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CASE9
14年前――
関口は警視長で捜査を担当していた春影に詰め寄っていた。
「何でこれ以上彼女を追及できないんですか!」
「…」
春影は答えずその場を立ち去ろうとする。それでも関口は「何で黙っているんですか!彼女は罪悪感を何も感じていなんですよ!」と厳しい口調で尋ねる。
春影は何も答える事無く去っていった。
「クソ!」と吐き捨て廊下のゴミ箱を蹴り上げる。表情は怒りに満ち満ちていた。
時は流れて――
関口が目を開けるとそこには誰もいなかった。関口は舌打ちをする。そして後ろを振り返ると立っていたのは江利賀と汐谷であった。
「お前ら…何故ここに」
汐谷はタブレットを操作して「貴方がたった今、Eネットワークシステムに検出されました」と毅然とした態度で答える。
「何だと…?俺が何をしたって言うんだ」
「そこまでは分かりません。ただ――」
「罪を犯しそうになったという事は事実だ」
江利賀が割って入ってくる。疑問をぶつけるように関口は「何でここがわかったんだ」と江利賀に問いかける。
「俺たちは探偵だ。少なくとも居場所の特定は朝飯前さ」と飄々とした口調で言う。
数時間前――
事務所では江利賀が汐谷に対して詰問をしていた。
「そうですが、言ったはずですよ。このパソコンには決して触れてはならないと」
「今頃アンタの忠告を聞き入れているほどこっちは暇じゃないんでね」
2人は言い争いを続けている。春影はそんな2人を諫めようとするが、その瞬間突如としてEネットワークシステムのアラートが鳴った。
そのモニターに表示されたのは関口靖久だった。3人は驚きのあまり声を失う。
「関口さんが…?どういう事だ!?」
江利賀は固まっている中、汐谷はパソコンを操作して関口の居場所を特定した。その場所に春影は「まさか、来栖芽亜里はここにいるかもしれない」と呟く。
「自らの手で葬るつもりか…?」
「とにかく、その場所に向かいましょう」
江利賀と汐谷は事務所を颯爽と出て行った。
江利賀は銃を取り出し、銃を関口の方に向ける。咄嗟に関口も銃を江利賀に向ける。
「何のつもりだ…?」
「来栖芽亜里を撃つつもりだったんでしょ。でもアンタには絶対に撃てない」
「何だと…!?」
「だったら、この俺はどう?」
江利賀は指で額を指し挑発する。その顔は何処か余裕があるようだ。関口は引き金に指をかける。その目は何処か悲しそうだ。
「やめて下さい!」
汐谷の声で我に返った2人は互いに銃を下ろす。汐谷には関口に向かって「貴方の協力が必要です」と告げる。
「お前如きが何を言うんだ」と言い、いきなりパンチを繰り出す。しかし汐谷はそのパンチを寸前で受け止めた。
「何…!?」
「私を見くびらないでいただきたいです」
汐谷は関口の腕を下ろす。そんな2人を尻目に江利賀は来栖が残しておいたパソコンを見つけてクリックする。
その画面に映っていたのは、親子と思しきとされる男女の姿だ。江利賀は2人を呼び出して画面を見せた。
「これは一体なんだ…?」
「おそらく、来栖芽亜里の両親だろう」
その言葉に汐谷はハッとする。
「そういえば、来栖芽亜里の両親はあの事件の後、両親は自殺したと聞きました」
「彼女は自らの手で両親を死に追いやったようなもんだ。それを未だ悔やんでいるのか…」
3人はパソコンに映っている両親を見つめながら考えていた。
一方、春影は『警察庁広域重要指定125号』に関するデータを調べていた。
春影は慣れた手つきでパソコンを操作して調べているが、途端に目つきが険しくなる。
「平井太郎、お前は本当の悪党だ…」
春影は机を強く叩き、大きくため息をついた。
