CASE3

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CASE3

警視庁の部屋の一つに澪の姿があった。呼び出された関口は「何の用だ」と尋ねる。 「来栖芽亜里。彼女に関して何か知っているんじゃないですか?」 「…どういうつもりだ。彼女の名前を何故知っている」 「14年前の『慶明小学校小6同級生殺害事件』当時の事件を担当したのは貴方でしょ」 関口は思い出したくない記憶を思い出したか、思わず舌打ちをする。 「知りたいか。俺は嫌だけどな」 「…」 「奴は本当の怪物だ」 「え…?」 「今まで多くの犯人を見てきた。だが奴は得体の知れない奴で一筋縄じゃいかない犯罪者だった」 関口は14年前の事件の概要を話し始めた。その話を聞いた澪は背筋の凍る思いをした。 その来栖は西と共に廃病院にいた。 「警視庁の魔女、倉木澪がまた手柄を挙げたわ」 「…それがどうした」 「手を拱いてみている訳じゃないよね。お兄ちゃん」 「私が黙っていると思うか…?」 「私にとっての夢はお兄ちゃんの夢でもあるわ。早く実現させてよね」と言い、ドール人形を置いた。その人形は猟奇的なデザインをしている。 事務所にはメンバー全員が集まった。しかし春影の様子が何か変である。 「頭痛い…」 「どうしたんですか?」と清張が尋ねる。 「ちょっとお酒を飲み過ぎてしまった…酒はあまり飲まないのに。これじゃあ仕事にならない」 「二日酔いですか?意外ですね」と翠が訝し気に言う。 「申し訳ないが、君達でやっててくれ。あ、この事はくれぐれも澪には言うなよ。バレたら怒られるからな」と言い、そのまま机に突っ伏した。 「あーあ、寝ちゃったよ」と振戸はやや呆れ気味のように言った。「そうこう言っている間に事件は起きているかもな」と小南が言ったその時Eネットワークのアラームが鳴った。 「お前が余分な事言うからだ」と江利賀は小南に毒づくが、「早かれ遅かれアラームが鳴るのは予想がついていたがな」と返した。全員が席に着いた所で汐谷がモニターを動かし表示させる。 「今回、対象となるのは人物ではなくこの大学です」と言い汐谷は一つの大学を表示する。その大学は『松陽院大学』と映し出されていた。 「この大学って確か…」と振戸は何か思い出したかのように声を上げる。 そして翠が「サークルの飲み会で一気飲みをさせて死亡事故が起きた所じゃない?」と続けた。 「その通りです。そして本題に入るとサークル長であるこの人物が今回の調査対象です」と言い汐谷はモニターに表示させる。 「城之内透也。松陽院大学フットサルサークルのサークル長です」 「こいつが今回のターゲットって訳か」と清張が嫌味っぽく言う。 「死亡したのは妹尾哲臣、19歳。サークルのメンバーら十数人と飲み会に参加し、ショットグラス約15杯分のテキーラを一気飲みし酔いつぶれ友人宅に移送。次の日の朝、息をしていない事に友人が気付き119番通報しましたが死亡が確認されました」と汐谷は淡々と言う。 「くだらねー。まだそんな事やってんのか。しかも未成年相手に」と小南が呆れたように呟く。 「背景にあるのは場の空気や上下関係による暗黙の強要かもしれないねぇ」と江利賀がつぶやいたその途端、春影が目を覚ました。どうやら大あくびをしている。 「一気飲みは本来なら危険な飲み方だ。人をつぶすことが目的になっていることが最近多くなっている。急性アルコール中毒の救急搬送数が増加傾向にある。その約半数が未成年と20代だ」 「春影さんが仰った通り、飲酒の強要や一気飲み、アルコール飲料に絡む犯罪行為、嫌がらせ全般を指すアルハラがここ最近社会問題になっています」と汐谷も付け加えた。そしてモニターを操作する。 「泥酔者を放置して死に至らしめた場合には刑事責任が問われます。脅迫して無理やり飲ませれば強要罪。酔い潰れた人に必要な保護をしなかった場合には保護責任者遺棄致死罪が適用されます」 「奴の場合はこれだけじゃ足りないだろうな」と小南。 