CASE7

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CASE7

退職届を手に持って歩いている澪の腕を立浪はひねり上げた。 「何のつもりだ…!?」 反射的に澪は立浪の胸倉を掴む。しかし負けじと怯むことなく立浪は力ずくでその腕を引きはがした。 「貴方が警察を辞める事なんてこの僕が絶対に許さない…!」 「お前に私の何がわかる…!」 2人は暫しの間、睨みあっている。澪はそんな立浪を尻目に去ろうとする。すると今度は嘉元が道を塞ぐ様に立つ。 「いつもの威勢の良い倉木さんは一体どこへ行ったんですか」 澪は無視して再び歩き出す。尚も嘉元は続けた。 「どうして黙っているんですか!そんな姿、倉木さんらしく無いっすよ!」 「邪魔だ…!」 澪は嘉元を突き飛ばして歩き出す。すると後ろから関口の声がした。 「倉木」 声をかけられ、澪は足を止めた。 「何を苛立ってんだ。バカか、お前は。どう見ても立浪と嘉元の方が正しいに決まってんだろうが」 「私はもう警察官失格です」 「くだらねぇなぁ。本当にそう思ってんのか。お前を救うつもりは毛頭ない。だが、すんでの所で閑職行きになるのを免れたのは、お前の力を必要としたからだからな」 「…」 澪は俯き、背を丸める。 「退職届を出すのは来栖芽亜里を逮捕してからにしろ」 澪は頭を下げ、その場を去って行く。 「立浪。今のお前にアイツはどう映る」 「あんなはずじゃない…!それでも、戻って来てくれると信じてます」 立浪は長く相棒として共に働いていた澪のみすぼらしい姿を見ていられなかったようだ。 「お前が倉木を救え。一番の相棒としてな」 その頃、江利賀は安錚に呼び出されてとある場所にいた。 「随分と早いのね」 「人を待たせるのは大嫌いなんでね。それよりも頼んだ事はやってきたのか」 「フン。そんな事なんかとっとと済ませてきたわ」と言い、封筒を渡すふりをしてサッと引っ込めた。江利賀は怪訝な様子を浮かべる。 「何のつもりだ。さっさと渡せよ」 「渡す前に一つだけ確認したい事が有るわ。ここからは私からの有難いお言葉を頂戴してあげる」 「手短に頼むけどな。俺はそんなに時間がない」 安錚は一つ息を吐き、喋り始めた。 「来栖芽亜里に関わるのは今すぐにでも止めた方が良いわ。彼女は本当にヤバい奴よ」 「今更何を言ってんだ。彼女がヤバい奴なのは皆が知っている」 「この封筒には『警察庁広域重要指定125号』に関する資料が載っているわ。この事件は公訴時効は成立していない。それでもこの事件は打ち切りになっている」 「…どういう事だ」 「彼女を養子として引き取った織江九宏は最高裁判所長官。彼が圧力をかけてこの事件を幕引きを図ったのよ」 2人は暫し見つめあっている。その沈黙を安錚は破るかのように続ける。 「本当かどうかは知らない。ただ、警察の手に負えないって事はかなり危険な事件ってこと。真実に近づき過ぎない方が良いわよ。来栖芽亜里に消されるかもね」 「そこまで知り過ぎているお前は大丈夫なのかよ」 「ご心配無く。私はそう簡単にはやられないわよ。じゃ、グッドラック」と言い封筒を江利賀に手渡す。 安錚は振り向き、江利賀に背を向けてその場を去って行った。 来栖はただ一人廃病院で完成したドール人形を眺めていた。 「フフフ。もうこれでこの私を止める人間はいない。そろそろ本番よ」 銃を取り出して、天井に構える。廃病院に乾いた銃声だけが鳴り響いた。 事務所には汐谷と春影を含めて全員揃っていた。汐谷がモニターに人物を表示させる。 「今回の調査対象者となるのはこの人物です」 モニターに表示されているのは「金田未菜」だった。汐谷は「彼女は株式会社『オッカム』で勤務されています」と続けた。 「何処にでもいそうな普通の女性って感じね」と翠が第一印象を述べる。 「それでこのEネットワークシステムは何故彼女を検出したのか。そこが問題ですよね」と小南が話を振る。 「ええ。彼女はタリウムを購入しております」と淡々と話を進める。