逃げている来栖は裏道で立ち止まり、その場で座り込んだ。
「まさか、追われるなんてね。でも捕まえられないわ」
来栖はそう呟きながら、再び歩みを進めていった。
翌日、関口は警視庁の廊下を歩いていた。何か考え事をしているのだろうか廊下で会釈をする素振りも見せず上の空である。
「昨日は一体何やってたんですか」
背後から澪の声がした。関口は踵を返す。
「別に、お前には関係ない」
「汐谷さんから聞きましたよ。単独で来栖芽亜里と接触してたみたいですね」
図星を突かれたか、関口は言葉に詰まる。
「来栖芽亜里を撃つつもりだったんですか?そんなことしたらどうなるかって事ぐらいわかっていますよね?」と立浪も強い口調で尋ねる。
「お前らには関係ないと言っているだろう」
関口はそう声を荒げて、その場を去って行く。
「関口さん、ホントに大丈夫なんでしょうか」
「さあな」
2人はどこかピリッとしない関口の事が心配であった。
その頃、事務所では汐谷が今回の調査対象となる人物に関して詳細をあげていた。
「今回、調査対象となる人物は宇敷勉。犯罪ジャーナリスト、フリーのノンフィクション作家です」
「ジャーナリストが調査対象…?」
江利賀の呟きに春影は「まさか…?」と反応する。それを見て「顔見知りですか?」と振戸が声をかける。
「いや、聞いたことがある程度だが、ノンフィクション大賞を受賞したことがある有名な作家だ」
「はい、大賞を獲得したその作品は『メリーさんの人形』。その内容は『慶明小学校小6同級生殺害事件』に関わる内容です」と言い、モニターに来栖芽亜里の顔写真を表示する。
「来栖芽亜里、彼女は『慶明小学校小6同級生殺害事件』の加害者とされる人物です。彼女の詳細について数日前、Eネットワークシステムがキャッチしました」
その言葉にメンバーの気が引き締まる。汐谷は春影と交代する。
「ファッションブランド『イリミネイト』に彼女は勤めているようだ。彼女が起こした事件に関しては事実上無かったことにされている」
「『イリミネイト』って有名なファッションブランドですよ」と翠。清張も「彼女はこの会社で何をしようとしているのか…?」と思案顔になる。
「そしてこの2人の繋がりは一体何か…?」と江利賀が呟く。
嘉元はただ一人、エタンドルに訪れていた。昨日の出来事を深町に全て報告する。
「そんな事があったんですか」
「はい、そんなこんなで今日は一言も口を聞いてくれなかったっす」とパンケーキを食べながら答える。
「来栖芽亜里が何か事を起こそうとしているのは間違いないっす。でもどこで何をしているのか」
「そういうことなら探偵達が既に突き止めていますよ」
「ホントっすか」
「ええ、彼女は『イリミネイト』という会社に勤めています」
「『イリミネイト』って結構有名なファッションブランドですよ」
「一体何を考えているんでしょうね」
嘉元はそれ以降、何も考える事無くパンケーキを口に運んでいた。
「イリミネイト」は海外にも事業を展開しているファッションブランドであり、高級感ある佇まいをしている。
「彼女はデザイナーとして働いている」と振戸。
「ああ、彼女がデザインした服は何回か社内デザイナー優秀賞を獲得している」と共に潜入中の江利賀も言う。
すると、一人の社員が2人に近づいてきた。
「あの…失礼ですが?」
不意に声をかけられた。江利賀は咄嗟に「フリーライターの石田です」と偽名を名乗る。振戸も「アシスタントの古川です」と名乗った。
「フリーライターがここに何の用でしょうか」
「来栖芽亜里さんのデザインが広く知れ渡っているらしいです。それに関しまして少しお話を頂きたいと思いまして」と江利賀。
「取材して頂きありがとうございます。ではこちらへ」