「ひとまず城之内の罪を炙り出す」と江利賀は意気込む。 深町はエタンドルにて一人パソコンを動かしていた。そこに来店してきたのは江利賀だった。 「あら、いらっしゃい。一人だなんて」 「まぁ、ちょっと気になる事があるんですよ」 「ひとまずプリンで良い?」 「お願いします」 しばらくして深町はプリンを運んできた。深町は「そういえば」とだけ呟いた。 「どうしたんですか?」 「実は普段ここに来る関口さんがかなりいきり立っていたのよ」 「おやおや、まさかね…?」 「どうしたの?」 「かつての澪さんと同じ感じだな。関口さんも何か抱えているのは間違いない」 「そう思って関口さんの経歴を調べたのよ。そうしたら…」と言い一枚の書類を手渡した。その書類を食い入るように見ている。 「中々興味深い。これを盾に使うのは面白いかもな」と言い、江利賀は会計を済ませて退店していった。 関口は澪と共にまだ部屋にいた。 「本当の怪物…」 「平井や呉井とは訳が違う。もしも彼女が生きていたら…」 とその時、澪のスマホが鳴った。 「そうか、わかった」 澪はその場を去ろうとする。関口は「どこ行くんだ」と呼び止めようとする。 「関口さん、そのお話はまたゆっくりと聞かせてもらえませんか」 そう言い残して澪は部屋から去って行った。 江利賀と翠は妹尾が住んでいるというアパートに到着していた。二人を招き入れたのは父である敬一だ。翠は机の裏にこっそり盗聴器を仕掛ける。 「貴方達は…?」 「大学の友人の北野です。こちらが同じく友人の」 「南と言います」 江利賀と翠は咄嗟に偽名を使う。早速江利賀が口を開いた。 「この度の事はお悔やみ申し上げます」 「息子は、アルコール中毒で亡くなったとお聞きしました。彼らを訴えたいと思っています」 「大学相手にですか…?そんな無謀な」と翠は諫めようとするが、「いいえ、私はやります」と敬一はハッキリと口にした。 「なぜそこまでするのですか?」 「飲みすぎによる死亡としか大学は公表しませんでした。ましてや未成年。大学側が何かを隠している気がしてありません。徹底的に戦います」 妹尾の家から出た二人は松陽院大学近くの食堂で昼食を取っていた。翠はかつ丼、江利賀は蕎麦をそれぞれ注文している。 「ありきたりなパターンだよね。組織が何かを隠してるって」 「良くある話だな」と相槌を打ちながら江利賀は蕎麦をすすっている。すると突然、七味唐辛子を取りかつ丼に振りかけようとした。 「ちょっと、何するのよ」と言い皿を手に取り傍に寄せた。 「こういう事なんだろうな」 「は?」 唐突の事に翠は頭が回っていないようだ。江利賀は構わず続ける。 「あの飲み会では間違いなくアルハラが起きるような状況を作っていたんだろうな。断れないような雰囲気を誰かが作った」 「じゃあ、城之内の他に関わった人間がいるって事?」とかつ丼を食べながら尋ねる。「ああ」と江利賀は静かに答える。 「間違いなく妹尾が買ったとは思えない。ただ死人に口無しとなれば、城之内達の思うままだろう。幾らでも後付けで妹尾が買った事にする事もできるからな」 二人はその後、事件の事には話さず黙って食事をしていた。 小南と振戸は城之内の自宅に足を運んでいた。小南はピッキングツールを取り出してあっさりと解錠しドアを開けた。 「ずいぶんな質素な家だな」と小南は口に出す。しばらく捜索していると城之内の部屋で振戸はとある物を発見した。すぐさま小南を呼び出す。 「DVD?」 「再生してみるぞ」 小南はすぐにセッティングし、電源を点ける。するとそこには妹尾が酔い潰れている映像が流れていた。 「随分と趣味の悪い映像だな」 「城之内はこれを見て楽しんでいた訳だ。罪無き人間を殺しておいて、自己保身。本当のクズだ…」 小南と振戸はそれぞれ怒りを見せた。 「とにかく、関わっていたのは城之内だけじゃないって事か」 「持ち帰ってあのチビに解析させるぞ」 と、その時バイブが鳴った。事務所でパソコンを弄っていた清張からである。 『聞こえてんだよ。