そこに春影が補足説明をする。 「タリウムはかなり危険性の高い物質だ。主に殺鼠剤、ネズミを駆除するのによく用いられる。彼女は何らかのルートを使って購入した」 「これだけでは動機が不明。さらに深く突っ込んでみる必要がありますね」と清張。 「彼女は過去、性犯罪の被害を受けています」と汐谷が説明する。 「誰かに復讐しようとしている…?」と江利賀は呟いた。 警視庁術科センターでは澪がただ一人で拳銃を構え、拳銃を撃っている。 しかし、拳銃を構える手が震えている。澪は大きく息を吐き、拳銃を置いた。暫くして立浪が扉を開けてやって来た。  「私をからかいに来たの…!?」 澪の目は憤怒の表情で溢れている。しかし立浪は「貴方は一体何をやっているんですか…!?」と言い返した。 「貴方が僕を見込んで相棒にしたんですよね…?何で貴方が辞めようとしてるんですか…!」 次の瞬間、澪の平手打ちが立浪に炸裂した。立浪は思わぬ事に面食らっている。 「半人前のお前如きが調子に乗るな!私の方が階級が上だということを忘れたのか!」 「階級が上だとか下だとか、そんなちっぽけなプライドはどうだっていいでしょう!」 思わぬ反撃に澪は思わず怯んだ。立浪はさらに続ける。 「今の貴方を亜嵐君たちが見たら、一体どう思うでしょうか。そればかりじゃない。春影さんが悲しみますよ」 「無暗に私の父の名前を出すな!」 澪にいつもの威勢が戻ってきた。それを見て立浪はフッと笑みを浮かべる。 「何を笑ってんだ…?」 「いつもの澪さんに戻りましたね。それでいいんですよ。戻りましょう。本来いるべき場所へ」 立浪はその場を去って行く。澪は怪訝な様子を浮かべていた。 江利賀は彼女の勤務する会社に潜入する事になった。江利賀は金田の姿をマークしている。江利賀は金田の前に立つ。 「貴方は…」 「今日からこの会社で働く、山崎と申します」 「そうですか。期待しております。では私はこれで失礼します」 金田はそれだけ言い残し、その場を去って行った。金田が去った後、江利賀は状況を報告する。 「接してみた感じ、特に変な様子は見当たらない」 『なるほどねえ。ま、深く突っ込んでみる必要があるな』と小南は言いながら金田の自宅の鍵をピッキングツールを使って開けた。『ここからは私達の出番ね』と翠も答える。 小南と翠は金田の自宅に侵入した。しかしあまり物が置かれておらず、女性が住んでいるとは思えないくらいである。2人は手あたり次第捜索していくが中々手掛かりになるようなものは見当たらないようだ。 「ねぇ、ホントにこの人がEネットワークシステムで弾き出されたの?まさかハズレくじって事は無いよね?」と翠は不満たらたらの様子だが、小南は「つべこべ言ってないでとっとと探せ」と咎める。 暫くして翠は机の引き出しを開けた。そこには白い粉が入っている瓶があった。小南はそれを見て「だから言っただろうが」と呆れたように呟く。 「ねぇ、これって…?」 「まさかな…おいレイちゃん。ネットの購入履歴は?」と清張に指示を出す。 『僕が男だって事、忘れてないよね』と言いパソコンを動かす。そして『やっぱりこの手の薬品はネットの購入履歴には無い』と答える。そして同じく事務所に残っている振戸は『証明証書みたいなのは無いのか』と2人に尋ねる。 「それがどこにも無いんだよ」 「片っ端から探してるけど何処にも」 小南と翠がそれぞれ答える。すると『それが発見されたんだよね』と江利賀の声が聞こえた。 「何処で見つかったの?」と清張。 『金田未菜の職場の引き出しから見つかった。ただ、金田が書いた筆跡ではない』 「どういう事だ?」と振戸。 『金田の書いた書類を端から端まで見た。明らかに他人が書いたような書類が一枚だけあった。それがその毒物購入の証明書だ』 一方その頃、関口は嘉元と共に一人の男の取り調べを行っていた。 その男は稲見健司と言い、世間では知っている人が多いとされている「稲見コーポレーション」の会長の息子である。 「またしてもお前の姿を見るとはな。