社員は2人を応接室へと誘う。江利賀はさりげなくペン型ボイスレコーダーのスイッチを入れて部屋に入って行った。
その頃、小南と翠は宇敷が住んでいるとされるマンションへ侵入を試みていた。小南はピッキングツールを取り出して、すぐにピッキングを開始する。
「ホント、なんでそう簡単に開けちゃうんだろう」
「今更か」
翠の茶々に素っ気ない反応をし入っていく。
2人は部屋の至る所に盗聴器や隠しカメラを設置していった。特に目立ったものは見られないが、小南はとある一冊のノートに目を向ける。開くと事件についての記事が切り取られている。
・2006年、豊島区カラオケ店爆破事件
・2009年、千葉市身体障害者リンチ致死事件
・2012年、埼玉中2少年いじめ自殺事件
「これらの事件は全て少年犯罪。宇敷が取り扱っているのは少年犯罪って事ね」と翠。小南はさらに読み進めていくと1年前に起きた未解決事件「江東区ボーガン殺傷事件」に関連する記事が載っている。それを担当したのは宇敷である。
「これらを何で保管しているのか…?」
「絶対何かしら裏があるはずよ」
一方、事務所にただ一人残っていた清張は宇敷に関するデータを集めていた。
「え…?」
清張は怪訝な表情を浮かべている。パソコンを操作する手を早めた。すると、小南と翠から通信機越しから声が聞こえた。
『おい、女、聞こえているか』
「僕は男だって言ってるでしょ」
『そんな事はどうでもいいから』
小南と清張の話に翠が遮るかのように割って入る。
『1年前に起きた『江東区ボーガン殺傷事件』に関して調べてくれない?』
「ボーガン…?まさか?」
『おい、どうした?』
「宇敷に関して調べてたんだ。彼は1年前にボーガンを購入している」
『それじゃあ、繋がっているって事?』
「わからない。でも、何かあるかもしれないね」
安錚は織江九宏に呼び出されて最高裁判所長官室にいた。
「種田が逮捕されたようだな」
「ええ。さようでございますか」
織江は安錚の目をしっかりと見据えて言った。
「気をつけたまえ。何者かが既に迫っている。ここで躓くわけにはいかない」
「はっ、わかりました」
安錚は一礼してその場を去って行った。
江利賀以外はイレーズ探偵事務所に戻ってきた。面々は状況を報告する。
「来栖芽亜里に関わった人物が全員失踪している」と振戸。
「何か事件性があるって事?」と翠。
「そこまではわからない。だが、何かあの表情は何か気になる」
振戸は話していた社員が怯えた様子をしていたのが気になっていたようだ。
「宇敷の自宅を探ってみた。そしたら新聞や雑誌の切り抜きばかり張ってあるノートがあった」
「気になるのはこの1年前の『江東区ボーガン殺傷事件』、この事件は未解決事件よね」
「ああ、宇敷はこの事件が起きる3日前にボーガンを購入している。それもダークウェブを用いていない」
「じゃあ、どうやって?」
4人は悩みに悩んでいる。するとその時突然事務所のドアが開いた。覆面を被った女がモデルガンを4人に向けて「手を挙げろ!」と叫ぶ。4人は身構えるが、その緊張はすぐに解けた。
女が覆面を取ると、それは汐谷であった。4人は呆気に取られている。
「一体何をやってるんですか?」と翠が尋ねる。
「すみません。童心に帰りたくてつい買っちゃいました」と舌を出し、笑いながら答える。
「こういうモデルガンは規制がされています。1年前の『江東区ボーガン殺傷事件』以降、各自治体では有害玩具類に指定されているケースもあります。警視庁ではボーガン所持を許可制とする方向で銃刀法改正の動きが進められているのです」
つまり、宇敷がボーガンを購入したのは規制がされる前であるという事だ。
「来栖芽亜里は何か企んでいるんだろうな」と小南。