僕のことを子供扱いしないでよね』 子供扱いされたことに清張は憤慨しているが、小南は構わず「お前に見合う女を紹介してやるよ。それで、何か見つかったのか」と尋ねる。 『もちろん。あの大学、何かヤバいもの隠していたみたい。まぁそのお話は帰ってきてからだよ』と言った後、そこで通信は切れた。 「行くか」 「ああ」 そして、江利賀からの連絡で動いていた澪と立浪にも動きがあった。検死の結果が出たのである。 「致死量を思いっきり上回っていたって事ですね」 「ああ、適切な飲ませ方をしなかったばかりか適切な処置もしなかったという事だ。あの度数では間違いなく死に至ることも分かっていたはずだ」 テキーラの度数は概ね40%程度とされている。酔いがさめるまでの時間はかなりかかっていたという事になる。 「体質的には一杯で死に至ってもおかしくないわ。アルコールの分解スピードは個人差はあるが、血中濃度が0.41%を大幅にオーバーしていたのは事実だろう」 その時、嘉元が部屋に入ってきた。 「どこ行ってたんですか。探しましたよ。捜査会議はもう始まってます」 「何の事件だ」と澪は嘉元に尋ねる。 「平井太郎と呉井紘大の殺害事件に関する捜査会議です」と嘉元。しかし澪はすかさず「出ないと伝えろ」と返す。 「ちょっと、何言ってるんですか。重大な職務違反ですよ」と嘉元は言い返すが、「知るか」と聞き流した。 「そもそも事件発生から何か月経っている」 「…」 「3か月です」 答えられない嘉元に代わり立浪が答える。澪は口を開いた。 「3か月も解決していない事件の捜査会議に出る程暇じゃない。そんなものは時間の無駄だ。わかったらとっとと失せろ」 澪は厳しい目で一瞥する。その表情に恐れをなしたか嘉元は部屋を出て行った。 「しつこい奴ですね。アイツも」 「私はそのしつこさ買っても良いわ。むしろ関口よりもセンスある」 メンバーは全員事務所にいた。清張はただ一人事務所に残ってハッキングして大学内部の情報を漁っていたのだ。 「あまりにも重大すぎる情報だよ。いわば闇に触れたって所なんだよね」 「御託は良いから早くして」 「そんな焦るなって」 翠は急かすが清張は冷静に往なし、調べ上げた情報をモニターに表示させた。それを見た途端、メンバー全員の表情が変わる。 「ホントにとんでもない事実を隠していたな」と小南。 「この大学、去年にも飲酒による事件が起きてる。その時に関与していたのは城之内だ」 その学生は植物状態であることも清張は付け加えた。そしてさらに「あたかも犯罪を他人に擦り付けようとしていたんだよ」と続けた。 「どういう事なの?」と翠は尋ねる。清張はすぐさま防犯カメラの映像をモニターに流した。しばらくして清張は映像を止める。 「大学のあの報告書には妹尾が買ったという事で処理されている。しかし奴は未成年者だ。買うとなれば未成年者飲酒禁止法に100%触れる」 「確かに。でも一体誰が?」と振戸は疑問を隠さない。 「城之内の他に誰かいるって事だろうね」と江利賀も被せるように言う。 「正解だよ、亜嵐君。あの映像には違和感があったんだ。そう思って調べてみたら中々高度な技術を使っていたみたい」 そう言いながら清張は2つの画像をモニターに表示する。それは城之内と妹尾の背格好等のデータがより細かに記されていた。 「言われてみればな。二人の身長差は12㎝、体重差は8㎏違う」と小南が何か腑に落ちたかのような表情を見せる。 「確かに二人の画像を重ね合わせても不自然すぎるわ」と翠も納得したようだった。 「城之内はクラッカーを使って妹尾が自分で飲酒したように隠蔽を図ったんだろう。人工知能を悪用してディープフェイクという技術を使ってね」 聞き慣れない言葉に4人の思考回路が止まる。「もっとわかりやすく説明できないのか」と小南が疑問を呈する。 「やれやれ。まぁ簡単に説明すると人物画像合成の技術だ。人の顔を巧妙に入れ替えたりして、本物と見分けがつかないような偽動画などを作ることができてしまうんだ」 要するに、悪意のあるデマを作り上げてしまう事もこの技術で容易にできてしまうのだ。