この世で最も見たくない顔だ」と関口は呆れ口調で言う。嘉元は「またしてもって…?」と関口に尋ねる。 「これで5回目の逮捕だ。いずれもわいせつ関連でな」 「へー。僕の事を覚えてくれていたんだ」と稲見は笑顔を見せる。 「殺すぞ、お前」 「刑事さんがそんなこと言ったらマズいんじゃなーい?」と稲見はさらに挑発するが、関口は「知るか」と聞き流した。 「貴方は罪の意識がないんですか」と嘉元が呆れ口調で割って入る。しかし「そんなこと知らないもんねー。だいたい、証拠なんてどこにもないし」とあっかんべーをする仕草を見せた。その様子に関口はかなり苛立っている。 事務所には全員が集まっていた。 「これが証明証書だ」と言い、江利賀は2枚の紙を見せた。 「明らかに筆圧と言い、書き方が違いすぎるな」と小南も相槌を打つ。 「でも、誰が書いたのか分からないわよ」と翠。 「ならば、筆跡鑑定ソフトを使えばいい」と後ろから春影が割って入ってきた。 「できるんですか?」と清張。「結構な時間がかかりますよ」と振戸。 「それがEネットワークシステムでは簡単にできるのです。このシステムには最新型の筆跡鑑定ソフトが導入されています」と言いながら、汐谷はモニターを操作し、「共通文字が多ければ多いほど、鑑定の精度が上がります。鑑定結果を出す正確に出すためには比較できる資料と共通の文字が入っていることが基本です」と続ける。 「今回合っているのは名前だけか」と小南。 「でも、このぐらいの文字数でも成立するんですよね」と翠も汐谷に尋ねる。 「ええ、同じ名前の書かれた契約書などを用意することができれば、鑑定結果を正しく出すことが可能です」 皆が皆、モニターに目線が集中している。 関口は稲見健司の取り調べを終えた所だった。近くの食堂で昼食を取っている。 「あのクソ野郎、相当調子乗ってやがる」と関口はカレーを食べながら呆れたように呟く。 「今回も不起訴処分ですか」と嘉元は聞く。それに対し、「ああ、またしても大金を積むだろうな」と呆れたように答える。 「示談ですか」と立浪も関口の隣に座る。「そうだ。よく知ってんじゃねぇか」と立浪に視線を向けた。 「金の力で全て解決したんです。本当に嫌な奴ですよ」 「とにかく、稲見のバカ息子を留置所にぶち込むぞ」と関口はスプーンを進める。しかし立浪は「違うかもしれません」ときっぱりと言い放った。 「どういう事っすか。何が違うんすか」 「息子の方を逮捕し続けても、恐らくいたちごっこの繰り返しでしょう。示談に持ち込ませない為には会長を逮捕するしかないです」 「ハッ。お前はどこまで倉木に似たんだか」と関口は苦笑いを浮かべる。 「全くですね」と嘉元も同調する。 その頃、事務所では鑑定作業が終わった頃であった。モニターに映し出された人物は老婆だった。その名前は「金田未菜」である。 「金田未菜がもう一人いる…?」 「どういう事…?」 翠と清張がそれぞれ声をあげる。 「名前を変えたって事か。ネームロンダリングという手法を用いて別人になったんだ」と振戸。「じゃあ、今映っている金田は偽物か?」と小南が尋ねる。 「そういう事になるだろうな。おそらく金田は別の名前を使用しているといううことだ」と江利賀。 ネームロンダリングとは養子縁組などを繰り返すことで戸籍上の名前を次々と変え、別人になりすます行為である。多くの場合、面識のない他人との間で養子縁組を偽装して改姓することが多い。 「養子縁組制度は本来であれば、家を相続するために行われる為に用いられる。だが近年はそれを悪用する人間が増えてきている」と春影。 「春影さんが今仰ったように、近年では養子縁組ブローカーとなるものが流行しています。最近ではSNSで募集している事もあります」と汐谷も付け加える。 「見破る方法はあるんですか?」と振戸が尋ねる。 「住民基本台帳法や戸籍法によって簡単には出来ない。正当な理由がある場合にのみ限られるからな」 すると、その時扉が開いてやってきたのは関口だった。何やら肩で大きく息をしている。 「どうしたんですか?」