清張はパソコンを更に操作して3人の人物をモニターに表示した。それは豊島区カラオケ店爆破事件、千葉市身体障害者リンチ致死事件、埼玉中2少年いじめ自殺事件、それぞれの加害者である。
「この3人、実は全員死亡している。それもボーガンで」と清張。
「何だと?」
「計算的にやったって事なんだろうね」
その頃、江利賀は澪と関口と共にエタンドルにいた。『イリミネイト』で取材した出来事を報告する。
「来栖芽亜里に関して色々調べてきましたよ。彼女がここに『イリミネイト』に来て以降、辞めていった社員が多くなったらしいです」
「来栖芽亜里が来てからって言うのも引っかかるな」と関口。
「辞めていった社員の中には彼女の私物が大量に出てきたことがあったそうです。だが本人には全く身に覚えが無かったらしいです」
澪は腕を組んで考えている。構わず江利賀は続ける。
「それだけじゃなかったらしく、イリミネイトに低評価がつけられていることが多かったようです。それも彼女がやって来てからの事です」
「彼女はサイコパスだからな。そういう事だって計算してやるだろう」と関口。「人をたぶらかす才能に長けているのは間違いないわ」と澪も相槌を打つ。
「あの14年前の事件は続きがあるんですよね。関口さん」と深町が声をかける。「お前に話すことは何もない」と一蹴する。それでも「お願い」と色目を使いながら尋ねてくる。関口は「そこまで聞きたいなら教えてやる」と呆れながらも観念した。
「この女が言う通り、彼女が殺したのは汐谷有紗だけじゃない。彼女の担任の先生も犠牲になった」
「でもどうして…?」
「心神喪失を装う為だろう。複数人刺せば認められるからな。そうじゃなければ10人も刺したりしない」
「心神喪失が認められて無罪判決が下されたケースはいくらでもある」と澪も同意するかのように言う。
「そこに織江九宏がどこかで絡んでいる」と江利賀も付け加える。すると江利賀のスマホが鳴った。相手は清張だ。
「どうした?」
『「江東区ボーガン殺傷事件」に関して詳しく調べてくれない?』
「わかった。今、関口さんと澪さんが隣にいるから聞いてみる」
スマホを切った江利賀は2人の元に戻り、「1年前に発生した『江東区ボーガン殺傷事件』に関して調べてくれませんか」と尋ねる。
「その事件って…?」
「聞いたことがある。何者かが住居に侵入し、ボーガンで一家全員を殺害した。確かあの事件も現場にドール人形が置かれていた…」
「じゃあ、何か繋がっているって可能性は?」
「あるかもしれないわ」
来栖はアジトにて人形作りをしていた。
「それにしても、皆バカばっかり。私なんか捕まえる事が出来ないのにあんなに血眼になっちゃって」
来栖は銃を取り出し構える。
「今度こそ、ホントにピリオドよ。さーて、何人殺しちゃおうかな?」
来栖は額縁写真を目掛けて撃つ。銃弾によって額縁は無残にも割れる。その写真は慶明小学校を映していた。
翌日、江利賀は宇敷と接触する事になった。近くの喫茶店で待ち合わせする事になり、店にやって来た江利賀は宇敷の目の前に座る。
「君がノンフィクションライターですか?」
「ええ、まだ駆け出しですけどね」
そう言い、江利賀が鞄から取り出したのは『メリーさんの人形』だった。宇敷は驚いた様子を浮かべる。
「君のような若者がこれを知っているとは」
「私はこれを見て、ノンフィクションライターを志望するきっかけになりましたから」
江利賀は一瞬、目を横に向けて澪と立浪がいるのを捉える。江利賀は2人にウインクをする。
「来栖芽亜里とは今でも会っているんでしょうか?」
「ええ、最近会いましたよ。元気そうで何より」
「聞けば貴方は少年犯罪を担当しているみたいじゃないですか。何故そこまで?」
「子供の思考回路は中々に面白く複雑。それだから面白いんですよ」
