CASE5

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CASE5

江利賀は一枚の紙を汐谷に突き付けていた。 「貴方が織江九宏の秘書として働いていた理由、それは来栖芽亜里が過去に犯した犯罪に関する証拠を集める為、そうでしょう?」 図星を突かれたか、汐谷は何も言い返せなかった。 「14年前の『慶明小学校小6同級生殺害事件』で来栖芽亜里が一人の同級生を刺した。その刺された生徒は汐谷有沙、貴方の妹だ」 「亜嵐君、もうこれ以上――」と春影が止めに入ろうとするが「春影さん、どうして黙っていたんですか。貴方もこの事件に関わっていたんですよね」と遮られる。 「くっ…」 「教えて貰えますか。14年前に何があったのか」 汐谷は江利賀から目線を逸らした。江利賀の目は怒りで満ちあふれている。それを見て観念したか、代わりに春影が口を開いた。 「私は当時、警視長としてこの事件に関わっていた。48年の警察官人生の中でも、あれは思い出しただけで吐き気がするヤマだった」と吐き捨てるかのように言う。 「来栖芽亜里。亜嵐君が言った通り、汐谷君の妹を殺害した。その後彼女は児童自立支援施設に送致されたとは聞いていたがその動向は探ることが出来なかった」 言葉の一つ一つに悔恨の念が滲む。しばらくして汐谷も口を挟む。 「来栖芽亜里はその後、最高裁判所長官を務めている織江九宏の元に引き取られました。そしてその事をとある人物から聞いて彼の秘書になる事を志願したのです」 「その人物とは一体誰なんですか」 「…」 「黙っていないで何か言ってください!」 江利賀に気圧されたか、汐谷は口を開いた。 「安錚愛理です」 その言葉に江利賀は声を失った。そして頭の中で疑念が渦巻いている。 ――一体、なぜ…? 東京刑務所から安錚愛理が出所してきた。その目の前に二人の男が立っている。小南と振戸だった。 「久々の娑婆の空気はどうだ」 「私をからかいに来たの?暇な人間ね」 そう言い放った安錚は小南に向かって回し蹴りを放つも、小南は腕で受け止めた。 「腕は衰えちゃいないな。流石俺のライバル」 「誰がライバルよ。それよりもやらなきゃいけない事があるわ。それと一つ忠告しておくわ」 その言葉に2人は怪訝な様子になる。振戸は「何なんだ」と急かした。 「汐谷琴音から目を離さないほうが良いわ」 「どういう事なんだ」 「彼女はどこか彷徨っているわ。ましてや出所が早まったのも倉木春影の力があったから」と飄々として言う。 「何で春影さんが…?」 「それはあの人に聞いたらいいわ。まぁ気を付けた方が身のためだけど」 「おい、どういう事だ!」 小南はそう叫ぶも既に安錚の背中は遠ざかっていた―― 翠と清張はエタンドルで関口と共にいた。 「関わらないほうが良いと言っただろう。何度言わせるんだ」 「そうやって過去から逃げているのは、貴方じゃないですか」 清張の言葉に関口は声が出ない。翠も「貴方が関わっていたんですよね。来栖芽亜里の事件に」と口を挟む。 「返り血を浴びてでも聞きたいか。命落としても責任は取らないからな」 関口はそう吐き捨て、大きな息を吐く。そして意を決したように語り始める。 「アイツが殺したのは汐谷琴音の妹だ」 「え…?」 「14年前の『慶明小学校小6同級生殺害事件』で取り調べを担当したのは確かに俺だ。だが奴は精神疾患とされこれ以上の追及は出来なかった」 「そんな…」 「奴はサイコパスだ。俺は当時警視長で捜査を担当していた春影さんにも取り調べを続けるように進言したが、全く取り合ってもらえなかった」 関口はそう言いながらモンブランを口にする。 「でも、サイコパス=悪人とは限らないんですよね」と翠。 「ああ、普通の人物として社会に紛れている」と関口。「問題なのは、反社会的かどうかでしょ」と清張も続ける。 「小僧の言うとおりだ。