と江利賀が尋ねるが、「どうもこうもねぇ」と突慳貪な口調で答え、清張の前に立つ。 「一体何なんですか」と怪訝な表情を浮かべるが、関口は構わず「この男に関して調べろ」と一枚の写真を見せる。 「誰なんですか?」と翠が聞く。 「稲見健司。稲見コーポレーションの会長の息子だ。準強制性交容疑で逮捕されたが不起訴処分だ」それを聞いた翠は「サイテー」と吐き捨てる。 「で、なんでこの男を?」と清張が関口に目線を向けるが「いいからやれ。今度おいしいスイーツ奢ってやるからよ」と遮るかのように言う。「仕方ありませんね」と溜息をつきながら、清張はパソコンを動かした。そして、たった数分で稲見の詳細をモニターに表示させた。 「相変わらず早いな」と関口が呆然しながら言うが、「この天才ハッカーにかかれば個人情報はダダ洩れって事なんで」とドヤ顔で返す。映し出されたモニターには稲見の逮捕歴が事細かに表示されている。 「誰に被害を与えたか、詳しい詳細が載っているな」と小南が感嘆の声をあげる。すると「ねぇ、待って」と翠が声をあげた。 「どうした?」 「3枚目の画像って、金田未菜じゃない?」 「稲見の3回目の逮捕の時に被害者となったのは、金田だった…」 「金田が狙うターゲットは稲見健司だ。とにかく両方をマークするしかない」 皆々が口を開く中、江利賀は「標的は別かもしれないね」と椅子に座りながら言う。それを聞いて膨れっ面をしながら「どういう事よ」と翠が尋ねる。 「金田が狙うターゲットは恐らく、実行犯ではなくお金で握りつぶす方だろう。だとすると…」 「標的は会長か」と振戸。 「もしかしたら会長の方があくどい事やってるかもね」とパソコンを操作しながら清張が言う。 「は…?」 「会長である稲見晃はもう一つ会社を経営している。ただこの会社に関しては実体がない」と言い、その会社をモニターに表示させる。 「これは恐らくですが、ペーパーカンパニーかもしれませんね」と汐谷が声をあげる。 「それって紙で作られた会社ですか?」と翠が聞くが、「そんなわけないだろ」と小南が素早くツッコミを入れる。 「商業法人登記はされているが、事業実態の無い企業の事を指す会社の事を言う。よく資金洗浄とかに用いられる」と春影が答える。 2006年、新会社法の施行により、1円でも法人の設立が可能となった。それが最近では不正が起こりやすい温床ともなっている。 「じゃあ、この探偵事務所も1円で設立したって事ですか?」と清張。 「そんなに安くはない。まぁ理論上はそういう事だ」と春影は返す。 「とにかく、3人をマークする。そして3人の犯行を止める」と江利賀は力強く言い放った。 澪はエタンドルにて一人カウンター席で座っていた。何やら考え事をしているようだが、何も手についていないようだ。その時、関口が入って来た。澪の隣に座りコーヒーを注文する。 「…」 「お前の親父さん、元気そうだったぞ」 「冷やかしに来たんですか…?」 「今のお前を親父さんが見たらどう思うだろうな。お前はいつまで悩んでるつもりだ。立浪があんなに怒った姿は見た事無かったぞ」 「彼は彼です。私はあくまでも私です」 すると関口は3枚の顔写真を澪に見せた。それはいずれも江利賀が調査している人物である。 「私にどうしろって言うんですか」 「この3人を徹底的に調査しろ。休んだ分はその分働いて貰うからな」 安錚は織江九宏の部屋から出てきたばかりである。その時、スマホが鳴った。電話の主は汐谷である。 「あら、どうしたの?」 『ちょっと調べてほしい事があるの。今、私たちが取り扱っているケースに関する事なんだけど』 「その取り扱っているケース次第だけど」 『養子縁組に関する事よ。裁判所のデータベースに残ってるかどうか調べて欲しいの。名前は金田未菜。写真送っておくから』 「わかったわ。時間はかかるけどやってみる」 『ゴメン。急に頼み事しちゃって』 「いいのよ。私もどうせ暇だったし。じゃあね」 電話はそこで切れた。安錚は「織江九宏。首を洗って待っていなさい」と呟いた。 