第15話

1/1
前へ
/15ページ
次へ

第15話

「全国ツアーお疲れさまでした」 「ありがとうございます」 「次の日にもかかわらず、インタビューに応じてくださってありがとうございます。ファイナルの模様は後日、改めて記事にさせていただくのですが、今日は来月にリリースされるアルバムを中心にお伺いしたいと思います。まずは一番最後に収録されている、日本語詞の曲について、いくつか質問があるのですが」 「はい」 表面上は笑顔で応対しつつも、心の中ではため息をつかずにはいられない。 きのう、ライブが終わってすぐに楽屋を抜け出してしまったため、自分の荷物の片付けをメンバー(ほとんどケイちゃんとマネージャーだ)に任せてしまった。ペナルティとして、今日の取材をタカちゃんから押し付けられた。有名な音楽雑誌の特集記事で、ツアーファイナルの模様を見開き二ページで特集、そしてその次の二ページを次作のアルバムについて解説するという内容だ。通常だったら四人全員で取材に臨むものの、バンドの将来や作品の世界観について語るのはタカちゃんの役目だった。普段、嬉々としてインタビューを受けていた彼も、実は面倒くさいと思っていたのか。 それにしても、どうしてこのタイミングで自分が話さなくちゃいけないんだ、と内心毒づく。 「これまで英語の曲しか作られなかったのに、このタイミングで日本語の曲を発表されたのには何か理由があるのでしょうか」 タカちゃんから事前に共有してもらった想定質問リストの中にあった質問が、早速飛んできた。彼の予知能力に唸る。 今日のインタビュワーは見知らぬ若い女性だった。おそらく同じくらいの年齢か少し下だろう。胸のあたりまで伸ばした髪が、緩やかな曲線を描いている。彼女の誠実そうな声に緊張の糸は簡単に解かれた。 「そうですね。もともと、バンドを始めた十代の頃は、日本語で曲を作っていました。学校の授業の中でもとくに英語は苦手だったので、わざわざ挑戦しようとは思っていなかったんですけど、あるときから英語の曲しか作れなくなっちゃって。でも、また久しぶりに日本語で歌いたいなあって思ったので、今回のタイトルには登場してもらいました」 「ではこの曲を次のライブで歌う可能性はあるんですね。ソラさんの日本語詞の曲は、初期のファンしか知らない貴重なものなので、多くの方が次のツアーのセットリストに期待を寄せるでしょうね」 「今回のアルバムを背負ってのツアーだったら歌う可能性はあると思います。でも、そもそも、セットリストを考えるのはタカヤの仕事なので、せいぜい自分は自分の手で生み出した作品を愛することくらしいしかできないです」 ちょっとキザなことを言ってしまったと思い、インタビュワーの顔を窺う。自分の考えが伝わったのかわからないが、目が合うと彼女は満足げに大きく頷いた。 「先ほどのお話ですこし気になったことがあるのですが、伺ってもよろしいでしょうか」 「どうぞ」 「ソラさんは『あるときから英語の曲しか作れなくなった』とおっしゃったと思います。英語でしか歌えなくなった理由、お聞きしても?」 「理由……理由というほど大した話じゃないんですけど、それは、ほんとうに長い話になってしまうので、今回は省略してもいいですか。すごく個人的な話なので」 「気になります」冷静な口調の中にも、若干の好奇心がうかがえる。 「ええ、そうですか。じゃあ、いつか機会があったらお話しさせてください」 「楽しみにしてます」彼女は両頬をきゅっと上げた。「では、歌詞についていくつか質問させてください」 「はい」 「この日本語詞の曲は、これまでとは違ってかなり物語性がありますね。これって実話、たとえば、ご自身の恋人とのことを歌われているのでしょうか」 またしても事前に想定していた質問が飛んできて、タカちゃんの予知能力に感心を通り越して呆れてしまう。 取材前日の夜、タカちゃんは突然電話をかけてくるなりこう言った。普段メンバーに隠れて、ただにこにこ座っているギターボーカルを取材できるなんて、ヤツらからしたら滅多にないチャンスだ。いつもだったら聞けないような、たとえばプライベートについて尋ねてくるに違いない。絶対にそうだ、とあの悪人面で笑った。顔は見えなかったけど、スマートフォンのマイク越しでも手に取るようにわかった。 実際に、取材の方向は本筋とはずれはじめていた。インタビュワーの彼女は徐々に前のめりになる。