宇敷は何か下品な笑みを浮かべている。江利賀は構わず尋ねる。
「来栖芽亜里に何故そんな迄拘るのでしょうか?」
「彼女は少年犯罪史上、逸材的な存在だ。子供が子供を殺す。思わずそそられましたよ。徹底的に調べて見たくなりまして」
「それで、どうだったんですか?」
「さあ、駆け出しのフリーライターにはそこまで言えませんねぇ」
宇敷は何かはぐらかす口調で言った。江利賀は確信した。
――ここで何か言えないって事は、絶対に何かやましい事を隠している。
「では、今日はここまで。ありがとうございました」
お互いに礼をした後、宇敷は店を出て行った。江利賀は椅子に座り直す。するとそこに澪と立浪がやって来た。
「なんだか気味悪かったですね」と立浪が江利賀を労わるように言う。
「なんだか聞いてて吐き気がしましたよ」と江利賀も立浪に同意するように吐き捨てた。
「気になるのは、来栖芽亜里に関して何か言えない何かがある」
「どういう事?」と澪が尋ねる。
「あの目の動きと言い、落ち着きの無さ、そして過剰な反応。これだけ3拍子揃っていれば何かを隠していないわけがない」
江利賀は側頭部に指を当て、考え込んでいた。
その頃、関口は西が使っていた部屋に侵入し、パソコンにアクセスしていた。嘉元もそこに同行している。
暫くして関口は何か見つけたようだ。USBメモリを挿し情報を取り込んだ。
「嘉元、このUSBメモリを探偵達に届けてこい。俺はもう少し調べてくる」
「わかりました」
事務所ではメンバー全員が春影と共に集まってた。
「江東区ボーガン殺傷事件ではドール人形が現場に落ちていた以外、証拠が無かった。立ち去った人間を見たという人の目撃証言のみだった」
「当時、疑われていたのは豊田真紀という17歳の少女。だが、この少女にはアリバイが存在した。それを証言したのは宇敷だ」
結果的にこの事件は未解決になったまま、今に至っている。
春影は捜査資料を見ていたが、「容疑者は豊田真紀…」とだけ呟き、ハッとする。何かを思い出したかのようにモニターを操作した。
「実はこの少女、この事務所を立ち上げる前に澪が「大麻リキッド」と呼ばれる液状大麻の所持で逮捕した経歴がある。その後の過程でこの事件が浮上したが、状況証拠はあるが、決定的な証拠が得る事が出来ず、それ以上の追及は出来なかった」
春影はその時の事を立て板に水の如く話す。
「もしかしたら、この少女が事件を起こした…?」と翠が言うと「だとしたら宇敷はアリバイを偽証したという事だ」と振戸。
「なるほどねぇ…」と江利賀は呟いた。
「宇敷からしてみれば、少年犯罪を犯した奴は駒扱いだ。奴が何故少年犯罪に興味を抱くのかやっとわかったよ」
「どういう事だ?」と小南が尋ねる。
「宇敷自身も少年犯罪を犯したことがあるんだよ。深町さんに調べてもらった。それは26年前に起きた『蓮台高校無差別殺傷事件』」
「その事件は…?」と春影が身を乗り出す。
「春影さん、知っているんですか?」
「ああ、刃物を持った宇敷が突然暴れだして、何人か生徒を切りつけた。死者は出なかったが、何人か重軽傷を負った。そして、被害者名簿には関口靖久の名前が記載されていた」
「関口さんが事件の被害者…?」と驚く翠。「じゃあ、関口さんの手にあったあの傷は…」と小南も唖然としている。清張は一瞬パソコンに目を向ける。すると「おい、何だよ!これ!」と突如として大きな声をあげる。
「うるせぇな。チビ男。いきなり大声を出すなよ」
「それどころじゃないんだよ。のっぽマン。とにかく見ろよこの映像――」
全員がパソコンに視線を向ける。そこには汐谷が拉致されている映像が映っていたのだ。その映像に一同が固まる。そして画面にフレームインしてきたのは来栖芽亜里だった…!