翌日、稲見コーポレーションに振戸と翠が潜入する事になった。社長室の前に2人は立つ。翠がポケットからピッキングツールを取り出した。 「お前に出来んのかよ…」と振戸が唖然として言うが、翠は「バカにしないでよね」と睨みつけながら言う。 翠は少し苦戦しながらも、社長室のドアを開けた。振戸は「まだまだだな」とフッと笑うが、「もっと褒めてくんない?」と不満のようだ。 「はいはい、よく出来ました」と感情がこもっていないように言い、翠を押しのけて部屋に入っていく。翠は膨れっ面を振戸に向ける。 翠は部屋の至る所に隠しカメラを設置していく。振戸は傍にあったパソコンを起動してUSBメモリを挿してパソコンをウイルスに感染させる。 「Eネットワークシステムに自動転送されるこの最終兵器をここで使うには惜しいんだけどな」と振戸が笑みを浮かべて言うが、「ていうか、趣味悪っ」と翠がその横でドン引きしている。それに構わず振戸は流暢にパソコンを操作し、一つのフォルダを開いた。 「これってさ、隠し口座?」と翠が振戸に視線を向ける。振戸は「成程」と 何か閃いたようだ。 「え…?」 「プライベートバンクだ。おそらく稲見は会社間の取引に見せかけたんだろう。特にスイス銀行は秘匿性が高い」 「ていう事は、個人の銀行を持っているって事?」 「5回も示談金を出す金があれば、それも可能だろうな」 『その通りだよ』と通信機越しに清張の声が聞こえた。さらに『これはかなりヤバい予感がする』と続けた。 『実はこの銀行に送金された形跡がある。稲見の息子はまた何かやらかす気だ』 「ホント懲りない奴よね」と翠も呆れたように呟く。 「おいおい、確かにヤバい気がする」とパソコンを操作している振戸も大きな声をあげた。 「え、そっちも?」と翠も視線を向けた。そこにはブランド物のバッグが表示されている。それを見て翠は「これのどこがヤバいの?」と言う。 「コピー商品だ。会長は法外な金額で売り付けて入金していた。そしてその金を示談金に流用して証拠を消していたんだ」 『そう捉えても良いみたいだよ。稲見のバカ息子の示談金の金額とそのコピー品の値段が5件全てにおいて一致していたんだ』 「6件目が起きる前に止めるしかない」 稲見健司の周辺を調査している江利賀はエタンドルで澪と会っていた。 「迷惑かけて済まなかった」 「心配しましたよ」 簡単な会話の後、江利賀は一枚の紙を見せる。その瞬間、澪の目つきが変わった。  「これは…?」 「『警察庁広域重要指定125号』に関するデータです。安錚愛理が来栖芽亜里に関するデータを盗み出してくれました。織江九宏には気づかれてません」 「何で安錚愛理が?」 「汐谷さんが彼女と高校の同級生だったんです」とそこに深町が割って入って来た。深町は2枚の書類を見せた。その書類を澪は食い入るように見る。 その時突如、江利賀のスマホが鳴った。電話の主は安錚からである。 『琴音に何か吹き込んだでしょ。私の親友に手を出さないで』 「知るか。それよりも何で俺に電話かけて来てんだ」 『琴音に頼まれていた事が終わったから連絡をよこしたのよ。金田未菜は既に死亡している。貴方が見ている金田未菜は玉置麗奈っていう女性よ』 「わざわざ報告ご苦労なこった。じゃあな」 電話はそこで切れた。椅子に戻った江利賀は澪に「玉置麗奈という女性の身辺情報を探れますか」と言う。 「わかったわ。このヤマで今までの借りは返すから」 一方、ホームズを走らせていた小南の方にも動きがあった。金田未菜が小学校の校門を出てきた。小南はすぐさま無音カメラでその証拠写真を撮る。その写真には金田未菜と小さい男の子が手を繋いでいる様子が共に映っている。 その夜、事務所には全員が集まっていた。各々が結果を報告する。 「金田未菜は既に死亡している。成り代わっているのが、玉置麗奈だ。そして金田未菜の死亡診断書には硫酸タリウムが使用されている記載がある」と江利賀。 「そして、この写真。玉置麗奈が映っていたこの写真に写っているこの男の子は玉置の子供じゃないみたいだね」とパソコンを操作していた清張が声をあげる。 