CASE10

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CASE10

宇敷の事務所に1人到着していた江利賀は電気をつけた。するとそこには思ってもいなかった光景が映っていた。 宇敷は既に何者かによって殺されていた。その死体を江利賀は見下ろしながら大きく息を吐く。そこにやって来たのは澪と関口だった。走って来たのだろうか、息遣いは荒い。 「まさか…お前!」 関口は掴みかかろうとしたが澪が目の前に入って阻止した。 「既に奴は死んでいる」 関口も澪もただ呆気に取られている中、江利賀は「宇敷のGPSの位置情報から辿ってみたらここを指していた。来てみたら、奴は既に息絶えていた」と淀みなくすらすらと話す。 「いや、こうなるのは想定の範囲内だ。Eネットワークシステムに検出された3人が失踪したように」と続けた。 「あの女が何を企んでいるかなんて考えている余裕はないわ」と澪。関口も「彼女はもう逃げられない。指名手配にするしかねぇ」と同意するかのように言う。 「それと、来栖芽亜里に関する事だが、西の野郎が彼女に関するデータをきれいさっぱり全て消していた」と話す。 「あの女からしてみれば、西も織江も単なる駒に過ぎないだろう」 そう言った江利賀の表情は怒りに満ち満ちていた。 その来栖はアジトでニュースを見ていた。自分が小学生6人を殺害したことが大々的に報じられている。 「残念だったわね。みんな。私はもう無敵よ。アハハハ!」 来栖はブラッディ・メアリーというカクテルを飲みながら優越感に浸っている。 「さあ、もうこれで全てを終わらせてあげるわ」 来栖は邪悪な笑みを浮かべていた。 安錚はただ1人部屋で佇んでいた。汐谷を守れなかった悔しさからか涙を浮かべている。 「琴音…ごめんなさい…」 膝をつきその場に崩れ落ちた。 翌日、現場検証が宇敷の事務所で行われていた。嘉元と立浪が立ち合っている。小南もその現場にやって来た。 「どうですか」 「やっぱり、来栖芽亜里が起こした犯行に違いないっすね」と嘉元が答える。 「来栖芽亜里はこの事務所にやって来た。宇敷を殺す為に。そして殺害を決行した」 立浪は出来事をすらすらと話す。 「指名手配をかける事になると思います」と嘉元。それに対し「いや、彼女の場合は特別手配になるかもしれませんよ」と答える。「どういう事ですか?」と小南が聞く。 「世間への影響が大きい事件を起こした被疑者が対象で、全国的地域にわたって強力な組織的捜査を行なうと決めれられているんだ」 「立浪さんが仰ったように、正確には警視庁指定特別手配被疑者と言ってテロ等の重大な犯罪を犯した人間に適用されるっす」 「そして、様々な事件でドール人形が置かれていた件だが、俺たちが押収した全てのドール人形には人の目では確認が出来ないほどの盗聴器がつけられていた」 「つまり僕たちの会話は筒抜けだったって事っすね」 立浪と嘉元はそれぞれ言う。小南は考えている。ふと立浪が声をかける。 「それと亜嵐君は大丈夫か?来栖芽亜里を撃とうとしてたんだって?」 「ええ、あの時関口さんが止めてくれなかったと思うと…」 小南は目線を下に落とした。そして来栖を撃とうとした江利賀の顔が目に浮かんでいた。 江利賀は事務所にやって来ていた。安錚から渡されたノートパソコンを引っ張り出して電源を起動する。 隠しフォルダを見つけた江利賀はそこにクリックする。するとそこには隠蔽されたデータがずらりと載っている。そこに他の4人も入って来た。江利賀はノートパソコンを閉じてその場を去ろうとするが、小南がその肩を掴み制した。 「何処に行くんだ…?」 「どうだって良いだろ。そんな事…」 小南の問いに江利賀は投げやりな口調で尋ねる。その口調にイラっとしたか小南は江利賀の顔面を思いっきり殴りつけた。突然の事に唖然とする。 「いきなり何すんだ…?」 小南は江利賀の胸倉を掴み、「人を殺そうとしたんだぞ!