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CASE4
5年前――
18歳の翠杏奈は校内でも知らない人はいない、ギャングチーム「エメラルド」のリーダーを務めていた。
「ま、待て、話を」
「言い訳は聞きたくないわ。風紀を乱す者は消えてもらうわよ」
そう言いながら翠は生徒の股間を蹴り上げた。その痛みに悶絶している。
「スッキリしたわ」
すると、その時一人の生徒が駆け寄ってきた。
「翠先輩、これで良かったんでしょうか。私たちはギャングチームですよ。正しい事なんて何一つ出来ない」
「正しい事は何一つ無い。それでも困っている人に手を差し伸べる、それだけは出来るはずよ」
そう言いながら翠はその場を去って行った。
時は流れて――
翠はとあるジムでトレーニングに励んでいた。するとそこにやって来たのは関口だった。
「お、お前は探偵擬き」
「擬きとは何ですか、れっきとした探偵です」
関口の言葉に翠はムッとする。すると翠は提案を持ちかけた。
「今から手合わせしません?私が勝ったら協力してもらいますけど」
「構わないぞ。まぁ、小娘如きに負けるはずがないがな」
「女だからって甘く見ない方が良いですよ」
その言葉に二人はお互いに対峙した。翠は踏み込んでジャブを放つが、関口は容易にかわす。
「全然余裕だな。本気出したらどうだ?」
「いい年なんだから無理しない方が良いですよ。おじさん」
関口は軽いジャブを繰り出しながら、徐々にスピードを上げていく。翠は後退しながら反撃のチャンスを伺う。
「思ったよりやるじゃねぇか。お前、可憐な見た目に反してドSな女だな。何故格闘技なんか齧ってんだ」
「私はこれでもギャングチームの元リーダーです。暴れるのは好きなんで」
「忘れたい過去か。ならば――」
その言葉は突如遮られた。翠が関口の鳩尾を突いてダウンさせたのだ。
「私の勝ちですね。次のケースは協力してもらいますよ」
事務所には翠を除いて全員集まっていた。
「そんな事があったんですか?」と汐谷は驚いているようだ。
「どうしようもないくらい機械音痴なんですよ」と江利賀。
「そうですよ。あの脳筋女の得意技っていえば、人の大事な所を蹴っ飛ばす事だけなんですから」と清張は面白可笑しく言う。しかしその表情は一瞬にして凍り付いた。
「脳筋女ってどういう事よ」と言いながら翠が扉を開けてやって来た。既に目線は清張をロックオンしている。
「な…いたのかよ」と慌てる清張を尻目に「全部聞こえてんのよ。このネカマ」と翠は清張に詰め寄って絞め技をかけた。
「悪かったって。許してって」と言うが、翠はさらに力を強める。
「自業自得だな」と小南が言えば、「バカタレが、女の怒りは男よりも怖いんだからな」と振戸も呟く。
「全く、こっちは関口さんをダウンさせていい気分で帰ってきたのに」と翠は頬を膨らませて言う。
「関口さんが?」
「そうよ。お手合わせしてきたの。中々苦しかったけどね」
翠は気分が晴れやかだった。するとその時Eシステムのアラームが鳴った。
「悪人ぶっ飛ばしタイム?」と翠が色めくが「落ち着け、詳細を見てからだ」と振戸が宥める。
全員が座った所で春影がモニターを操作して人物を表示させる。春影はその人物を表示させた途端に表情が険しくなる。
「まさかこいつが…」
「どうされました?」と汐谷。
「今回の対象となる人物は村雨達彦。かつてこの近くを恐怖で震撼させた暴走族『ベリル』の元総長だ」
その言葉を聞き、翠の顔色が変わった。
「『ベリル』って…」
「知ってんのか?」と小南は尋ねる。
「知ってるわ。彼は札付きのワルよ。過去に何度も検挙されたことがある」
「え、何でそんなに詳しいの?まさか過去に何かあったんじゃ…」と清張が立ち上がり翠の方に視線を向けるが、「うるさいわね」と一喝して黙らせる。清張は怯えて席に座り直す。
「で、所長はこの村雨って男をご存じで?」と小南が尋ねる。