「誰だ?この男の子は」 「金田航。金田未菜の孫だ」 思ってもみなかった報告にざわつく。清張は構わず続ける。 「小南君が撮った写真を解析したら出てきたのはこの子だったんだよ」 「どう見ても玉置と接点が無いように見える。でもそれがあるんだよ」と江利賀はもう一枚の紙を見せた。そこには金田航に関する詳細が記載されている。 「金田航は稲見と玉置の間に出来た子供だ。いわば『望まぬ子』って奴だ」 「レイプで生まれた子って事?」 「そういう事だろうな」 翠は思いっきり傍にあった机を思いっきり叩き「ホントにクズ」とだけ吐き捨てた。その姿に4人は慄く。 「玉置は養子縁組制度を2つ悪用していた。そして何か目論見があって金田航に接触していた」 すると突如、振戸が何かに気づいたか「これを見ろ」と全員の目線をモニターに向ける。そこにはコインロッカーの鍵を手渡す仕草が映っている。さらにパソコンを操作して金田航に関するデータを表示させた。 「稲見はわいせつの他に更に罪を犯していたんだ。保護責任者遺棄罪で一回逮捕されている。おそらく何者かがデータから削除したんだろう。不都合な真実を消す為に。レイちゃん。この鍵の番号特定できるか」と清張にハッキングを促す。 「俺は男」とボソッと突っ込んで、パソコンを動かす手を早める。そして鍵の番号を特定して見せた。 「はい完了」 「どうだ…?」 「彼が持っているロッカーキー。その中にはとんでもない物が入っている」と言い、ロッカーの中身を見せた。 「すげぇな。こんな事までわかるのか」と小南が感嘆の声をあげる。 「玉置はブツの運び役にこの子を選んだんだ。証拠を残さない為に」と江利賀。 「何が狙いなんだ…?」 「彼女も稲見の犯行に関わっていると見て良いだろう」 一同は絶句して、ただ声を失うばかりだ。 翌日、江利賀はただ一人エタンドルを訪ねていた。深町に結果を報告する。 「3人の奇妙な接点が何か引っかかるんですよね…」 「そうね。そしてこの子に渡っているロッカーキー。何か裏があるかもしれないわ」 深町も同意する。 「玉置と稲見は互いに弱みを握っている。お互いに引き下がるとは思えない」 江利賀がそう呟いた瞬間、深町のスマホに連絡が入った。清張からである。 「あら、レイちゃん。どうしたの?」 『僕は男です。そんな事はさておいてたった今、金田航が何者かによって誘拐されました!』 「え…?」 『急いで車のナンバーから所有者を割り出しました。その人物は稲見健司です。深町さん、車本体をハッキングする事は出来ますか?』 「いくら何でもそれは無茶なんじゃ――」 『稲見が乗っている車ならそれが出来るんですよ。自動運転技術システムがあの車には導入されています。そのシステムに入り込んで電子制御プログラムを書き換えて、遠隔操作すれば良いんです』 少し悩んで深町は「了解。でも上手くいくか保証はないわ」と言い、電話を切った。すぐさま椅子に座りパソコンを操作する。 それを見た江利賀は「何があったんですか?」と深町に尋ねる。 「金田航が稲見健司に誘拐された。スマホのGPSをハッキングして追跡している」 「予想外な出来事だな。子供に手を出すとはね」 江利賀は呆れたように呟いた。 一方、清張を除いた他の3人はコインロッカーに到着していた。小南はピッキングツールを取り出して、簡単にロッカーを解錠した。そのロッカーには袋が入っている。振戸はその中身を確認する。 「これか…?例のブツって奴は」 「間違いないよね」 「それで、これどうするよ?」 3人が3人とも悩んでいる。するとパトカーから降りて澪がやって来た。 「澪さん!みんな心配しましたよ」と翠が駆け寄ってくる。 「皆、済まなかった」と澪は頭を深々と下げる。そして「清張君から聞いてここにやって来たんだ。例のブツがここにあるとか」と続ける。 「はい、これがそのブツです」と小南はその袋を澪に見せる。 「一体、何が目的なんだ…?」と澪が思案していると、スマホの電話が鳴った。電話の主は関口からである。 