めて、空を仰いだ。 「結婚するなら、きみに仕立ててもらいたいと思っていた。俺はきみの仕事に対するその情熱に惚れ込んだ」  職人として最高の褒め言葉に、胸がいっぱいになる。 「俺も『ただの網元の次男』で終わりたくないと思った。きみは知らないだろうが、俺の人生を変えてくれたのはきみだよ」  物事をはっきり言う青年だが、ここまで真っ直ぐ、惜しげもなく賛辞を贈られるとは思わなかった。  カイトのことばは、セレスタインの自信と誇りとなって染み込んでくる。  「人生を変えてくれたのはあなたの方だ」とセレスタインは紙に思いを書き殴り、カイトに見せた。  カイトははにかんで笑った。  かならず、彼をあっと驚かせるような、最高の花嫁衣装を仕立ててみせる。  それこそが、セレスタインの感謝の形だった。
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