「ああ、澪からも聞いている。彼は何度も逮捕されたことがある。その内の一回は澪が手錠をかけた」
汐谷はさらにモニターを操作して『ベリル』に関しての詳細を表示させ、さらに続ける。
「この『ベリル』というグループは約15年前に解散されました、しかし一部のOBによる事件は後を絶ちません。暴力団に所属せずに犯罪を行なう集団、いわゆる『半グレ』が社会問題化しているのです」
「半グレによる犯罪ねぇ…」と江利賀が呟く。
警視庁では捜査会議が終わったばかりだった。その事件は村雨達彦が関わっている事件だ。
「『ベリル』がまた何か動き出している…」と澪が呟く。それを見て「知っているのか」と関口が尋ねる。どうやら脇腹を抑えているようだ。
「リーダーである村雨は過去に一回私が逮捕したことがあります。ていうか、脇腹を抑えていますけど何かあったんですか?」
「探偵擬きの女にノックアウトされた。それだけだ」
その言葉から澪は翠の事だろうと大方察したようだ。
「全く、協力してもらうだなんて冗談じゃない。大体やってることは場合によっては法律に触れている」
関口はそう吐き捨てて歩く足を速めた。澪は溜息をついて立ち止まる。すると後ろから立浪がやって来た。
「今日の関口さん、何やら機嫌が悪かったですね」
「翠ちゃんにボコボコにされたのよ。女だからって甘く見過ぎ。そんな事じゃ足元掬われるわ」
澪はそんな関口を憐れむような目をして見つめていた。
メンバーは全員『ベリル』についての情報を集めていた。
「『ベリル』は地下経済の界隈じゃ名の知られた名前」と清張が調べ上げた情報を話す。
「アングラ経済を動かしている大元って事は間違いない」と振戸も続ける。
アングラ経済とは盗難品の売買や麻薬取引、売春に武器の密売などが典型的なケースだ。だが今回のケースはそれが不明である点だ。
「地下経済にも種類は一杯あるから。問題なのは村雨がどこに属しているのかよ」と翠。
「ちょっと失礼」と江利賀が言い、清張に代わりパソコンを操作する。しばらくするととある記録に目を留めて呟いた。
「これはねぇ…」
「どうした?」
「翠ちゃん、ちょっと見てもらえるか」と言い翠を呼び出す。翠はパソコンに表示された画面を見た時、表情が変わった。
「このジム、関口さんもこの前来ていたわ」
思ってもいなかった出来事に騒めく。翠はこう続けた。
「関口さんがここに来ていたのは何か偶然じゃないかも。今回は協力してもらうけど」
「あの人は頑固で現実主義者だからな。何処まであてになるか」と言い、江利賀はスマホを取り出した。
その関口は再び、西の所を尋ねていた。
「いい加減、答えてもらえませんか」
関口は西を問い詰めていた。しかし西は「知りませんよ」と言い白を切ろうとする。
「倉木の事、何か知っているんじゃないですか?平井と呉井は倉木が手錠をかけた人物だ。その二人が一気に殺されることなんていうのはあまりにも不可解だ」
西は「知らないものは知りません。お引き取り下さい」と言い、関口を部屋から退出させた。関口は恨めしそうに舌打ちをする。
部屋を出てしばらくした後、関口は嘉元とバッタリと会った。
「あ…」
「西に用か。アイツなんかに今頼んでも何もねぇぞ」
「そうですか」
嘉元を踵を返し去ろうとする。すると関口が声を掛けた。
「おい待て、俺の質問に答えろ。倉木への監視は誰の指示で動いている」
「それは…」
「誰の指示だ!」
関口は嘉元の胸倉を掴み詰め寄った。嘉元の目は怯えている様子だ。
「コソコソやってねぇで、この際白状したらどうだ。ああ!?」
「…西さんです」
目線を逸らしつつも嘉元は弱々しく答えた。関口は掴んでいた手を離す。
「嘉元、お前みたいに目立ちすぎる奴が倉木の監視は無理だ。警視庁の魔女は一筋縄じゃいかない。お前に俺が仕事をくれてやる」
「一体どんな仕事ですか…」と恐る恐る嘉元は尋ねる。