あの時、関口さんがもし止めに入ってくれなかったら、無関係な人間も巻き込んでいたかもしれない。わかってんのかよ!」と捲し立てる。 「そのくらい、百も承知だ。狙いは完璧だと思ったんだがな」と他人事のように言う。その言葉に火に油を注ぐ結果になったか、小南はさらに力を強める。 江利賀はそれでも笑みを浮かべている。 「もうやめて!」 翠の声で我に返った2人は正気を取り戻したような顔をする。すると翠は2人の腹にパンチを叩きこんだ。突然の事に2人は咳き込む。 「痛いな。本当に乱暴な奴だ」と江利賀は腹を抑えながら言う。翠は「少しは気が晴れた?」と2人を見下ろしながら言う。清張と振戸がお互いの体を起こす。その時、Eネットワークシステムが作動した。はじき出された人物を見て全員の表情が変わった。 「来栖芽亜里」 5人の表情は険しい物になる。清張はパソコンを操作しモニターの画面を切り替える。そこには防犯カメラに堂々と映っている来栖の姿が捉えられている。 「完全に俺たちを挑発しているな」 「彼女の狙いは何だ…?」 振戸と小南が呟いたその途端、またしてもEネットワークシステムが作動した。予期せぬ出来事に事務所内はざわつく。 そのモニターに映っていた人物は織江九宏だった…! 「誰なの…⁉」と見慣れない顔に翠は驚いている。江利賀は冷静な口調で「最高裁判所長官だ。来栖を養子として引き取ったのがこの織江九宏だ」と答える。 「みんな見て」と清張が呼びかけるかのように言う。その声に皆の視線はパソコンに集中する。そこには来栖と織江が共にいる様子が映っている。 「織江は彼女と手を組んで何か計画しているかもしれない」と江利賀。そしてこう続けた。 「とにかく、奴らの息の根を止める。そして全て終わらせる」 メンバーは全員、モニターに映っている来栖と織江の顔写真を見つめていた。 捜査会議には澪と関口が参加していた。ものものしい雰囲気に包まれている。宇敷勉殺しの捜査会議が始まっている。捜査一課長の戸田貫之がマイクを握り喋りだした。 「昨日、都内のマンションで殺害された人物の身元が割れたので報告する。被害者の氏名は宇敷勉、44歳。職業はノンフィクションライター。事務所の中で何者かに銃で撃たれて死亡。被疑者は今回の犯行を計画的に実行した可能性が高い。そして犯行現場にはドール人形とおぼしき物が置かれていた」 その言葉に捜査会議はざわつく。戸田は「静かに」と宥める。そんな中、澪と関口はなにやらコソコソ話をしていた。 「Eネットワークシステムは来栖と織江を同時に認識したわ。それと2人が共に会っている姿が確認できた」 「彼らが一体何をやろうとしているのか、そこまではわからねぇな」 2人が会話中も、戸田は喋るペースを落とさない。 「また、事務所にあったカメラを再生し、歩容鑑定を行った結果、ゴシックロリータの服を着たこの人物の身元が判明した。名前は来栖芽亜里。26歳。ファッションブランド「イリミネイト」の店員。しかし数日前から姿を表していない状態が続いている。今後、彼女はグレードが高い特別手配の措置を取る」 2人は黙って聞いている。さらに戸田は報告を続ける。 「とにかくこれ以上、犠牲者が増えれば警察組織の威信に関わりかねない問題である。諸君には厳しい覚悟を持って職務に当たってもらいたい。では、解散」 会議は終わった。捜査員たちは一斉に部屋から退出する。澪は大きく息を吐いた。関口は澪に声をかける。 「なぁ、あの探偵が人を殺すと思うか?」 「私にはそうは思えない。もし本当に殺そうとしたら――」 「お前が止めろ」 思ってもみなかった言葉に澪は二の句が継げない。関口は続ける。 「最早アイツも普通の精神状態じゃないのは明らかだ。もし一線を踏み越えて罪を犯すような事があれば手錠をかけろ」 「亜嵐君はそんな事は――」 「そう思うか。あの時のアイツは本当に来栖芽亜里を撃つ構えだったぞ。