『俺だ、バカ野郎。一体どこで油を売ってんだ。すぐに戻ってこい』 「何処にいるって、今コインロッカーから例のブツを回収した所ですけど」 『そんな事は後回しだ。たった今、稲見のバカ息子を逮捕したんだよ。執行妨害と建造物損壊でな。会長の方も今、立浪が取り調べしている。わかったらとっとと取り調べを始めるぞ』 そこで電話は切れた。 「稲見健司が逮捕された。どうやら警察署に車を突っ込んだらしいわ。私はとりあえず署に戻るね」と告げ、澪は足早にその場を去って行った。 「まさか、あのチビやりやがったな」と小南。 数時間前―― 関口は嘉元と共に警察署の廊下を歩いていた。 「稲見会長は今、立浪さんが取り調べしてるっすけど大丈夫ですかねぇ」 「さぁな。まぁこれでも倉木の相棒だ。自分で何とかするだろ」 2人は黙って廊下を歩いている。すると突如鈍い音が鳴り響いた。2人は急いで廊下を駆け下り、警察署の入り口を出る。そこにはパトカーに車が突っ込んでいた。その車の中から出てきたのはなんと稲見健司だった。関口はそんな稲見を蔑むような目で見ている。 「ここまで頭が逝かれてるとは思わなかったな。バカ息子」 「いや…あの、僕が運転したわけじゃないです」と狼狽える。その時、トランクから音がした。嘉元はトランクを開ける。そのトランクから姿が見えたのは金田航であった。関口はすぐに稲見に手錠をかけた。 「女だけじゃなくて、子供にも手を出しやがったか。言っておくが、親父に助けてもらおうなんて思うなよ」 「ふーんだ。どうせまた、金を積んで解決してもらうし」と稲見は居直る。すかさず嘉元は「残念ながらそれは無理っす」と稲見に告げる。 「君のパパは今、取り調べ中っす」 「な、な、何で…?」 「甘く見たな。学習能力が無いと思ったら大間違いだぞ。このボケナス」 関口は憤怒の表情を浮かべ、稲見を署に連行していった。 取り調べ室では立浪が稲見晃と対峙していた。時間だけが経過しており、中々状況を打破できない。立浪に焦りが生じ始めている。 「もう終わりかね?」 「くっ…」 突如として、取調室の廊下から靴音が響いている。取調室の廊下が乱暴に開けられた。やって来たのは澪だった。手には袋を手にしている。そして胸のポケットから何かを取り出した。 「あんだけ言っておいてこのザマか。今すぐにでも退職届を書け」と言い一枚の紙を出した。そして目線を変え、稲見に袋の中身を見せつけた。稲見はこれまでの余裕が嘘のように狼狽している。 「何だと!?」 「残念だったな。これがお前の犯行の決定的な証拠だ」 稲見は立ち上がり逃げようとする。その腕に澪は手錠をかける。 「著作権法違反容疑で通常逮捕する」と言い、稲見を座らせる。稲見はもはや立ち上がる気力すら残っていない。澪は「警察を舐めんなよ」と威圧的な口調で言い放った。その姿に立浪は笑みを浮かべる。 全ての処理が終わった後、澪は関口と廊下で鉢合わせした。「退職届を俺に出せ」とその手を差し出す。澪は退職届を関口に手渡した。関口は退職届を真っ二つに破る。 「少しは気が晴れたか」 「はい」 澪は深々と頭を下げた。 「あの、玉置麗奈は――」 「ああ、殺人の容疑で逮捕されたよ。認めたくはないが、探偵達は優秀だな」 澪はそれを聞いて柔和な笑みを浮かべる。その後ろから立浪がやって来た。 「あの、生意気な事を言ってすみませんでした。あれだけ言ったのに助けてもらって、僕はまだ未熟です。僕こそが退職しなければなりません」 澪は振り向き、立浪のネクタイを掴む。 「そう思っているなら、退職届を一生持っていろ」 澪はネクタイを持つ手を離し、その場を去っていった。立浪は涙目になりながらその姿を見つめている。 一方、汐谷と安錚は共にエタンドルにいた。安錚はバックからノートパソコンを取り出した。 「それは…?」 「…とっておきの決定的な証拠よ」 安錚は何か企みがあるような笑みを浮かべていた。
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