「俺の代わりに探偵擬きと協力しろ。俺は別件で動かなきゃいけない事件が起きたからな」
「そんな、いくら何でも――」
「無理なら、お前がここにいる資格はねぇ。それと、西を監視してろ。わかったな」
一人残された嘉元は大きくため息をついた。そこにやって来たのは澪だった。
「呆気ないわね。アンタも」
「な、聞いてたんですか」と嘉元は狼狽えている。
「人を追い詰めるのが上手なアンタが追い詰められるなんてね。しつこいけど危機感を感じたわ」
「それって褒めてるんですか…?」
「さあね。まぁ丁度良かったわ。関口さんが大嫌いな人たちに協力してもらうわよ」
澪に連れられるがまま嘉元は歩き出していった。
メンバーはそれぞれ実態を調べているが、中々結論が出てこない。するとそこに春影が肩を落として帰ってきた。それを見て「何があったんですか?そんなに肩を落として」と小南が尋ねる。
「パチンコで大負けしたよ。やれやれってとこだ」
「そんな事をして大丈夫なんですか?それこそ澪さんに怒られますよ」と翠。
「言わなければどうってことも無い。隣の人間は村雨達彦だった。彼は大当たりしていたんだよ。だが何か様子は変だった」
「ゴト行為で間違いありませんね」と汐谷がブドウを食べながら言った。「何ですか、それ」と振戸が尋ねる。
「不正な方法で出玉を獲得する行為の事です。様々な手段がありゴト師は巧妙な手口で犯行に及びます。ですが一部にはゴトの自動検知を目的とした『異常遊技の検知機能』を持つものが存在する台もあります」
「あの慣れた手つきからして何度もやっているのは間違いない」と春影。
「でも、逮捕することは出来ないんですか?」と江利賀が問いかける。
「ああ、現行犯でしか捕まえる事はできない。そればかりか複数人でやっている事が多いからな」と春影は少し頭を抱えている。すると事務所の扉が空いた。やって来たのは澪と嘉元だった。
「誰なんですか、あの人」と小南。
澪は嘉元に目で合図して前に出るように促す。嘉元は一歩前に出て自己紹介をした。
「嘉元っす。よろしくっす」と言い、嘉元は深々と頭を下げた。
「見ての通り、冴えない顔をしているが純朴で真っすぐな性格だ。皆、仲良くやってくれ」
「良いですけど、ていうか関口さんはどうしたんですか。まさか約束破る気じゃないですよね」と翠。
「その事なんですが、関口さんに押し付けられたっす」と嘉元が神妙な表情して答える。翠は「約束破るなんて最低な男」と憤る。
「ちょっとお父さん、パチンコ屋行ってたでしょ」と澪は突然春影に詰め寄る。その表情を見て春影は「いや、あの、何のことかな?」と惚ける。
「誤魔化さないでよね。出入りしていたのを見てたのよ」と語気を強める。それを見た江利賀はすかさず「調査の過程で偶々です」とフォローに入る。
「まさか、村雨達彦の事を追っているんですか?」と嘉元。
「はい、彼はゴト行為を行っていたみたいです。春影さんが出入りしたパチンコ屋で」と振戸が答える。それを聞いて澪は「本当なの?」と春影に尋ねる。
「ああ」と春影は簡潔に答える。
「協力してくれてありがとう。でも、お父さんは警察の人間じゃないから無茶しないで」と言い、澪は嘉元と共に事務所を去って行った。
澪が去ってしばらくした後、「バレてるじゃないですか」と清張が嘯く。春影は「一体誰に似たんだか」と言い大きな溜息をついて座り直した。
その頃、エタンドルで深町がただ一人椅子に座りパソコンを動かしていた。するとやって来たのは関口だった。
「いらっしゃい」
「倉木はどうした」
「倉木さんならここには来てませんけど、どうかされたんですか?」
「奴に少し用があるんだ。まぁ座っていればその内来るだろ」と言い椅子に座ってモンブランを注文する。
しばらくしてモンブランと一枚の紙が渡された。関口は「何だこれは」と口を尖らせる。
「常連さんへのスペシャルサービスです」と言い、深町はウインクをして見せるが、「嘘だな」と言い疑念の顔を向ける。