大部分は『身近に潜む異常人格者』だからな」 一般的にサイコパスというのは、一般人と比べて著しく偏った考え方や行動を取り、対人コミュニケーションに支障をきたすパーソナリティ障害の一種である。翠が言うように悪人とは限らない。 「奴の場合はどっちかというとサイコキラーだろうな」と言いモンブランを食べ終わった関口のスマホが鳴った。電話の主は嘉元からである。 「…どういう事だ!?分かった。すぐに向かう」 それだけ言って関口は電話を切った。それを見て翠は「どうしたんですか?」と関口の様子を伺う。 「村雨辰彦が何者かによって殺された。会計は俺が済ませておく」 その頃、来栖は織江九宏と会っていた。 「まさかこんな隠れ家を使っていたとはな」 「それよりも、平井太郎は問題なく殺しておいたから。まぁ警察では辿り着けないわ。なんたって毒物が含まれてるんだから証拠がない限りは捕まえられない」と不敵な笑みを浮かべて言う。 「ほほぅ。流石私の見込んだ娘。引き取っておいて正解だったわい」 織江は椅子に座りながら、来栖に語り掛けるように言う。 「ならば、この次は我々にとって不都合な真実を知る奴を消す」 「それは面白いわね。お爺ちゃんの計画に乗ってあげる」と言い来栖はドール人形を置いた。 一方、関口は合流した嘉元と共に村雨が殺害されたとされる現場に来ていた。 「ここで奴は殺されたか…」 「はい、間違いないっす。しかし物的証拠が何一つとしてありません」 そこに澪と立浪も捜査現場に入ってきた。「検死の結果は?」と関口が尋ねる。 「毒物が使われているのは間違いないけど、何の物質かは分からない」 「完全犯罪を目論んだんでしょうか」と立浪も同意する。 「それよりも嘉元、頼まれていた事はやって来たの?」と澪は嘉元に話を振る。 「はい。西さんが席を外した隙をついてやって来たっす。探偵の力も使いました」と言いUSBメモリを取り出した。 「よくやってきましたね」と立浪も嘉元を称賛する。 数日前―― 嘉元は小南に連れられ、西がいる部屋の前にいた。 「大丈夫なんですか…?こんな事して。バレたらとんでも無い事になるっすよ」 「俺たちは探偵なんで。敵の目を欺くのは簡単なんですよ」と言いあっさりとピッキングで鍵を開けて侵入した。 小南は西のパソコンの前に立ち、嘉元にUSBメモリを手渡す。 「おい、チビ。準備完了だ」 『こんな時にも子供扱いかよ。まぁいいさ。嘉元さんよろしくお願いします。まず、履歴を復元するにはUSBメモリをパソコンに挿してください』 その言葉を受け、嘉元はパソコンにUSBメモリを挿す。しばらくするとパソコンにある画面が映し出された。 「これは…?一体どういうことだ?」 小南は画面にある『MERRY』の文字が気になっているようだ。 「どうしたんすか?」 「この『MERRY』って文字は何を表しているのか…?とにかくこれを持ち帰りましょう」 「その後解析したところ西さんの後ろにいる人物がわかりました」 「誰なんだ」 「その人物は来栖芽亜里です」 その瞬間、4人の時間が止まったような感じがした。 「どういう事…!?」 「何で西さんがアイツと繋がっているんだ?」 「僕にもわかんないっす」 「西の野郎…ふざけやがって!」 翌日、事務所にはメンバー全員集まっていたが、重苦しい雰囲気が漂っている。暫くして口火を切ったのは翠だった。 「ねぇ、汐谷さんが一線踏み越える事があると思う?」 「さあな。でもあの人の闇の深さは相当なものだった」と振戸。 その時、江利賀はポケットから拳銃を取り出した。 「何でそれを持ってんだ。まさかお前、汐谷さんに向かって撃つわけじゃねぇよな」と小南。 「あの人が何を考えているかわからない。だが、法に触れるような事をすれば容赦はしない」 「バカなの?」と清張が諫めるように言うが、「所長のお墨付きだ」と江利賀は遮る。その時扉が開いて春影がやって来た。 「お前達…」 「聞きましたよ。安錚愛理の出所を早めたそうですね」と振戸が冷静な口調で尋ねる。 