変に庇って懲戒免職になったとしても俺は責任を取らないからな」 「そんな事は分かっています」 澪は捜査会議室を出て行った。関口はそんな澪を心配そうな目で見ている。 江利賀はひとり、倉木家の墓に来て手を合わせていた。江利賀は去ろうとするが、そこに春影と鉢合せした。 「亜嵐君、ちょっといいか」 「…」 江利賀と春影は墓地の周りを歩いている。しばらくして江利賀が話を切り出す。 「あの、汐谷さんは…?」 「何の心配もない。しばらく休んでもらう。それと君にも伝えないといけないことがある」 「何ですか…?」 「君に預けている銃を返してもらう。これ以上、君の事を危険に晒すわけにはいかない」 「所長命令でしたら」 江利賀はそう言って春影に銃を手渡す。すると春影は一枚の封筒を江利賀に手渡す。江利賀はその封筒を開けた。 「誰なんですか…?」 「実はEネットワークシステムにあの後、来栖と織江の他にもう一人検出した。その人物は木場光士郎」 その人物に江利賀は反応する。何か知っているようなリアクションだ。 「この男って、数年前にパソコンの遠隔操作事件を引き起こしたサイバーテロリストですよね。確か事件名はクランチマン事件」 「その通り、4人の誤認逮捕が起きた事件であり、サイバー犯罪の中で最も悪質で卑劣な事件だ。その後逮捕されたが嫌疑不十分で不起訴釈放となった。それに関わっていたのは当時、裁判所主任書記官である織江だ」 思ってもみなかった事実に江利賀は声を失う。春影はさらに続ける。 「たった今、清張君から連絡が来た。彼のパソコンから犯行声明を送ったメールが送信されていた形跡があった。それは昨日起きた事件に関するものだ」 「俺にそれを調べろって事ですか」 「そうだ。だがくれぐれも無茶をするんじゃないぞ」 春影はまるで息子を窘めるかの口調で言った。江利賀は春影を横目で見つめている。 その頃、事務所では4人が集まっていた。清張はハッキングを完了し、モニターに画面を表示した。 「木場は過去、サイバー犯罪史上最悪の犯罪を引き起こしたクラッカーだ。世間を震撼させたクランチマン事件はあまりにも有名だ」 「ネットの掲示板を介して他人のパソコンに感染させたのよね」 翠はその事件を話す。 「逮捕の決め手は防犯カメラに写っていた映像」 「だが、奴は何故か嫌疑不十分で釈放されて今に至っている」 「問題なのは、この木場という人物が2人とどういう関係があるか」 すると、清張のスマホに電話が入った。電話の主は深町だ。 『レイちゃん。木場の位置を特定したわ。彼は今、総明館セミナーハウスに向かっているわ』 「そこで一体何を…?」 『彼のネットに犯行予告を匂わせるような書き込みがあったの。彼が狙っているのは、盛島奈緒美。彼の元妻よ』 清張は急いでパソコンを動かす。そして盛島の個人情報をモニターに表示した。そして総明館セミナーハウスの内部情報もハッキングした。そこにはスケジュール表が載っている。 「今日は婚活パーティーが行われる日だ。彼はそこに向かっているという事ですか?」 『そうよ。急がないと大変なことになるわ』 「わかりました。今すぐ小南と翠をそこに向かわせます」 電話を切った清張は小南と翠に目で合図する。2人は事務所を出ようとするが、「待て」と振戸が止めた。そして「何者かが木場の方に向かって接近している」と声をあげる。皆はそのモニターに目線を移す。清張はパソコンを操作して特定した人物を表示させる。それは江利賀だった。 「何で…?どういう事…?」と翠は困惑気味だ。 「知るか、アイツの考えている事なんて何もわかんねぇよ。俺はアイツに賭ける」と小南が答える。 「良いの?本当に撃つかもしれないのに」 「心配は無用だ。そのぐらい自分で何とかするだろ」 その会場に木場は到着していた。手にはナイフを手にしている。木場は歩みを進めているが、その前にバイクに乗った人物が立ち塞がった。ヘルメットを取るとそれは江利賀だった。 「誰だ!」 