「バレてましたか。警視庁捜査一課刑事の名は伊達じゃないんですね」と深町は揶揄うが、「俺を誰だと思っている」と遮り、その紙の中身を見る。
「どうやって調べたんだ。お前のような一般人が絡んでいいもんじゃないんだぞ」
「私はこれでもハッカーなんで、このくらいは朝飯前です。まぁハッカーとして動くのは頼まれてからじゃないとですけどね」
深町の告白に関口は声が出ない。深町は構わず続ける。
「実は江利賀君に頼まれて村雨が座っていたパチンコ台を調べていたんです。そしたら…」
関口は深町が指を指している所だけを入念に見る。しばらくして関口の表情が変わった。
「このパチンコ台だけ記録が載っていないんです」
「どういう事だ…?正常なデータが出ていないのか?」
一般的にパチンコ店に設置される専用コンピュータをホールコンピューターと言う。簡単に言えば店内に設置されている台を一元管理するものであり、全ての台に関する全ての情報が網羅されているのだ。
「つまり、この台だけ何か細工されていたって事で間違いないですね」
「ああ、礼だけは言っておく。だがこれ以上首を突っ込むのは危険だぞ」と忠告しモンブランを食べ進めた。
来栖はただ一人拠点となる場所でパソコンを動かしていた。するとそこに西がやって来た。
「計画は順調のようだな」
「ええ、お兄様の依頼となれば。もうそろそろ出来上がるわ」
来栖は不敵な笑みを浮かべている。
「そろそろ警視庁の魔女を引きずり下ろす。彼女には消えてもらうのみだ」
翌日、翠と清張はジムに潜入していた。二人は共にトレーニングに励んでいる。どうやら勝ったのは翠のようだった。清張はへばったか、地面に倒れている。
「私の完勝ね」
「流石だよ。武力に関しては敵わないね」
2人が健闘を称えあっていると、やって来たのは関口だった。
「な…」
「ちょっと、約束破るってどういうことですか」と翠は関口に向かって詰め寄るが、「よせ」と清張に止められる。
「俺にも色々事情があるんだ。構っていられる程暇じゃない。それよりも、村雨がどこ行ったか知らないか」
「知りませんよ。ていうか貴方も追ってるんですか?」
「ああ、奴の経営するバーで傷害事件が発生したのは知ってるか?」
2人は共に首をかしげる。関口は呆れたように溜息をつく。
「探偵擬きが知らないんだったら、探偵を名乗るな」と関口は毒づく。
「それはアンタが素直に私たちに協力しないからでしょ。それよりも擬きってどういうことですか。しっかりとした探偵です」と翠も売り言葉に買い言葉と言わんばかりに応戦する。
「大体何でお前みたいな小娘がここにいるんだ。どうみても探偵に見えねぇよ」と関口はさらに捲し立てるが、「そこまでにしたらどうです」と清張がその場を収めた。
「何だお前、お前も探偵擬きか」
「僕がどこの馬の骨だかなんか、どうだって良いさ。でも彼女を侮って痛い目見たのはアンタじゃない?」と冷静に返す。
「何だと?」
「確かに翠ちゃんは脳筋で暴力的でどうしようもないぐらい機械音痴だけど、そんな事を忘れるぐらい、他人を思いやる気持ちはある。いい加減協力したらどうですか?」
清張の思いもよらぬフォローに翠は表情が混乱している。しかしかぶりを振って関口の顔をしっかりと見据えている。
「だったら、このボクが暴いてやるさ。関口さん、そのクラブ周辺の防犯カメラの映像を貰えますか?」と清張。関口は「何でお前みたいな小僧に、冗談じゃない。お断りだ」と取り付く島もない。すると翠が「彼はこれでも、天才ハッカーなんで」と助け船を出す。
しばらくして関口は心が折れたか、口を開いた。
「…俺にどうしろって言うんだ」
「え…?」
「全く、しつこい奴らだ。まぁ、嘉元には遠く及ばないけどな。協力してやる。もちろんタダじゃないけどな」
「じゃあ、今度、深町さんの店のモンブランご馳走しますね」と翠はあっけらかんとした表情で言う。
「何で俺の好みを知ってんだ。さてはアイツが何か吹き込んだな」と関口は呆れた様子で言うが、二つ返事で承諾した。
