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CASE8
数週間前――
清張は深町と共に小学生を対象にしたインターネット教室に講師として参加していた。
「では、最後に清張さん最後に何か一言ありますか」
先生に勧められて、清張は前に出てマイクを持つ。そして一息ついて話し始めた。
「ネット社会は便利な反面、指一つあれば1人の人間の命をあっというまに消せます。それだけは決して忘れないで下さい」
清張は深く頭を下げる。場内には拍手が沸き上がった。
講義終了後、深町は清張と共に廊下を歩いていた。
「レイちゃんったら、意外だね。こんなに前のめりになって話すなんて」
「僕は男です。僕にも譲れない思いがあるんで」
深町が揶揄うのを尻目に清張は強く言い放った。そしてこう続ける。
「ネットというのは博打みたいなものですよ。便利な機能がある反面、人を殺す凶器にもなる。僕はそれを教えたかっただけです」
「良い子ね。よし、ご褒美に新作のパフェをご馳走してあげる」
清張はふっと笑みを見せた。その後、2人は他愛のない話を続けていた。
ある日、清張と共に外出していた振戸は信号待ちの間、ポケットからある一枚の写真を見ていた。それを見て清張は「おやおや」と冷やかすように言う。
「彼女ですか?これは」
「ち、違うな。彼女じゃなくて知り合いの元子役だ。今は配信者『ムーン』として活動している。お前も知っているだろう」
「ああ、最近巷の有名な配信者ねぇ。お前が探偵をやっている事知ったらどう思うだろうな」
「さぁな」
暫くして、青信号になり2人は歩き始めた。すると川に入ろうとしている人物を見かけた。2人は走ってその女性に駆け寄る。
「何やってるんですか!?」
振戸は腕を引き、その女性を陸に上げた。2人は肩で大きく息をしている。
「何で、私の事を助けたの…!?こんな生きてて意味のない人間を」とその女性は顔をあげる。すると振戸の表情が変わった。
「何故お前が…?何でって、困っている人間を放っておけないからだよ」
清張も女性の顔を覗き見る。見た事のある顔に目を見開く。
「君は――」
その女の顔は配信者である『ムーン』であった――
エタンドルにやって来た2人はその女性から話を聞くことになったが、沈黙ばかりが流れるばかりで何も話そうとしない。そこにやって来たのは関口と澪だった。
「な、何でここにいるんだ。お前らまさか、無理やり連れ込んだんじゃないだろうな」と関口が詰め寄るが、「そんなことするわけないでしょ」と澪がフォローに入る。それを見て2人は頷く。
「そうですよ」と振戸は関口に言った後、「大体、なんで川に入ろうとしてたんだ。月村友里」と振戸は月村に視線を向ける。
「知っているの?」
「はい、昔からの知り合いです。とりあえず話せ。俺たちは知る権利がある」と先を促す。
「実は、私は配信活動を行っているんです。ですが、最近コメント欄に誹謗中傷の数が多くなり怖くなって…」
「それで川に入ろうとしていたって事か」と清張。
「警察には相談したのか」と振戸。
「相談はしました。ですが『有名税みたいなもの』とあしらわれました」
関口は大きくため息をつき、「西の野郎の事だからな、相談に乗るわけがねぇ。おい、小僧。誹謗中傷してる奴を突き止められないのか」と清張に視線を向ける。
「簡単に言わないでくださいよ。ハッキングするのだって結構大変なんですから。それにSNSの誹謗中傷となればターゲットは1人とは限らないんですよ」
「でも、それを突き止めるのが、天才ハッカーのレイちゃんでしょ?」と深町は色目を使って清張に言う。清張は観念したか息を吐いた。
「分かりましたよ」
翌日、イレーズ探偵事務所には汐谷がただ1人やって来ていた。すると背後から「友人との水入らずの会話は楽しかったでしょうか?」と江利賀の声がした。汐谷は振り向いた。
「見てたんですか…?」
「ええ、聞いてもいましたよ」と言い、江利賀はICレコーダーを取り出した。
「随分と趣味の悪いお方ですね。一体何がしたいんですか?」
「安錚とただ喋ってただけじゃなさそうですね。ノートパソコンを受け取ったんでしょ」
「鋭いですね…ですが、それには決して触れてはいけませんよ」と汐谷は警告する。すると扉が開いて春影と共に皆がやって来た。江利賀は「またお預けですね」と言い、自分の席に戻る。
「昨日の『ムーン』の配信、何かよそよそしかったね」と翠。「ああ、何か気になるな。表情が暗かった」と小南も同意する。
「おい、皆見てるみたいぞ」と清張は小声で振戸に耳打ちする。
各々が自分の席に座ったところで春影はEネットワークシステムを起動し、「始めよう」と話す。
「汐谷君。今日の対象者を確認してくれ」
「わかりました」