「…」 春影は答えたくないのか無言だ。それを見て小南が机を叩いた。 「…何であんな奴に手を貸したんですか。見損ないましたよ。黙ってないで答えてください!」と春影に詰め寄るが、「よせ」と江利賀に止められる。 「問い詰めたところで結果は同じだ。春影さんも何か目的があるんだろう」と江利賀は擁護するかのように言うが、「だからと言って、安錚は春影さんと澪さんを何年も苦しめた悪党だぞ!」と小南も胸倉を掴みながら言い返す。それを見て「やめなさいよ!」と翠が二人を引き離す。 「アンタ達が仲間割れしてどうすんのよ!」 「翠ちゃんの言う通りだよ。僕たちが仲間割れしてもどうにもならないさ」と清張も翠に同意するかのように言う。 「汐谷さんが何考えているかなんて俺たちにはわからない。でもあの人も大事な所員だ」と振戸。 各々が感情をぶつけ合う中、春影は沈黙を続けている。すると突然、Eネットワークのアラームが鳴った。 モニターに映し出されたその人物は汐谷琴音だった…! 汐谷はエタンドルにて座っていた。向かいのテーブルにて人を待っているようだ。しばらくするとその人物はやって来た。 「久しぶりね。琴音」 現れたのは安錚愛理だった。安錚は汐谷の向かいの席に座りケーキを注文する。 「ごめん。私のせいで」 「何も貴方が謝ることじゃないわ。私も友人の頼みなら放っておけないから」 二人は暫しの間沈黙している。しばらくして口を開いたのは汐谷だった。 「愛理。もうこれ以上罪を重ねないで」 「私はもう産まれてしまった事が罪なのよ。地獄だった。あんな父の娘として産まれたのは…」 「でも…」 「父と決別したい、その為に一線を越えてしまった…」 安錚は自らの行いを悔いるように言う。 「14年前のあの事件の後、私は事件が元で誰とも口を聞いてくれなかった。それでも愛理だけは普通に友人と共に接してくれたの凄く嬉しかった」 「買い被りすぎよ」 「愛理の事、私は信じてるから」 2人はその後適当に世間話をし、食事をした。そこには苦難があった者同士でしか分かり得ない何かがあった。 西は来栖と共にアジトにいた。 「織江さんがここにやって来ていたのか…?」 「そう。あのお爺ちゃん、ここを訪ねて来てたわ」と言い、シュークリームを頬張る。そして西に近づき「それよりもどうするの。もう後が無いわよ…」と耳元で囁く。 「ぐっ…」 「面白い話をしてあげる。私が初めて殺した汐谷有紗の姉、汐谷琴音は織江九宏の秘書を務めていたの。私に近づくためにね」 「何が言いたい…」 「あの女を利用するの、面白い事になりそう。使わない手は無いわよね?」と来栖は唆すように言う。 その言葉に西は不敵な笑みを浮かべる。 汐谷は慶明小学校の目の前をしばらく歩いていた。するとそこに江利賀が目の前に立つ。 「何なんですか…?私に用はないでしょう」 「いいえ。大ありなんですよね。それが」 江利賀は一呼吸おいて、さらに続けた。 「今回Eネットワークに探知されたのは、汐谷琴音。アンタだ」 「…」 「不可解な事が有るんですよ。俺たちが関わった人間が全て失踪してる」 言いながら江利賀は3枚の顔写真を汐谷に見せる。その3人は笠元明、福山隆道、城之内透也とそれぞれイレイザーが関わり、最後には警察によって逮捕された人物である。 「平井太郎も何者かによって殺された。そして貴方が何故、春影さんの秘書に就いたのか…」 「春影さんが誘ってくれた。それだけの事です」と汐谷は感情の無いロボットのように言うが、「嘘ですね」と素早く遮った。 その言葉に反応し、汐谷はいきなりパンチを繰り出してきた。江利賀は素早く反応し、間一髪で避けた。 「いきなり、何なんですか」 「貴方の代わりに私が調査に赴いても良いぐらいですが」 「そんな事言ったって、貴方はどこにでもいる秘書ですよね」 汐谷はさらに間合いを詰めパンチを繰り出した。江利賀も応戦しパンチを繰り出す。