「貴方達は知り過ぎたのよ。私達に関して」と言い、持っている銃を汐谷に向ける。
「一体何のつもりだ…?」
「江利賀亜嵐、明日指定された場所に1人で来なさい。さもなくばこの女の命は無いわ。アッハッハ!」
来栖の高笑いが画面越しに響いている。江利賀は春影と目を合わせ頷いた。
翌日、江利賀は指定された場所―宇敷のマンション―を訪ねる事になった。江利賀は警戒しながらドアを開けて、室内を見回す。するとそこに手を後ろにして縛られている汐谷の姿が目に入った。江利賀は駆け寄るが突如「ストップ!」と大きな声が響いた。
「おやおやおや、君は知り過ぎてしまったねぇ。これだから察しの良い奴はこれだから嫌いなのさ」
「貴様…!」
江利賀の目は怒りに溢れている。するとドアが開き人影が見えた。
「琴音!」
やって来たのは安錚だった。肩で大きく息をしている。突然やって来た安錚に怪訝な表情を見せる。
「何で来たんだ…?」
「琴音のGPSをハッキングさせてもらったのよ。貴方の仲間にね。勘違いしないで。親友の為よ」
「フン。人が増えた所で同じこと。いいかお前ら。それ以上近づいたら、この女のドアタマを撃ち抜くぞ―」
宇敷は感情の無いような声で、2人を挑発する。
「関口さんと接点があったんだな。あの手の傷は26年前にお前が作った傷だ」
宇敷は大笑いをして「ほう、関口の事を知っていたとはな。大したガキだ」と手を叩く。尚も江利賀は続ける。
「少年犯罪を犯した人間の気持ちをお前がよく知っている。それは自分自身が罪を犯したからな」
宇敷は何を言われても表情を変えない。すると突然、銃を江利賀の方に向ける。咄嗟に江利賀も拳銃を構えた。
「構えと言い、その目つき。君は間違いなく人を撃ったことがある」
「…」
江利賀は何も言わず黙っていた。平井太郎を撃ったことがフラッシュバックするように蘇ってくる。すると宇敷は畳みかけた。
「人を撃ったことがある君なら、来栖芽亜里が何考えているのか分からないとねぇ」
「そんな事どうでも良いわ。早く琴音を返しなさい!」
安錚が会話に割って入ってくる。宇敷は汐谷の拘束を解き2人の方に突き飛ばした。安錚は汐谷を受け止める。
「さーて、ここで君に問題だ。来栖芽亜里は今日、約束の地で虐殺を起こすと伝言を残した。その場所は何処かなー」
後がない事を悟った江利賀はイリミネイトに潜入中の振戸に「来栖芽亜里は?」と声をかける。
『探しているが、何処にもいない。小南、そっちの状況は?』
『俺たちの方も見つからない』と翠と共にアジトに潜入中の小南が答える。翠は『レイちゃん。彼女の位置は何処?』と清張に指示を出す。
『ジャミングされている。GPSで特定できない』と焦ったような声がそれぞれ聞こえる。江利賀の焦った表情を見て宇敷は「ゲームオーバー!」と狂気みじた声をあげた。
「さ、迷探偵君。彼女は何処にいったのか想像してみてねー」
宇敷の口調は完全におちょくっているようだ。江利賀はしばらくしてハッと閃き、安錚に「汐谷さんの事を頼む」と言い残し、マンションを出て行った。
マンションから出てきた江利賀を関口と澪が車の中で待っていた。江利賀は車に乗り込むと「関口さん、慶明小学校に向かってもらえますか」と関口に言う。
「約束の地って、まさか…⁉」
「そういえば、今日は事件が起きてからちょうど14年を迎える日よ。そこで何か事件を起こす…でも一体何の為に?」
関口と澪は考え込んでいる。江利賀は迷いを振り切るようにスパッと切り込んで来た。
「何でも良いんだ。西のように殺す相手は何でも良い。もはやアイツの頭は普通の精神状態じゃない。人を殺す事しか考えていない」
その殺人を犯す場所が慶明小学校である、ただそれだけの事なのだ。
「汐谷さんを拉致したのは犯行を実行するまでの時間稼ぎ。俺たちを現場から遠ざける為に敢えて仕組んだ。とにかく向かってください」
関口は車を急発進させた。
慶明小学校に来栖は既に到着していた。ゴスロリ衣装を身にまとっている。その様子を不審に思った教師が声をかけると来栖は銃を取り出し、何の躊躇いも無く引き金をひいた。しかしあらぬ方向に飛び命中しなかった。
銃声を聞いて人々はパニックになり、校内は騒然となった。