清張は「じゃあ、行きますか」と言いジムを出て行った。
その頃、江利賀はエタンドルにいた。
「関口さんがここにやって来たのよ。あの人にも渡しておいたわ」
「ホントですか。まぁ協力しなさそうな気がしますけど」
江利賀はプリンを食べ進める。そして口を開いた。
「そういえば、汐谷さんの経歴見させてもらいました。まさか色々な人間が関わっていたとは、驚きましたよ」
「事情が複雑に絡み合えばよく分からなくなるものね」
江利賀の言葉に深町も同意する。
「来栖芽亜里。子供をあっという間に殺すような奴がこの世に生きていたとしら…」
江利賀は振り向いて不敵な笑みを浮かべていた。
一方、事務所に戻ってきた関口達は防犯カメラの解析を進めていた。
「おい、まだなのか」と関口が急かすかのように言うが、「これだからせっかちさんは」と清張はあっさりと往なす。翠も「集中してるんですから」とフォローする。暫くして清張は「ビンゴ」と声をあげた。
「早いな。もう分かったのか」
「この天才ハッカーにかかれば、情報はダダ洩れって訳よ」と言い、防犯カメラに写っている人物の詳細を全て表示させる。関口は全ての情報を見ているが、とある人物の詳細を見た途端、顔色が変わった。
「どういう事だ…!?何でアイツが⁉」と関口が声を荒げる。その人物は西であった…!
「あの野郎…!狡い真似しやがって!」と関口が興奮気味に口を開いているのを「落ち着いて下さい。何がどうなっているんですか?」と翠が宥める。
「まさか…?」と清張は何かに気が付いたようだ。
「どうしたの。レイちゃんまで」と翠も怪訝な表情を浮かべる。
「この西っていう人物は警察のお偉いさんだよ」と清張はあっさりと言う。
「小僧の言う通りだ。だが何故…?」と関口は考え込んでいる。
「狙いは防犯カメラの映像を改竄?」と翠が呟いたその瞬間、関口は何か思い出したようだ。
「奴は警視庁サイバー犯罪対策課の班長だ。もしかしたら証拠隠滅を図った可能性がある」と言った。そしてすぐに指示を出した。
「倉木、サイバー犯罪対策室へ向かってくれ!」
関口の指示でサイバー犯罪対策室へ向かった澪と立浪はすぐにパソコンにログインする。しかしすぐに異変に気付いた。
「データが何者かによって消されている…」
「警察署内にも西の所在に関しては不明になっています」
その言葉を受け清張はすぐに西に関して調べるが、結果が何も出てこなかった。
『どうなってんだよ。これ…』
清張もかつてないほど動揺している。翠は『倉木さん、パソコンに誰かが不正にアクセスした履歴は残ってますか?』と尋ねる。
「残っていないわ。監視カメラのシステムにすらアクセスできない」
『ファームウェアに誰かがブートキットという手法を用いてクラッキングしたって事だ』と清張。翠は『カタカナ使えば頭良いと思ってんでしょ』と突っ込み頭を叩くが、清張は『専門用語が多いんだからしょうがないじゃん』と言い返した。
『簡単に言えば、本体内部の回路や装置などの基本的な制御が破壊されたんだ』
『じゃあ、西が何か企んでるって事で間違いないのか』
『あながち間違いじゃないですよ。ただ、あの人はそこまで関わっていない。その先にもう一人誰かいる』
一方、小南と振戸の方にも動きがあった。2人はピッキングで村雨の自宅に侵入していた。
「色々な凶器が出てくるな」
「ああ、確実に人を殺しそうな物ばかりだ」
2人は隅々まで捜索している。すると振戸はあるものを見つけた。
「何だこれ?磁石か?」
小南もハッとする。そして続けた。
「パチンコの為に使っている磁石だ。奴はこれを使って違法な儲けを手にしていたんだろう」
その時、清張から通信が入った。
『一体どこ行ってんだよ』
「お前が苛立つなんて珍しいな。何かあったのか」
『何も無かったら連絡なんかしないさ。とにかくヤバい事が起こってんだよ。すぐ戻ってきて』