しばらくした後、汐谷は拳銃を取り出した。江利賀も拳銃を取り出して構える。 「貴方はやはり只者じゃなかったみたいですね。何が目的なんですか?」 「…名探偵の貴方なら、そのくらいわかるでしょう」 「貴方が何考えているかはわからない。でも大事な所員である事に変わりはない。だが、もし万一法に触れるような事をすれば俺の信念に反してでも撃つ」 「貴方がそう思うならそうすれば良いわ…」 その時、江利賀のスマホが鳴った。電話の相手は深町からである。 「はい。え…!?」 江利賀はそのまま立ち尽くした。 一方、部屋に残っていた4人は汐谷琴音に関するデータを収集していた。清張はとある情報を手に入れ「ビンゴ」と大きな声をあげた。 「興味深い情報だ。この事件に関わっていたからこそ、所長も関口さんもこの事件に触れたくなかったんだろう」 「どういう事…?捜査指揮を担当していたのは当時警視長だった春影所長?」 「つまり、二人とも接点があったという事か」 「だとすれば所長の様子がよそよそしかったのも…?」 4人はそれぞれ思案している。清張はさらに解析を続けるが、その様子は何か怪訝な表情をしている。 「どうした?」と小南。 「防犯カメラの映像を解析してみた。そこには偽造されたナンバープレートが映っていた」 「偽造されたナンバープレート…?」と小南が疑問を呈する。 「それだけじゃない。3人にはコリアミルチンが使われていた」 「コリアミルチン…?」 「日本三大有毒植物とされるドクウツギに使われる物質だ。自然死に見せかける為に何者かが闇サイトを使って購入したんだろう」 「植物が関わっている…?」と翠。 「そしてもう一つの画像には違和感があるんだよ」と言い、一つの画像を表示させる。モニターには防犯カメラを解析した画像が表示されている。 「何かがおかしい…?」と振戸の様子が変わる。 「ああ、この防犯カメラは編集によって偽造されたものだ。その証拠にこのカメラに映っている人の影が無いんだよ」 「偽造された映像?まさか…」と振戸の表情が変わり、4人が4人とも何か示し合わせた表情をする。 「偽造されたナンバープレート、植物を使った犯罪、成りすまし画像と何か妙な違和感があると思わない?」 「確かに、笠元も福山も城之内も私達が関わってきた犯罪者」と翠が言えば、「犯行の方法もそっくりだな」と小南も相槌を打つ。振戸も「俺たちの周りに模倣犯がいる…」と何か納得したかのように言う。 「汐谷さんが一線を越えるとは僕には思えない。だが今回Eネットワークに検知されたのはあの人だ。何か裏があるかもしれない」と清張は言う。 そして「でも、ホントに証拠を隠滅するんだったらさ、本来はまず自分のデータを消さない?」と清張は姿勢を直しながら続ける。 「確かに。予防線を張らなかったのは不可解よね」と翠も同意する。 小南と振戸も口には出さなかったが、納得したかのような顔をした。 深町から呼び出された江利賀は一つの画像を見せられた。 「何で汐谷さんが安錚と共にいるんだ…?」 「二人の接点を調べてみたわ。そうしたら…」 言いながら深町は2枚の紙を見せた。その瞬間、江利賀の目つきが変わった。 「だからか…二人は高校の時のクラスメイトだったのか…」 「どうしたの?」 「どっからどう見ても接点は無さそうな感じだった。何より安錚は最悪の凶悪犯罪を引き起こした人物。片や汐谷さんはどこにでもいる普通の人間だ。人は見た目で判断できない物だな」と言い、2枚の紙を放り投げた。 「汐谷さんがジョーカー的な役割を担っている。今回Eシステムに検知されたのはあの人だ。Eネットワークシステムで探知された人間が失踪する不可解なことが起きている」 「情報があの人を介して抜き取られたって事?」 「可能性としてはゼロとは言い切れない。だがおかしな点はもう一点ある」 「え?」 「汐谷さんが自らのデータを消さなかったことだ。本当に姿を消すのであれば最初は自分のデータを消すはずだ。