「どこの馬の骨だか」 江利賀は小馬鹿にするように笑っている。すると指で挑発した。木場は襲い掛かってくるが、何者かによって突き飛ばされた。嘉元が横から割って入って来たのだ。 「重い!降りろ!」 木場はジタバタして逃れようとするもただでさえ体重が重い嘉元には敵わない。嘉元は木場の手を取り手錠をかけた。 「銃刀法違反で現行犯逮捕っす」 遅れて澪もやって来た。暴れる木場の鳩尾に鉄拳をお見舞いする。木場は失神してそのまま動かなくなった。 「ていうか、何でバイク?」と澪は尋ねる。 「免許取り立てなんで。中々爽快でしたよ。それよりこの木場っていう男、織江と繋がりがあったみたいです。とにかく洗いざらい喋ってもらうしかないです」 「わかった。すぐに署に連行するわ」 澪はそう言い、嘉元に目で合図する。嘉元は木場をパトカーに乗せ、その場を去っていった。 2人になり、江利賀はバイクリアボックスからノートパソコンを取り出した。 「これは…?」 「安錚が織江の元から持ってきたノートパソコンです。織江九宏が握り潰したとされる隠蔽された事件の概要が載っています。汐谷さん曰く安錚が同じ品番のスペアとすり替えておいたので恐らく気づいてないでしょう」 「父さんが安錚に協力を持ちかけた本当の理由は…?」 「汐谷さんの存在があったからですよ。その事を知って安錚に協力を持ちかけたんだと思います」 澪の思考は混乱している。江利賀はさらに続ける。 「内部告発を誘発する為に、安錚の出所を早めた。そう捉えるのが自然でしょう。後は安錚がどう動くかです」 その安錚は織江の部屋に潜入していた。USBメモリを挿して、パソコンをウイルスに感染させる。するとモニターにとある画面が表示された。安錚は「これで終わりよ」と呟き、ニヤリと笑みを浮かべていた。 取り調べ室では関口が立浪と共に木場の取り調べにあたっていた。 「やってくれたなぁ…このクソ野郎…」 「…」 木場は黙りこむ。それを見て立浪も切り込んだ。 「お前は過去にクランチマン事件を起こした時、事実無根だとかふざけた事を言ってたよな。今回はもう逃げられないぞ。観念したらどうだ」 そう言いながら見せたのは犯行予告のメールだった。木場は目が泳いでいる。その様子を見て関口は畳みかける。 「な…?それは…?」 「消したと思って安心してたか。実におめでたい野郎だ。データを復元したら証拠がわんさか出てきたよ」 「ちょっと、何を言っているかわからないですね…」 木場は目線を完全に逸らす。関口は机を思いっきり叩いた。 「誰が関わっているんだ…答えろ!」 「いや、それは…」 「言え!」 関口はかつてないほどの迫力を見せる。それに慄いたか、木場はとうとう口を開いた。 そのやりとりを事務所で聞いていた面々も驚いていた。 「織江は最高裁判所長官だ。法の番人と目される人物が何でクラッカーである木場と接触し共謀していたのか…」 「握り潰す為の金が必要だったとか?」 江利賀と翠が呟いていると、事務所のドアが開いた。そこにやって来たのは汐谷だった。顔には絆創膏を張っている。 「ご迷惑をお掛けしすみませんでした」 汐谷は一礼する。振戸は「体の具合は大丈夫なんですか?」と気遣う。 「大丈夫です。でも本当はあと3日ぐらい居なきゃいけなかったのですが、どうしても見せたいものがあり、退院を早めてもらいました」 そう言いながら見せたのは何枚もある紙だった。汐谷は毅然とした態度で言い放つ。 「これは愛理が私達に託した最後の望みです」 数時間前―― 汐谷は安錚と共にエタンドルで会っていた。安錚は「助けられなくてごめんなさい」と頭を下げた。 「そんな…謝る必要ないわ」 「私は何にも出来なかった。親友として凄く情けない」 安錚は涙目を浮かべて、今にも泣きだしそうだ。そんな安錚を慰めるように「元気出して。そんなしおらしい愛理は見たくない」と励ますかのように言う。 「立ち直れたのは愛理のおかげなのよ」 「私は未だに琴音の役に立ってない。