しかも写真一枚あれば簡単にフェイク動画を作ることが出来る。 「こういった偽造技術は進化している。城之内が警察の目を欺いてさらに犯行に及んでもおかしくはない」と言いながら清張はさらにパソコンを動かし、モニターに名簿らしき書類を表示させる。 「これって…」 「亜嵐。場の空気や上下関係による暗黙の強要が主要因って言ってたよな?」と清張は江利賀に視線を向ける。 「ああ、それがどうした」 しばらくして「なるほどね」と振戸は何か閃いたようだ。 「あのサークル、4年生は城之内を含めて8人いる。城之内を除いた7人の内の誰かがクラッカーって事だな」 メンバーは全員、モニターを見つめていた。 その後、清張は一人でエタンドルを訪れていた。 「本当なの?」 「はい、間違いありません」と言い、紙を一枚差し出した。それを見て深町の表情が変わる。 「技術を悪用だなんてとんでもない悪党がいた者ね」とため息交じりに言う。 「お願いがあるんですけど、クラッカーを突き止める事は出来ませんか?」 と清張は深町にお願いする。 「良いわ。その代わり新作買ってね」 「わかりました」 翌日、小南は江利賀と共に松陽院大学に足を運んでいた。二人は部室の目の前で足を止める。小南はすかさず、ピッキングツールを取り出して開錠する。 「後ろめたさなんて何も無いみたいだな」と江利賀は後ろからおちょくるかのように声を掛けるが、小南は「こんなクズ野郎を生かすのがむしろ後ろめたさ100倍だと思うけどな」と返した。 しばらくして部室のドアの鍵が開いた。二人は一斉に部屋に入る。 2人は部屋の中を捜索しているが、中々手掛かりになるようなものは見当たらない。しばらくして小南は引き出しを開けるとあるものが目に入った。 「何だこの箱は?」 「エタノールパッチテストだ」 「どういう事だ?」 「城之内はこれを使ってお酒に飲めない人の区別をしていたんだ。この書類もその一つだろう」 江利賀が手に取っているその書類にはメンバーによって〇と△と×が記されていた。 「この記号はアルコールの弱さを判定する基準だ。城之内は誰をカモにするかこれで決めていたんだろう」 「だとしたら、ネットの方に購入履歴が残ってるかもな。レイちゃん。聞こえるか」 『ハッキングは既に完了済みさ』と清張が。それを聞いて江利賀は「流石。仕事が早い」と清張を称賛する。 「それで見つかったのか?」と小南が先を促す。 『ああ、10日前に購入した履歴がある。深町さん、そっちの方はどうですか?』 『ディープフェイクのサイトの経歴を調べてみたけど、7人とも該当しなかったわ。全く顔も知らないような人物が検出されたのよ』と深町。 「まさか…?クラッカーは学外の人間?」と江利賀は疑問に思っている。 『いや、それは無い』と清張はあっさり否定した。 「じゃあ何だっていうんだ」と小南がすかさず尋ねる。 『福笑いのように顔のパーツを分解したかも知れないわね』と深町が言えば、『人工知能を悪用する城之内ならそのような行為は朝飯前だろう』と清張も同意する。 「とにかく俺たちは事務所に戻る」と江利賀は言い部室を退出していった。 一方、翠と振戸の方にも動きがあった。城之内の自宅に潜入していた二人はスピリタスを見つけたのだ。 「こんな危険な酒を買っていたとはな」と言いながら振戸は瓶を手に取った。 それを見て翠は「どういう事よ。危険な酒って」と尋ねる。 「スピリタスと言って、アルコール度数が95%を占めるお酒だ。そのまま飲めば間違いなく一杯で急性アルコール中毒になる。そして第4類危険物に該当する酒だ」 振戸が言う第4類危険物とは、引火性液体に該当する物質が該当し、ガソリンや軽油などが当てはまる。 「翠、アルコールランプは知ってるよな」 「うん。理科の実験で使ったことあるけど、それがどうかしたの」 「スピリタスは燃料用アルコールとぼぼ同類だからな。火をつければ一気に引火する」 「あれとほぼ同じってこと?」 「ああ。とにかくこんなヤバいものをここに置いておく訳にはいかない」 その頃、澪は西に呼び出されていた。 