だがあの人はそうしなかった」 「それって…?」 「どこかでまだ心の中に迷っているかもしれない…」 江利賀はそう言いながらプリンを食べ進めた。深町はそんな江利賀の様子が気がかりであった。 その頃、春影は墓の前に立っていた。そこに汐谷が現れる。 「すみません。色々と巻き込んでしまいまして…」 「いや、もう致し方の無い事だ。今更あれもこれも言っても仕方ない」 春影は大きな溜息をつき、立ち上がった。 「確かに安錚がやったことは決して許されるものではない。そんな奴に手を貸した私も同罪。私は所長失格だ。小南君が怒るのも無理はない」 「そんなことが…?」 「彼らが各々感情をぶつけ合うのは初めて見た。それほどにこの仕事にかける思いが強いのだろう」 「彼らが道を踏み外すような事があれば…」 「いや、それは無いはずだ…亜嵐君以外は」 春影は何か江利賀の目が気になっていたようである。 事務所では清張が防犯カメラの映像から映っていた人物を特定した。 「やはりな…」と清張が呟く。 モニターに映し出されたその人物は『西誠』であった…! 深町は江利賀が退店した後パソコンに座り、西の所在を調べていた。 すると何かに気づいたのか、目つきが変わった。 「どういうことなの…?」 深町はすぐにスマホを取り出し、電話をかけた。 一方、警視庁に戻ってきた関口は澪と共に西の元を訪ねるが、そこは既にもぬけの殻であった。 「チッ…どこ行きやがった…!?」 「やはりここにはいないわ。立浪、そっちは?」 立浪も嘉元もそれぞれ捜索しているが、見当たらないようだ。 「西の野郎…!どこまで俺たちを嘲笑うつもりだ…!」 関口は拳を握りしめ、怒りに震えている。 すると、関口のスマホが鳴り響いた。電話の主は深町からである。 「勤務時間中に電話かけるって一体どういう神経してんだ」 『そんな事はどうだって良いでしょう。そんな事より亜嵐君が頼んでいた事が終わったんで』 「何で俺に電話をかけてくるんだ。アイツの頼みなんて聞くのは――」 『西っていう男の事ですよ。彼の居場所が分かったんです』 「何だと…?」 翌日、事務所には汐谷と春影がやって来ていた。既に来ている4人の目線が汐谷と春影に集中する。 「皆様、大変ご迷惑をお掛けしました」と言い、頭を下げ謝罪した。春影も「私も済まなかった」と言い、頭を下げた。 その姿を見て4人は思う事があったが、黙ってみていた。暫くして振戸は「許すことにします」と言った。 「え…?」 「貴方の闇の深さなんて、俺達にはわからない。でも俺達は貴方を信じる。秘書だろうが何だろうが大事な一人の所員です」と小南。 その言葉を聞いた汐谷は口を噤む。すると江利賀がいない事に気づき「亜嵐くんはどうしたんですか?」と尋ねる。 「それが連絡がつかないんですよ。電話にも出ない」と振戸。「アイツどこで道草食ってんのよ」と翠もお冠だ。 「それよりも汐谷さんはシロだ。この犯行には無関係だった」と清張が話題を変える。その言葉に事務所が騒然となる。 「なんでわかったんだ」と小南。 「今回の情報漏洩はかなり高度な技術である迷彩型ゼウスと呼ばれるウイルスを使ってこのシステムに忍び込んだんだ。この写真がウイルスの媒体」と言い、一つの画像を表示させた。 「村雨の画像…?一体これのどこが?」と振戸が尋ねる。 「また難しい単語使って。そのウイルスの性能は何なのよ」と翠が呆れたように尋ねる。 「トロイの木馬の亜種だ。JPEG形式の画像ファイルを装って侵入してくる」 トロイの木馬と呼ばれるマルウェアは悪質なプログラムでありながら、正規のプログラムを装って不正な形でPCに侵入してくるというのが最大の特徴である。 「大変だったよ。このプログラムを再構築するのは」と清張は大きな溜息をついた。 「知らない間に情報が抜かれていたって事か…」と春影が頭を抱えて言う。何より自分が考案し構築したシステムが悪用された事に肝を冷やした。 