何も出来ていないわ」 安錚の口調はいら立ちを帯びていた。黙ってケーキを口に頬張る。 「それでさ、ここに呼び出したって事は、何か重大すぎる情報をゲットしたんでしょ?」 「何で知ってるのよ…」 「愛理の事だもん。何か証拠を掴んでくれるって信じてたから」 「貴方はエスバーかしら?」 安錚はクスっと笑った。そして鞄から何か書類みたいなものを取り出した。 「これは…?」 「織江は計画的に裁判官や警察の面々を買収し続けたわ。そしてそのリストの中には貴方達が捕らえた平井太郎も関わっていた」 「でもどうやってこんな大金を?」 「クラッカーから大金を手に入れたらしいわ。何より証拠を握り潰すのは彼の得意技よ。どんな手を使ってでもね」 汐谷は黙り込む。安錚は背中を押すかの如く声をかけた。 「琴音。14年間苦しんできた痛みを探偵達と協力して精一杯ぶつけてきなさい。どういう結果になったとしても私は琴音の事を信じるから」 「ありがとう。思いっきり今までの借りを返すわ」 「計画的に買収していた?」 江利賀は汐谷が話した真実に驚いている。汐谷は微笑みを見せた。 「じゃあ、これを突き付ければ…」 「無理だ」 小南の呟いたのをすかさず振戸は拾う。 「正面から言っても潰される。何か別の方法があれば…」と振戸は悩んでいる。「確実に現れそうな場所は?」と翠が尋ねる。 「そういえば、愛理が4日後に織江九宏が最高裁判所長官を退任すると話していました。体力の限界だとか」 「嘘だな。そんな事があるか」 「ええ、最高裁判所長官の定年は70歳までとされています。彼は就任してからまだ2年しか経過していません」 するとその時、清張が「ビンゴ!」と大きな声を出した。全員の目線が彼に集中する。 「織江の位置を特定した。そこには…」 清張はモニターの映像を切り替える。そこはイリミネイトだった。来栖と織江が何やら親しげに話している。 「スーツみたいなのを渡した…?」 「何を考えているんだ…?」 翠と江利賀が考えていると、清張はとある明細書をモニターに表示させた。 「オーダーメイドのスーツ?」 「もう一つ、探りを入れてみたんだ。そうしたら…」 清張はパソコンを動かす。すると「決定的な事実だ」と言ってその画面を映し出した。 「織江は明日、最高裁判所長官の退任パーティーに出席する」 「つまりそこに奴は現れるという事だ。その為にスーツを用意したんだろう」 江利賀は確信を持ったように言う。モニターに映る画面をずっと見つめていた。 その頃、澪は江利賀から渡されたノートパソコンを食い入るように見ている。そこに関口がやって来た。 「何だそれは」 「亜嵐君から手渡されました。このノートパソコンには織江九宏が隠蔽した事件の概要が載っているらしいです」 「ちょっと変われ」 そう言って関口は澪と席を変わる。関口は黙って操作していたが、しばらくして目つきが変わった。澪は関口の表情の変化を見逃さず「どうしたんですか?」と尋ねる。 「織江が犯行を重ねていた決定的な証拠がいっぱい出てくるな」 「事件をもみ消すように仕向けていたって事ですか」 「だろうな。そのためにクラッカーを用意したんだろう」 その時、立浪が入って来た。2人に向かって「これを見てください」と書類を見せた。関口はその書類を受け取る。するとあっと驚く声をあげた。 「これで逮捕に踏み切ることは出来る。しかしどういう手段を取るか…」 「逮捕状請求は?」 「無理よ。織江が圧力をかけて手続きをさせないつもり」 そこに嘉元もやって来た。 「織江の位置を探偵達が突き止めてくれたっす。場所はサンセットパレス東京。そこで最高裁判所長官の退任パーティーが行われるらしいっす」 「来栖芽亜里の居場所に関してもわからない。ここで逮捕して吐かせるしかない」 「時間はそんなに無い。短期決戦で行くぞ。勝負は1回きりだ」 関口の言葉に皆が頷いた。 翌日、サンセットパレス東京では織江の退任パーティーが既に行われていた。