先ほどまでの穏やかな雰囲気はどこへやら、獲物を狙う肉食獣のような瞳をしていた。 「歌詞に出てくる『君』は、正確には恋人ではないんです。まあ、そこは適当に解釈してもらって構わないんですけど」 あえてゆっくりと喋る。これもタカちゃんから教えてもらったテクニックだ。 「実話ではない?」 彼女は蒸気機関車のように体から熱気を発しているように見えた。音を立てないようにスチール椅子を後ろに引く。 「いや、実話ではないとは断言できないですね。昔、ほんとうに昔の話なんですけど、似たようなことを思っていた頃があったので」 「昔好きだった人に対して、でしょうか」 「ああ、そうですね。大好きだったんですよ、ほんとうに。ただ、好きの伝え方を間違えてしまった」 「この曲、結末がどうなったのかわからないですよね。これは、どういう意図で?」 そうそう、そういう質問してくれよ、と気づかれないように安堵のため息をつく。 「どの曲もそうですが、意図はあるようでないので、手に取ったみなさんがそれぞれ感じてくださったものが正解です」 彼女はあからさまに残念そうな顔をした。とれ高的にまずいのかもしれない。 「ただ、少し補足をさせてもらうと、この歌、実は何種類か結末を用意していて、それこそ昔はバッドエンドで終わらせていたんですよ。で、逆にハッピーエンドも作ってみたんですけど、しっくりこなくて。結局、人生ってどうあがいても続いていくから、ラストをはっきりさせないのもありかなって思ったんです」 「たしかデモをいただいた時点では、この曲だけタイトル未定でしたよね。このタイトルに決められた経緯についてお聞きしてもいいですか?」 「ああ、そうでしたね」 そういえば、この曲だけずっとタイトルがなかった。高校生の頃ときにこの曲を作ってからずっと、恥ずかしいからという理由で、正式な呼び名をつけていなかった。 「ツアーを回りながら同時進行で今回のアルバムの曲を作っていたんですけど、その間に色々あって、思いつきました」 「色々、とは?」彼女はまた前のめりだ。 「泣いたり、笑ったり、とにかく色々です」 「詳しくお話ししてくれませんか」 「うーん、難しいな。人生ってぜんぶ茶番だなあって、思ったんです」 「茶番。ずいぶんと面白いこと言いますね」 「友人の受け売りなんですけどね。そう思えるようになりました。生きることに対して、あんまり深刻にならなくていいんだって。くだらない日常だって、死ぬほど辛いことだって、幸せなラストを迎えるための伏線かもしれないですし」 ✳︎ 二十一時、いつものファミレスにて、おなじみの待ち合わせ。今日、君は来てくれるだろうか。 インタビューが終わるとすぐに街へ出た。閉じかけの電車に飛び乗ったから、入り口付近の乗客に白い目が痛かった。扉にもたれかかり、手持ち無沙汰を紛らわすように車内を眺める。仕事終わりの疲れたサラリーマン、飲み会に向かう学生、明かに夫婦ではない中年の男女。とるに足らない日常の風景が、まるで映画みたいにドラマチックに見えてしまう。なぜだろう、今日寝たら忘れてしまうような出来事すら、今は大げさになって目に映るのだった。 考え事をしながら電車に乗っていたら、あっという間に渋谷に到着した。ハチ公前の銅像に群がる人々の間を縫うようにして歩く。いつもと違って、今日ここに彼はいない。 それにしても、あのときつい口に出してしまったくらい、このファミレスが習慣になっていたなんて。いい歳してファミレスだなんて、君は笑うだろうか。まあ、君が笑顔になるならなんだっていい。 道玄坂を進む足取りは軽い。途中、見たことのあるデザインのTシャツを着た若者たちを追い抜く。あ、今日は彼らのライブだったのか。彼らのライブは本当に素晴らしい。稲妻のような衝動をその身で体感できた君たちは本当に幸せだ。そして、初めてのワンマンお疲れさま、と労いの言葉を彼らに送る。 ファミレスの看板が見えた。腕時計に目をやると、あと五分で約束の時間だった。几帳面な彼女はもう到着しているだろう。「お待たせ」、「遅くなってごめん」、「今日はありがとう」。果たして、どの言葉が正解なのだろうか。ああ、でもそうだ。まずは挨拶からはじめなくちゃね。だって、今日から友だちになるんだもの。 ハロー、愛しい君よ。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加