「貴方は何故、捜査会議に来なかったんですか」 「そもそもこんな会議に出ること自体、時間の無駄です。平井と呉井が殺害されて3か月、何一つとして進展はないでしょう」 「…」 「それよりも呉井を脱獄させたのは一体誰なんですか?」 「…知りませんよ、そんな事」 ――この男、何か知っている。澪はそう確信していた。 「アンタ、嘉元を利用して私を監視させてんでしょ。悪いけどそうはいかないわよ」と言い残し澪は去ろうとするが、「どこ行くつもりですか。話はまだ終わってませんよ」と西は引き留めようとする。 「貴方のつまらない話に付き合わされるほど私は暇じゃありません」と吐き捨て部屋を出て行った。出て行った後、西は苦虫を嚙み潰したような顔をして舌打ちをする。 事務所に戻ってきたメンバーは各々状況を報告する。口火を開いたのは振戸だ。 「彼の家からスピリタスが見つかった」 「スピリタスって、世界最高の純度を誇る酒として知られる飲み物じゃないか?」と江利賀。「成分のほとんどがエタノールでわずかの火でも引火する」と小南も相槌を打つかのように言う。そして「何かあると思って部室を調べてみた。そしたら出てきたのはこれだ」と言い一つの箱を取り出した。 「これは一体…?」と翠が思案していると、汐谷と春影が部屋に入ってきた。 「エタノールパッチテストだ。ざっくり言えばアルコールに対する体質を判定する検査の事だ。私はALDH2不活性型だったがな」と春影。 「私はALDH2低活性型でした」汐谷も続ける。 「そのALDH2っていうのは一体何なんです?」と翠が尋ねる。 「アルコールが体内に入ると、肝臓でまずアセトアルデヒドという物質に分解されます。この物質は極めて毒性が強く、不快な症状を引き起こします」 「その物質を分解するのがALDH2っていう物質…」と清張が呟く。 「その通りです。ただし日本人の約40%はお酒に弱いとされています」と汐谷が言えば、春影も「エタノールパッチテストの判定は3種類に分類される」と言い、モニターを操作する。 モニターには、肌がはがした直後に赤くなっている場合はお酒が飲めない体質であるALDH2不活性型、10分後に肌が赤くなっている場合にはお酒に弱い体質であるALDH2低活性型、はがしても肌の色に変化がない場合にはお酒に強い体質であるALDH2活性型を表示していた。 「この書類はメンバーのアルコールに対する体質を表す指針という事?」と翠。 「恐らくそうだろうね」と江利賀はあっさりと返す。 「奴は誰を狙おうとしているのか…?そしてクラッカーは誰なのか?」と清張。事務所を静寂を包むなか、突然、Eネットワークのアラームが鳴った。 「どういう事だ…?」と春影は立ち上がる。そのモニターに表示されていた人物は『妹尾敬一』であった…! 「何で…!?」と翠は困惑している。 「奴は直接、城之内に手を下す気つもりだ」と言い清張はパソコンを操作する。するとサイトに辿り着いた。 「スタンガンが購入されている…まさか?」と小南が呟く。 「そのまさかかも知れない…」と振戸。 それを見て「城之内を生かすつもりは無い」と江利賀が言う。その言葉に事務所が騒然となる。 「おい、放っておくのか。冗談じゃねぇぞ」と小南が胸倉を掴み詰め寄るが、「誰が放っておくって言ったんだ。そんな事したら探偵の名が廃るけどな」と言いながら江利賀はその手を力ずくで離した。 「妹尾敬一を人殺しにはさせない。その上で城之内の罪を暴く」 澪は廊下で関口とすれ違っていた。 「聞いたぞ。平井太郎と呉井紘大の射殺事件の捜査会議をすっぽかしたそうだな」 「時間の無駄よ。それよりも調べてほしい事があるわ」 「探偵風情の頼みなど聞けるか」 関口がそう吐き捨てるのも構わず、澪は事件の概要を話した。すると関口の表情が怪訝な様子になる。 「城之内透也…まさかまた何か企んでんのか…?」 「どうかしたんですか?」 「奴は去年、松陽院大学の構内で起きた殺人未遂事件の被疑者とされていた男だ」 「そんな奴が何で…?原因は何だったんですか?」 