その様子を会場に潜入中の小南と翠が説明する。 「織江は今、会場の面々に向けて演説中」 「亜嵐も一緒に潜入しているんだけど、姿が見えない」 織江はスピーチが終わり去ろうとしている。「それでは次に最高裁判所長官に任命したこの方に話を変わりたいと思います」と言い登壇するように促す。だが、その表情は一瞬にして驚愕に変わった。 登壇してきたのはなんと江利賀だった。翠は驚きを隠せない。 「何してんの?アイツ…」 「亜嵐の事だ。何か裏があるんだろ」 翠の心配を他所に江利賀は話を始めた。 「えー、今日はある意味記念日みたいな物です」 「ほほぅ。何の記念日だね」 「織江九宏。アンタの逮捕記念日だ」 江利賀のマイクパフォーマンスにその場が騒然となる。 「この場で軽率な事を言って、どうなるかわかってるよね?」 「もちろん。貴方の心配は取るに足らないことだ」 江利賀は織江に微笑みを返した。その笑みは何か企んでいるかのようだ。 「率直に申し上げます。この男は賄賂を渡していました」 その言葉にどよめきが走った。織江は怒りながら「事実無根だ!取り消せ!」と怒りながら言う。江利賀はそんな織江を無視するかの如く話は進めている。 「そして、もう一つ絶対にあってはならない事をこの人を犯しました!この男は指名手配犯である来栖芽亜里の事件をもみ消したのです!」 「今言った事、本当なんだろうな!?証拠をみせろ!」 「ええ、見せてあげますよ。レイちゃん。準備をよろしく」 その言葉を受けて、ホームズで振戸と共に待機している清張はパソコンを操作する。 『準備完了。思いっきりやってしまえ』 『頼れるのはお前だけだ』 清張と振戸の言葉を受け、「了解」と小声で呟いた。そして「こちらの画面も見てください」と言い、全員の目線をスクリーンに向けた。そこに映っていたのは『警察庁広域重要指定事件125号』に関する資料だ。そしてもう一つ映っているのは織江が買収した人物が載っているリストだ。そこには事件を担当した一部の刑事の名前が記されてた。 「それは…私が握り潰したはずじゃ…」 織江はそう言った後、慌てて口を塞ぐ。それを見て江利賀は「おーや、行ってしまいましたねぇ。自分の犯行を」と小馬鹿にするように言う。織江は「いやいや、これは違うんですよ…全くの誤解です」と言いその場を取り繕う。 「そこまで言うなら、情報提供者をお呼びしましょうか?」 「やめろ、やめるんだ!」 「笑わせないで頂きたい。やめろって言われてやめるバカは何処にもいませんよ?もう扉を開けて入って来てもらって良いですか?」 そう言った江利賀は通信機越しに促す。やって来たのは汐谷と安錚だった。突然の事に織江はさらに狼狽する。 「お前…⁉」 うろたえている織江の姿を尻目に汐谷はしっかりと捉えている。そして威勢よく口火を切る。 「貴方の顔は二度と見たく無いと思ってました。でも私はもう逃げない」 「ぐっ…このクソアマが…!」 「バカな男ね。権力に溺れる男っていうのは。私は琴音に頼まれて貴方の悪事を暴くために送られてきたスパイよ。これで理解できた?」 汐谷はノートパソコンを取り出し、織江に啖呵を切った。 「このノートパソコンは貴方の犯行を裏付ける決定的な証拠です!」 「それは…⁉何故お前が持ってるんだ…⁉」 「貴方、故障したって事に表向きはなっていたわよね?そんな分かりやすい嘘、バレて当然よ。データなんてUSBメモリ1本で復元可能なんだから。同じ品番の物とすり替えておいたのよ。貴方を欺くためにね」 追い詰められた織江はじりじりとその場を後退していく。 「これでチェックメイトだ。自分の罪を認めたらどうなんだ」 「私は何も知らない!失礼する!」 織江は顔を紅潮させ裏口から逃げて行った。江利賀は織江を嘲笑うかのように「逃げられるなんて思うなよ」と吐き捨てた。 裏口から織江は逃走している。何者かが襲ってくるかのように必死に逃げている。