そこに江利賀、澪、関口が到着した。小南と翠もホームズで駆け付けた。
小南が「避難してください!」と皆に避難を促す。翠は固まって動けない小学生に対し「大丈夫?」と声をかける。
江利賀と澪と関口は来栖の行方を追っている。澪はジャマーが置かれている事に気が付いた。
「これを使って電波を妨害していたって事だわ…」
「あの小僧がGPSで特定できないって言ってたのもこれが理由だな」
来栖はさらに銃を撃ち続けている。転んでいる1人の児童に向かって発砲した。だが、すんでの所で江利賀は生徒を抱えて避け被弾を防いだ。
「遅かったわね。迷探偵君」
「お前と言う奴は…!」
そこに澪と関口と小南と翠がやって来た。その目に飛び込んできたのは目を疑うような光景だった。来栖は1人の児童を盾にしていた。
「根っから腐った悪だな…その子を解放しやがれ!」
「それ以上、近づいたらこの子の頭から血が流れるわよ」
江利賀は銃を取り出し構える。来栖はさらに意地悪な口調で「それとも、この子ごと撃っちゃう?」と尋ねる。江利賀は引き金に手をかけた。
「やめろ!これ以上はまずいぞ!」
江利賀は憎悪に満ちた顔をしている。関口は手にかけた銃を腕を捩り上げて取り上げる。そして腹に思いきりパンチをお見舞いした。
「お前…ホントに殺す所だったぞ!」
関口は江利賀の胸倉を掴み、澪達の方に突き飛ばした。澪は江利賀を体全体を使って受け止める。
「あーあ、つまらなーい」
来栖はそう言いながら盾にしていた児童を解放し、手から何かを取り出した。それは発煙筒だった。
「何をするつもりだ…?」
「もうここに用なんて無いわ。メリーちゃん、ドロン!」
そう言いながら江利賀達に向かって何本か投げつけた。あたりはたちまち白い煙に包まれている。江利賀達は目を覆った。
暫くして煙は消えた。しかし来栖の姿はもうそこには無かった――
その日の夜、事務所には江利賀以外、全員集まっていた。
『本日、正午過ぎ、慶明小学校にてゴシックロリータの服を着た女が児童に向かって発砲する事件がありました。死者は6名。警察は行方を追っています』
ニュース番組で慶明小学校の事件が大々的に報じられている。清張はそのテレビを消した。
静まり返ったその空間は沈黙だけが支配している。4人はギクシャクしている。小南は机を拳で思いっきり叩いた。
「なぁ、宇敷は亜嵐に向かって『人を撃ったことがある』って言ってたよな。まさかアイツ本当に人を撃ったことがあるんじゃないか?」
「分からない。でもあの時の亜嵐の目は盾にしていた子さえ撃ちそうだったわ。もし関口さんが止めてくれなかったら…」
小南の問いに翠は答える。
「亜嵐の奴、どこいるんだ」と振戸は苛立つ。
「携帯の電源を切っている。連絡が取れない」と清張も焦っている。すると突如、Eネットワークシステムが作動した。
モニターに映し出された人物は…江利賀亜嵐だった!その画面に4人は驚きを隠せない。
「どういう事⁉まさか、本気で宇敷の事を殺すつもりじゃ…」と翠は心配する。
「だとしたら、アイツの行き先は宇敷の事務所だ」と清張は言う。
一方、関口と澪は警視庁の廊下を歩いていた。
「アイツ、あの女を殺すつもりだったかもな…」
「彼女のような犯罪者がいる限り、永遠に犯罪は無くならない。そしてまたしても人を殺す」
そう澪が言った後、関口のスマホに携帯が鳴った。電話の主は翠からだ。何やら慌ただしい。
「どうした。探偵のお嬢ちゃん」
『大変です!亜嵐が宇敷を殺すかもしれません!すぐに宇敷の事務所に向かってください!』
電話越しの翠の声は切羽詰まっていた。電話はそこで切れた。関口は踵を返し廊下を駆け抜ける。
「どうしたんですか⁉」
「江利賀の奴が宇敷の事務所に向かっていった!早く止めないと手遅れになるぞ!」
暗闇の雑踏の中を江利賀はただ一人歩いていく。江利賀は拳銃を取り出した。
――彼が絶対悪なら、俺は必要悪だ。この手で全てを終わらせる。もう後には戻れない。
江利賀は自らの覚悟を噛み締めるかのように宇敷の事務所に侵入していく。
するとその刹那、事務所に銃声が響き渡った。
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