「急性アルコール中毒だ。被害者は一命は取り留めたが植物状態だ」 その話を聞いた澪は何か思い浮かんだようだった。江利賀から聞いていた話と一致していたのだ。 「城之内はまたしても人を殺すつもりよ。放っておくつもりですか」 澪に圧をかけられたか、次第に関口の顔が険しくなっていった。 「小娘が、全く出しゃばりやがって…」 関口は大きなため息をついた。 「まぁ良い。奴等に協力してもいいだろう」 翌日、家を出た妹尾敬一の目の前に江利賀と翠が立っていた。 「君たち…」 「そのバックの中、スタンガン入ってるんでしょ」 動揺する敬一を尻目に翠はさらにたたみかける。 「何故その事を…」 「俺たちは探偵だからなぁ。関わりのある人物は全て調べさせてもらってんだ」と言い敬一のバックを開け、スタンガンを取り出し敬一の首に押し当てる。 「おい、どうするつもりだ」と敬一の声は震えている。 「さぁな。でもアンタが復讐を辞めないって言うんだったら電気ショックを与えるかもね」と言う。口調はおちゃらけているが、顔は笑っていない。すると次の瞬間、翠が江利賀からスタンガンを奪い取った。 「馬鹿な事言っている場合じゃないわ」 「ジョークだよ。そんなもの」と笑いながら言い、スタンガンを再び奪い取りすぐに手から離した。その衝撃でスタンガンは粉々になる。そして真剣な表情になる。 「大学側と争った所で勝てないのは明らかです。ならば我々が城之内の罪を暴きます」 「私達は警察じゃありません。ですが被害者の無念を晴らす、その思いは同じです」 その会話を関口と澪は通信機越しに聞いていた。 「探偵擬きが格好つけやがって」 「そうだとしても我々のバックアップは必要ですよ。彼等無しではターゲットには辿り着けませんから」 するとその時、立浪が駆け寄ってきた。 「城之内の所在が分かりました」 「本当か」 「はい、突き止めてもらいました。清張君、聞こえる?」 『聞こえてます。城之内は今、大学にいます。そして俺たちを攪乱させていたクラッカーの正体も突き止めました』 「誰なんだ」と澪が促す。 その言葉を聞き、清張はパソコンを動かす手を早める。そしてモニターに人物を表示させた。 その結果に『やっぱりな』と小南が声をあげる。振戸も『クラッカーは城之内の弟である、城之内仁です』と続け、二人は一斉に事務所を出て行った。 「弟…?そういう事か!」と関口は何か閃いたようだ。 「いきなりどうしたんですか?そんな大きな声をあげて」と立浪。 「実は昨日、城之内仁が著作権法違反及び名誉毀損で逮捕されたと聞いたんだ。嘉元が今取り調べしているはず」 その嘉元が関口に駆け寄って来た。嘉元は取り調べの内容を報告する。 「分かったわ。立浪、行くわよ」 「了解」 澪と立浪は準備しようとしたが、「待て」と関口が止める。 「何ですか」 「俺にも行かせろ。手錠は俺がかける」 「構いませんけど、一体どういう風の吹き回しなんですか?」 「そんなものどうだって良いだろう」 関口は肩で風を切るかのように歩き出した。それを見て澪は何故か微笑んでいる。 松陽院大学にてフットサルサークルの部屋の鍵を開け部屋に入ろうとする城之内の前に小南と振戸が立ちはだかった。 「誰なんですか…?アンタ達」 「俺たちは探偵さ。君の悪事を暴きに来たんだよ」 「さぁ?俺は何もしてませんけど?」 しらばっくれる城之内に振戸は一枚の書類を突き付ける。それを見た途端に城之内の目が泳いだ。すかさず小南が問い詰める。 「誰をカモにするか、これで決めていたんだよな」 「な…?何故お前がそれを!?」 「何でだろうなぁ?君が知る理由はゼロだと思うけど。お前が弟を使って犯行に及んだこともお見通しなんだよ」 「お前が生き残る為の道はもう無い。さぁどうする?」 2人は城之内を問い詰める。すると次の瞬間、城之内は二人を突き飛ばして逃げ出した。 「やれやれ。まぁ逃げられると思ったら大間違いだけどな」 城之内が逃げた先に立っていたのは澪だった。 「アンタには聞きたいことがいっぱいあるんだ」 その言葉を聞き、城之内は襲い掛かってきた。