そう言って清張は通信を切った。
「あのチビ、何か様子が変だぞ」
「さぁな、でも間違いなく何かマズい事が起こっているのは事実だろうな」
事務所にはメンバー全員集まっている。まずは清張が状況を報告する。
「この一連の事件、関わっているのは西誠という男だ。しかし問題が一つあり、データを辿ることが出来ない」
「天才ハッカーのレイちゃんでもハッキング出来ない情報があったんだな」と小馬鹿にするような口調で小南が清張に視線を向ける。
「ああ、ただ村雨の方はずっとマークしていた。2、3日前に彼が西と電話でやり取りしたデータは残っている。周囲の雑音を取り除いた音声がこれだ」と言いながら清張は音声を再生させる。
『今度カモにするのは…』
その音声に一同が騒然となる。
「まさか、ぼったくりバー?」
「そういえば、関口さんは村雨が経営するバーで傷害事件が起きたって言ってたわ」と翠が何か思い出したかのように呟く。
「俺たちの方は犯行の確固たる証拠を掴んだ」と振戸。小南も「ゴト行為の完全な証拠だ」と続け、さらにポケットから磁石を取り出す。
江利賀は「ならばこれをサツに突き付ければ…」と言った途端、突然事務所のドアが開いた。やって来たのは嘉元だった。澪と立浪に抱えられ何やら顔が傷だらけである。
「どうしたんですか!?」と翠は嘉元に駆け寄る。嘉元は「何でも無いっす」と気丈に振舞うが、「その傷、絶対に大丈夫じゃないですよね」とあっさりと見破る。
「村雨が経営するバーで客引きに暴行を受けた。私がすぐに傷害の現行犯で逮捕したんだ」と澪。
「無茶するからですよ。でもこれで村雨の居場所は掴めましたから」と立浪も続ける。すると遅れて関口も中に入ってきた。
「あの客引きが自供した。村雨は明日、音楽イベントに参加するらしい。おい小僧、そのバーを特定できるか」
関口に促され、清張はパソコンを動かす手を早める。するとものの数分で特定して見せた。
「村雨が経営するバーは一つじゃないみたいだね」と言い、調べ上げた情報をモニターに公開する。
「奴はこのイベントに現れる予定だ。ここで逮捕しないと確実に逮捕することはできなくなる」
「俺にも行かせて下さい」と嘉元は志願するが、「無理よ。そんな体で」と澪が止める。
「倉木の言うとおりだ。お前は少し休んでいろ」と関口。
「じゃあ、私にそのバー行かせてもらえませんか」と翠。
「おい、何のつもりだ。お前みたいな小娘が行っていい場所じゃねぇんだぞ」と関口が諫めるが、「その小娘に負けたのは一体誰なんでしょうか」と翠も応戦する。
「女だからって甘く見てると、痛い目を見ますよ」と澪も翠の肩を持つ。
「お前まで…勝手にしろ。何かあっても自己責任だからな」
「言われるまでの事じゃありませんよ。私はこれでも幾多の修羅場をくぐり抜けて来たんで」
次の日、そのバーでは既にイベントは始まっていた。村雨は既に派手に騒いでいるようだ。すると突然照明が落とされた。その様子に皆が騒然する。
「何だ?おい、照明を点けろ!」
するとその瞬間、入り口にスポットライトが点灯し、一人の女性に目線が集中する。
「懐かしいわね。この雰囲気」
そう言って入ってきたのは翠だった。既に目線は村雨を向いている。
「何だお前。それよりも誰なんだ!」
「誰だなんてもう忘れちゃったのかしら。私としては貴方の顔を二度と見たく無かったんだけど」
「もう何でもいい!お前らこんな女やっちまえ!」
その合図を受け、村雨の部下達は一斉に襲い掛かってきた。だが、翠はあっという間に部下たちを格闘技で一掃した。その様子に会場が騒然となる。
「残るはアンタだけよ」
「殺してやる…お前を殺してやる!」
残された村雨はそう叫びながら金属バットを手に襲ってきた。しかし何者かが村雨のアキレス腱に打撃を与えた。その痛みに村雨は絶叫する。
「武器なんて使うなんてマナー違反じゃない?」
村雨の前に現れたのは角材を手に持った清張だった。
「テ、テメェ…どの口が言いやがる!」