「特定したんだよ。クラッカーは西っていう男だ」と清張はさらに読み上げる。 「しかし何か変だな。西は何故汐谷さんのデータを消さなかったのか」 皆が皆、考えている。すると春影の電話が鳴った。澪からである。 「何…!?」 電話はそこで切れた。春影は険しい表情を浮かべている。その様子を見た汐谷は「…どうされました?」とおずおずと尋ねる。 「村雨殺しの重要参考人として、亜嵐君が引っ張られることになった」 「どういう事ですか…!何で亜嵐が!?」 4人が呆気に取られている中、春影だけは遠い目をしていた。それを汐谷は心配そうな目をして見ている。 取調室ではすでに取り調べが始まっていた。澪と立浪と嘉元は窓越しに見ている。 「お前がここまで馬鹿だとは思っていなかったぞ、探偵風情が」と関口は厳しく追及するが、江利賀はどこか上の空で聞いている。 「…」 「話聞いてんのか!」と関口は机を叩いて怒鳴るが、江利賀はそんな関口を冷めた目で見ていた。 「あーあ、退屈だなぁ」と江利賀は大きな欠伸をしている。それを見た関口は「なめてんのか!」と胸倉を掴むが、江利賀はその腕を力任せに引きはがした。そして別室にいる嘉元に目を向ける。 「嘉元さん。ちょっと交代してもらえませんか」と言い、取調室の窓を叩く。 関口は舌打ちし、嘉元と入れ替わる。 江利賀は自分で指名したが、何故か黙りこくっている。 「この事件の犯人は君なんですか…?」 「いきなりですか…もうちょっとオブラートにお願いしますよ」 江利賀は思わず笑っている。それを見た嘉元は思わず怪訝な表情を浮かべる。 「この取り調べは皆が聞いてるんですよ。ビックリしました?」と言いスマホを取り出した。 「そんな事をして、一体何がしたいんですか?」 「一応、俺は探偵なんですけどねぇ」 「ふざけないでほしいっすよ」 嘉元の表情が真顔になるにつれ、江利賀はようやく真剣な表情になる。 「嘉元さん。アンタは気づいているんでしょ。西が何かやろうとしてるのを」 「そんな事は…」 「Eネットワーク。あれは春影所長が独自に作り上げたシステムだ。セキュリティは万全でマルウェアが侵入する事はほぼ無い」 「それがどうかしたんすか?」 「そのシステムに何者かが侵入した。クラッカーである西は何か企んでいるのは間違いない。そこに来栖芽亜里は関わっている」 二人は暫し見つめあっている。するとその時、通信機のバイブが鳴った。 「…ビンゴか」 そう言いながら江利賀は勢いよく取調室を飛び出していった。それを見て他の3人は江利賀を追いかけて行く。 「ビンゴってどういう事!?」と澪は走りながら江利賀に尋ねる。 「俺たちは西にハメられたんだ。この取り調べも西が仕向けた。犯行を実行する為の時間稼ぎに使われたんだ」 「じゃあ、それって…」 「テロを起こすつもりだ。奴にとってみれば、殺す相手なんて誰でも良い」 「おい、西の居場所は分かってんのかよ」 「靖国通り。8年前の事件、それをもう一度再現するために俺たちを消すつもりだ。レイちゃん。西の居場所は?」 『亜嵐の通りだ。西は今、靖国通りに向かって進んでいる』 その言葉に江利賀は立ち止まる。そして関口に向かって「靖国通りに向かって車を出してもらえますか」と告げる。 「分かった」 靖国通りには大勢の人が通っている。その中に紛れているのはフードを目深に被った西だ。西は手にしていた銃に実弾を装填し狙いを定める。 「え…?」 西は通りがかった通行人に目掛けて発砲した。その音に通りがかった人たちはパニックになって逃げだした。西は更に無差別に銃を乱射していく。悲鳴があちらこちらで聞こえ人々は逃げ惑っていた。 そこに江利賀、関口、澪、立浪がやって来た。嘉元も遅れて駆け付ける。現場は既に逃げる人々で溢れ返っている。 「どうなってんだよ、これ…」と江利賀が呟く。 「とにかく奴を追うしかねぇ。倉木、行くぞ」と関口が声をかけるが、澪は体の震えが止まらず様子が変である。 