ようやく出口を見つけた矢先に何者かが織江の前に立った。 関口だ――。 「やっぱり、小汚いお前の事だろうだからな。裏口でも使って逃げてくると思ったよ」 「ここをどきたまえ!君だって私なんかを逮捕したらどうなるか――」 その罵声は一瞬にして遮られた。関口はあっという間に織江の両手に手錠をかけた。 「おい!話をききたまえ!」 「お前の意見は聞いてねぇ。単純収賄罪で逮捕する」 「令状を持たないでそんなこと、違法だぞ!」 「知るか。令状など後でゆっくり書くからよ。違法な手段には違法な手段だ。骨の髄が解けて消えてなくなるまで絞りあげてやるからな。覚悟しておけ」 後頭部に一撃を叩きこんだような勢いだった。織江は下を向きそのまま俯いたままだった。やがてその場で泣き崩れた。 「俺たちを舐めるなよ」 関口は動かなくなった織江に吐き捨てるかのように言い放った。 来栖はただ1人アジトでテレビを眺めている。 『速報です。前代未聞、現職の最高裁判所長官の不祥事です。最高裁判所長官である織江九宏容疑者が収賄の容疑で逮捕されました。織江容疑者は『警察庁広域重要指定125号』における一連の事件で数名の警察関係者や裁判官を収賄したとされています』 来栖はそのニュースを見てワイングラスから手を離した。手から離れた勢いでワイングラスは粉々に砕け散る。 『また、織江容疑者が関わったとされている来栖芽亜里は先日、慶明小学校で児童6人を殺害した容疑で現在、特別手配の措置が取られています。そして――」 来栖は目障りだと言わんばかりにそのテレビを消した。すると半狂乱になり銃口をテレビに向け発砲した。その衝撃で液晶画面は一瞬にして割れた。 「…嘘よ…嘘よ…そんなの絶対嘘よ…」 呟きはどんどん大きくなり、最後は悲鳴交じりに叫んだ。 「もう何もかも終わり…?そんなの有り得ないわ!」 絶望感からか体から力が抜け落ち、抜け殻のようになった。来栖は自らの頭に拳銃を突き付ける。だが、引き金に手をかけた指は中々動かない。暫くして銃を頭から離し、涙を流す。まるで自らの運命を悟ったような表情を浮かべていた。 その後、織江九宏は収賄のみならず、私文書偽造の罪でも送検されることになった。最高裁判所長官による不祥事は号外が発行され上を下への大騒ぎとなった。まだ確定はしていないものの、弾劾裁判にかけられ罷免になる方針である。 来栖はアジトとしていた住居を爆破させて未だに逃走を続けている。過失激発物破裂罪も加わり、捜査を進めるようであるが、手掛かりは掴むことは出来ず、未だに彼女の行方は分かっていない。また、織江は来栖の所在に関しては完全に黙秘を貫いている。 彼女の勤務先である『イリミネイト』にも捜査のメスが入ることになったが、物的証拠は何一つとして無く、捜査は難航中である。 汐谷は安錚と共にエタンドルにいた。深町は注文してきた物を運んでくる。 「今まで手を貸してくれてありがとう」と汐谷は礼を言う。 「別に」 安錚は素っ気ない態度を見せる。深町はそれを見て「素直をなりましょうよ」と安錚に言う。「仕方ないわね」と大きな息を吐く。 「その…良いわよ。お礼なんか」 「ホントは嬉しいくせに」 2人は柔和な笑みを浮かべる。暫くして汐谷は「それで今後の身の振り方はどうするの?」と安錚に尋ねる。 「自由気ままにやっていくわよ。もう解放されたんだから」 「無理だけはしないでね」 2人はお互いにケーキを食べ進めている。すると不意に汐谷は口を開いた。 「ねぇ、愛理。織江はその後どうなったの」 「あの後、弾劾裁判にかけられる事は決まったわ。恐らく、二度と表舞台には立てないわよ。ホント、ざまあみろって感じ」 2人はまたしても笑みを浮かべていた。 数週間後、イレーズ探偵事務所では汐谷が春影と共に向かい合っている。汐谷は辞表届を春影に手渡す。その時、扉が開いて皆がやって来た。 「皆様…」 一斉にやって来た面々に2人は驚いている。 「辞めようとしてるんでしょう?でもそうはいきませんよ」と江利賀。 