澪は応戦するも苦戦しているようだ。するといきなり城之内の体が崩れ落ちた。 背後にいたのは警棒を手にした立浪だった。立浪は城之内の頭を一突きで突いたのだ。 「立浪。よくやったな」 「本当は首から下を叩くのが正解なんですけどね」 その時、関口がやって来て城之内の両手に手錠をかけた。 「警察が何でここに…俺は本当に何もしてねぇ!」と言い城之内は暴れだすが関口は喉元にパンチしてノックアウトした。 「うるせぇ。なめたマネしやがって。去年の借りは返してもらうからな」 城之内が逮捕されたことを江利賀と翠は小南から知らされた。その事を敬一にも報告する。 「本当ですか…?」 「はい」 「貴方が復讐心に駆られ人を殺す、それは絶対にあってはならない。仮に城之内を殺した所で亡くなった息子さんは帰ってこない」 「私はこれからどうすれば…」 「息子さんの分まで生きることです。それ以外貴方がすべき事はありません」 その言葉を聞き敬一は涙を流し頽れる。それを江利賀と翠は悲痛な目で見つめていた。 その後、城之内透也は送検された。強要罪、傷害罪を含め行く数多の余罪が追及されている。また、弟である仁が自白したことにより飲酒運転による死亡事故による自動車運転過失致死罪も適用され再逮捕される方針だ。 事務所には江利賀ただ一人いた。何やら頬杖をついている。すると深町が扉を開けてやって来た。 「ここが新しい事務所なのね」 「なんでここがわかったんですか?」 「私はこれでもハッカーよ。甘く見ないでよね」 そう言った深町の手には手提げ袋がある。深町は江利賀に手渡した。 「新作のスイーツよ」 「ありがとうございます。聞きたいんですけど、何故クラッカーの正体がわかったんですか?」 「それはね…」 深町は城之内のパソコンをハッキングしたが発信源が特定できなかったのだ。 その後、城之内に関連する人物を紐解き、同じ大学に在籍する弟がクラッカーであることを突き止めたのだ。パソコンの発信源は全て大学構内のパソコンであった為、特定するのは容易だった言う。 「間抜けなやつね。罪を犯す人間っていうのは。そして、これは頼まれていた情報よ。まぁこのお代は高くつくわ」 「ありがとうございます」 「じゃあ、私はこれで失礼するわ」 深町が去った後、江利賀は書類をこっそりと見る。ぼんやりと眺めていたがしばらくしてある項目を見た途端、大きく目を見開いた。 慶明小学校の前で手を合わせ、かなり長く手を合わせて黙とうしている女性がいる。 汐谷だ。 目を開けて去ろうとしたとき、春影が後ろにいた。春影はゆっくりと近づいてくる。 「君が助手に志願した理由はこれだった」 「…何で知っているんですか」 「澪から聞いた。そして私も気になって調べた。14年前、この場所で一人の少女が同級生を殺した」 「…」 「被害者は君の妹」 沈黙が2人を包む。やがて汐谷は口を開いた。 「私は妹を失った事を受け入れられずに逃げ出した。亡くなった人間の分まで生きることは――」 「私も同じ思いを抱えている」 汐谷は春影の方に目を見やる。 「私も過去に妻と息子を失った。それでも前を向いて歩けているのは彼らと娘のおかげだ」 「…」 「君が何を考えているかはわからない。だが、君のような心に傷を負った人間を放ってはおけない。それだけは言える」 「今回はありがとうございました」 「別にお前の為にやったわけじゃねぇ」 そう言いながら殊勝な態度を見せた澪に関口が毒づいた。 「そんなこと言ってホントは嬉しいんじゃないですか?」 「うるせぇ」 口は悪いが関口の態度は穏やかだった。 「そんな事より、話の続きをするぞ。来栖はまだどこかで生きている」 「え…?」 「この前、西と話す機会が会った。その時に来栖の話をした途端、どこかよそよそしかった」 西が何かを隠している、そう関口は感じていた。 「とにかく、西には気をつけろ。アイツが何か企んでいるかもな」
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