「おい、倉木、聞いてんのか!」と関口が呼びかけるも、澪の顔色は真っ青で問いかけに返事がない。すると次の瞬間、膝から崩れ落ち目の前が真っ暗になった。 「倉木、おい、倉木!」と関口が必死に呼びかけるも澪は既に意識を失っていた。 「倉木さん!」と江利賀は呼びかけた後、「まさか…」と思いつめた表情を見せる。 「亜嵐君、どうしたの?」と立浪が尋ねる。 「最初からこれが狙いだったんでしょう。西が嘉元さんを使って監視させたのも、俺と澪さんの繋がりを調べる為だ」 「とにかく、立浪は倉木の事を頼む。嘉元は通行人を避難させろ」 「はい」 「わかりました」 立浪と嘉元はそれぞれ動き出し、関口は「おい探偵、西を制圧しに行くぞ」と江利賀に声をかける。 「…わかりました」 そう言った江利賀の目は怒りで滲んでいた。 西はまだ銃を乱射している。その目は狂気が宿っている。江利賀と関口の姿を見てピタリと足を止めた。 「どこまでも見下げた野郎だ…」 「俺からしてみれば、一番思い出したくない過去だ。この場所で俺の友人は殺されたんだからな」 江利賀は拳を握りしめ、怒りに震えている。 「村雨をEネットワークに仕込んだのも、全てこの為か」  「お見事だよ。名探偵君」と西は揶揄うように答えた。 「最初から倉木を追い落とすつもりだったんだな。テメェのような奴こそ警察組織にとっての癌だ!」と関口は吠える。 「おやおや、嘉元君は期待外れでしたねぇ。まぁ最初から期待していませんでしたが」と言い銃口を二人に向け発砲した。2人は間一髪でかわす。 「お前という奴は…!」と関口は怒りを露わにする。そして自らの頭に拳銃を突き付けた。その顔は笑っている。 「何が可笑しい…?」 「目的は達成された。私がここにいる意味は無い」と目を輝かせながら西は言う。 「正気か…?」 「最後に一つ。来栖芽亜里はお前らでは捕まえられない。警察の負けだ。グッバーイ!」 「やめろ!」 江利賀は叫びながら西に駆け寄るも、西は既に引き金を弾いて自らの頭に発砲した。そしてそのまま動かなくなった。突然の事に2人は立ち尽くす。 『おい、亜嵐。何の音だ。答えろ!』と小南が通信機越しに声を張り上げるも江利賀にはその声が届いていないようだ。 『亜嵐、聞いてる!?』と翠の声でようやく我に返った江利賀はか細い声で「…西が拳銃で自分の頭を撃った」とだけ伝え、通信機のスイッチを切った。 江利賀は何か意を決したように背中を向けて、一人歩き出した。関口はそんな江利賀の後ろ姿を見つめる事しか出来なかった。 その後、西は搬送先の病院で死亡が確認された。西は余罪が多く追及されているが、被疑者死亡のまま書類送検が決まっている。 澪は命に関しては別条はないが意識不明のまま目を覚ます気配はない。意識を取り戻すかは神のぞ知るのみだ。 江利賀はこの事件の後、姿を消し何処かへ消えてしまった。その行方は誰にもわからない。 翌日、エタンドルには関口が来店していたが、モンブランに手が付かずただ見つめていた。それを見て深町が声をかける。 「手が止まっていますよ」 「…」 聞こえていないのだろうか、関口は何処かボーっとしている。 「私でよければ相談に乗りますよ」 「…放っておいてくれ」 その言葉に深町は席を外した。深町は関口を憐れむような目で見つめていた。 来栖はアジトの廊下を靴音を響かせて歩いていた。 「あーあ、あの男。役立たず」 そう言いながら来栖はシュークリームを口にする。 「でも、これで良かったわ。あんな奴いてもいなくても同じこと」と言い、銃を取り出してドール人形に向かって発砲した。その反動でドール人形は無残にも粉々になった。 一方、澪が眠っている部屋には春影が訪れていた。 「…」 外は雨が降っている。春影は雨が降っている空をずっと眺めていた。
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