「知らないなぁ。僕から言わせれば警察のお偉いさんと繋がっているのがよっぽど卑怯だと思うけどね」と言い、ポケットからUSBメモリを取り出した。
「何だと…?」
「僕たちは探偵さ。逃げられるなんて一ミリも思わない方が良いよ」
「私は忘れられるのが一番嫌いなの。今から私の事思い出させてあげるわ」
そう言いながら翠は村雨の股間を蹴り上げた。蹴られた村雨はその痛みに悶絶する。
「この蹴りは…まさか…」
「ようやく思い出した?私は『エメラルド』のリーダー、翠杏奈よ。この世から永遠に消えて頂戴」
翠は動かなくなった村雨に吐き捨てた。
「ていうか、元暴走族なのかよ」と清張は翠に目線を向ける。目線を向けられた翠は「うるさい」と言い、清張の腹に目掛け肘打ちをする。
「痛いよ」
「誰だって訳アリな過去は抱えているものなのよ」
「怖っ。本当に乱暴な女だなぁ」
数日後、取調室で関口は村雨と向き合っていた。村雨は不敵な笑みを浮かべ何も話そうとせず黙秘を続けている。
「一体何故、お前は西に加担したんだ」
「…」
「黙っていないで何とか言ったらどうだ。お前には口が付いてないのか?」
「俺があの坊ちゃんと一緒にいた証拠はない。証拠を見せろよ」と村雨は居直った。するとその時「証拠ならここにあるわよ」と澪が扉を開けて入ってきた。澪は村雨の顔面にその紙を突き付ける。
「バカな!?その映像は消されたはず…!?」
「一つデータが残っていれば復元できるのよ。私たちのしつこさを甘くみたわね」
「ぐっ…」
「目には目を、違法な手には違法な手よ」
取り乱した村雨を追い詰めるかのように関口はさらに問い詰めた。
「お前の後ろに誰がいる。答えろ!」
胸倉を掴まれた村雨は「…来栖芽亜里です」とか細い声で答えた。関口は思わず手を離す。
「何だと…?」
澪も思わず声に出した。
西はただ一人来栖のアジトに佇んでいた。そこにやって来たのは来栖である。
「あらら、失敗しちゃって」と揶揄うかのように来栖が西に寄って来る。
「まさか…」
「もう、やっちゃうしかないようね。あの魔女、放っておくとヤバい事になるかもね。アハハ!」
芽亜里は意地悪な笑みを浮かべていた。
事件の処理が終わった関口は翠と清張と共にエタンドルに来店していた。
関口はモンブランを口にしているが、何か心ここにあらずといった状態だ。
「どうしたんですか?そんなに険しい顔をして」
「村雨の取り調べでヤバイ人間が動いていた」
「どういう事ですか?そのヤバい人間って?」
「来栖芽亜里。奴は少年犯罪の中で最悪の事件を引き起こしたサイコパスだ。何故奴が…」
「一体どういう奴なんですか。その来栖という人物は」
「奴に関わらないほうが良い。言えるのはそれだけだ」
そう言った後、モンブランを食べ進める。その様子を深町は黙って見ていた。
翌日、江利賀はただ一人事務所の倉庫にいた。そこには汐谷琴音に関するデータが載っている。そこに現れたのは春影だ。
「何をしているんだ」
「汐谷琴音。東京高等検察庁検事長の織江九宏の秘書を務めていたらしいですね」
「なぜその事を…」
「俺は探偵なんで。気になることがあったら隅々まで調べないと気が済まない性分なんですよ」
すると事務所の扉が空いてやって来たのは汐谷だった。江利賀は一枚の書類を汐谷に突き付けた。
「それは…何故貴方が…」
「そろそろ教えて貰えませんか?貴方が何故この事務所に何をしに来たのか、そしてなんで織江九宏の秘書を務めていたのか」
汐谷は二の句が継げなかった。それを見て江利賀は追い込んだ。
「貴方には知られてはいけない過去があるんじゃないですか?」
来栖芽亜里が一人でドール人形を眺めていると突然ドアが開いた。
「調子はどうや。芽亜里」
「おじいちゃん…」
アジトにやって来たのは織江九宏だった。
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