「いえ…そんな事は…」 「俺たちは全力で引き留めますよ」と小南。「私達には汐谷さんが必要です。辞めるなんて絶対許しませんから」と翠も訴える。 「え…?」 「これからもよろしくお願いします」と清張も頭を下げる。 「やるべきことはまだ残ってるんじゃないですか?」と振戸も続ける。 汐谷は迷っているようだった。春影の方に目を見やる。 「私は――」 「いいじゃないか。皆が続けて欲しいと言っている。それに応えてあげよう。汐谷君。君は引き続き職務に当たってほしい」と言い、辞表届を握り潰した。それを見た汐谷は力強く「はい」と答えた。振り向いて「皆様、これからもよろしくお願いします」と一礼をする。それを見て皆は微笑みを見せる。 暫くして春影は「織江九宏は弾劾裁判にかけられる事が決まったそうだ」と話題を変える。 「愛理から聞きましたが、彼は特別手配されている容疑者を隠避した事も考慮に入れ、資格回復無しの罷免が決まるそうです」と汐谷も会話に入る。 「当然の結果だな」と小南。 「新しく最高裁判所長官に任命された室田克己は織江に対し損害賠償請求を起こす構えを見せています」 「まぁ、いずれにせよ未来は無いってね」と清張。 「これからも戦い続けるさ。罪人が現れる限りはな」と江利賀。 「では、始めようか。今回の調査対象となる人物は――」 彼等は探偵としての新たな一歩を歩み始めた。 その頃、来栖は満身創痍の身体を引き摺り、宛てもなく街を彷徨っていた。最早別人とも思える程に目の焦点は合っていない。暫くして大通りに出てきた。 「こんな世界、最低な人間ばっかり」 そう自嘲気味に呟いた来栖は信号が青になり、1人の子供が横断歩道を渡るのを見ている。すると車が信号無視をしてその子供に突っ込んできた。 「危ない!」 来栖は子供を突き飛ばす。次の瞬間、鈍い衝撃音と共に来栖は吹き飛ばされた。 その車から降りてきたのはなんと織江だった。轢いてしまったショックからか放心状態になり、その場で崩れ落ちた。 来栖は薄れゆく意識の中、思いを馳せる。そしてとうとう力尽き命を落とした。 「芽亜里!なんてことだ…なんてことだ…目を開けてくれ!」 織江の虚しい叫び声が道路上に響き渡っていた。 取調室で関口は取り調べにあたっていた。 「まさか、お前の顔をまたしても見ると思ってなかったよ。狸ジジイ。娑婆に出てきて数週間、まだ暴れ足りてなかったか」 「…」 織江は沈黙したままだ。可愛い孫のような存在を殺めてしまったショックからか返す言葉が出なかった。 「今のお前を取り調べても手ごたえ無いな。地獄で報いを受けてろ」 血の通わぬ人形のように動かなくなった織江を唾棄するかのように取調室から退出していった。 霊安室にて来栖の亡骸と対面する。隣にいた澪は「取り調べしなくて良いんですか?今までの事に関して自供できるチャンスなんですよ?」と尋ねるが、「無理だ。今のアイツは廃人同然だ。取り調べても何も吐かねえさ」と答える。 「あんなに可愛がっていた存在を奴は自らの手で殺したんだ。もうアイツは立ち直れない」 「彼女にも良心があったという事でしょうか」 「さぁな。そこまであのサイコ野郎が持っていたとは思えないが」 2人は霊安室を出て行った。ドアの閉まる音がする。その衝撃で飾ってあったドール人形が落ちた。そのドール人形は血に染まっている。 街の大型ビジョンにニュースが映し出されている。 『速報です。特別手配されていた来栖芽亜里容疑者が本日、乗用車に撥ねられ死亡しました。警察は自動車を運転していた織江九宏容疑者を過失運転致死傷の容疑で逮捕しました』 翌日、一枚の新聞記事が路地裏に転がっていた。 『特別手配犯、1人の子供の命を救う』 風に揺られてその新聞記事は飛んで行く。その先には目玉がくりぬかれたドール人形が捨てられていた。
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