汐谷はモニターを操作する。すると途端に表情が変わった。
「どうした?」
「いえ、ただ、今回のケースはかなり異質なケースです」と言い、モニターに人物を表示させる。その人物は『月村友里』である。
「今回はこの人物が対象者です。彼女はSNSの誹謗中傷を受けています」と言いモニターにその書き込みを表示させた。江利賀は「こんなにたくさん…?」と驚愕する。
「ネットいじめ、いわゆる電子掲示板に彼女は事実無根の内容を書き込まれています。ただ、これらは書き込み元の身元以外の証拠や明確な犯行動機を証明できるものがありません」
「ネットで誹謗中傷を受けた場合は加害者を名誉毀損罪に問う事は出来る。ただそれは――」
「書き込みをした本人が特定できていることが条件ですよね?」と春影の話に清張が割って入るかのように言う。「その通りだ」と春影は褒めるかのように言う。
「でも投稿者の特定って難しいんですよね?」と翠。「機械音痴のお前が言うか」と小南がバカにするかのように言う。翠は「日々勉強中よ」と小南に吐き捨てる。
「翠さんの言う通りです。情報を開示してもらうには2回の裁判手続きが必要になります。しかし誹謗中傷等を発信している匿名アカウントの本名や住所等の情報開示請求には、裁判所の仮処分が必要となり、金銭的な費用が大きく泣き寝入りしているのが現状です」
被害者は法によって保護されていない。匿名によって守られており、法による整備が追い付いていないのである。その上、警察は民事不介入で動かないことが多い。
「とにかく、保護対象者を守ることに全力を尽くす」と振戸。
一方、警視庁では澪と立浪と嘉元と関口がそのケースについて対応していた。
「サイバー対策室にもその手の相談は来ていないっす」
「やっぱりな」
嘉元の報告に関口は呆れた表情を見せる。澪も「そりゃあ、警察なんてあてにならないなんて言われても文句は言えないわ」と言う。立浪も「ホントにその通りです」と続ける。
「警察で手に負えないんだったら、探偵たちに丸投げしておけば良い」と関口。その言葉に澪は「あら、進んで協力する気になったんですか?」と微笑みながら尋ねる。
「何を言うか」
「素直になった方が良いですよ。ホントは手を借りたいくせに」と立浪も援護射撃をする。
「うるせぇ、こっちは藁にも縋る思いだ。とにかく、このまま誹謗中傷している奴をのさばらしておくわけにはいかない」
関口は大きく伸びをした後、「もう一回、彼女から事情を聴くぞ」と言い部屋から出て行った。
「なんだかんだ言って、探偵達を認めたって事ですかね」と嘉元。
イレーズ探偵事務所では月村友里に関する資料を全員で読み漁っていた。清張は普段通り淡々とこなしているが、他の4人は目が疲れたのか、疲労困憊だ。
「もう無理…」と翠は机に突っ伏した。
「相当な数に及ぶかもしれないな」と江利賀。すると振戸は「何だこれは…?」と驚愕の声をあげる。小南は「どうした?」と振戸に視線を向ける。
「見るに堪えないくだらない物だらけだ」と言いその内容を読み上げて行く。それらを聞いた翠は「ホントにくだらないわ」と振戸に同意するかのように言う。するとその時、澪と嘉元が事務所にやって来た。
「こっちはどうなっている」
「どうなっているも何も見ての通りですよ」と江利賀は大あくびしながら資料を2人に手渡す。
「関口さんが彼女の対応にあたっているっすけど、中々喋ろうとしないっすね。現に彼女は一回告訴を取り下げてしまいましたし」
「どういう事ですか?」と小南が尋ねる。
「一度告訴を取り下げると再告訴はできなくなるんですよ」と嘉元が説明するかのように言う。
「嘉元の言う通り、刑事訴訟法の規定で告訴の取消しをした場合、同じ事件で再び告訴をすることができない。特に今回の名誉棄損罪は親告罪だからな」と澪も続けた。
親告罪と非親告罪の違いは当事者同士で解決ができる問題であるかどうかだ。近年、刑法改正等で親告罪が非親告罪になるケースが見られるがインターネットが絡むサイバー犯罪は殆どが親告罪に該当している。
「僕たちの手で何とかするしかない」と清張。その時、関口がやって来た。手には何か紙を持っている。
「事態は思った以上に深刻な状態だ」と関口はその紙を机に叩きつける。
澪はその紙を見た瞬間、怪訝な表情を浮かべ、「親告罪では済まないレベルになっている」と呟いた。
「それだけじゃねぇ。郵便ポストの中に剃刀が入っていることもあった」
「住所まで割り出されたって事ですか?」と翠が尋ねる。
「こういう人達は『ルサンチマン症候群』と言うんです」と汐谷がドアを開けて戻ってきた。
聞いた事のない言葉に皆はポカンとしている。汐谷は構わず「他人の幸せが許せない、他人の利益を不快に感じる人の事です。特にこういう誹謗中傷によく見受けられます」と続ける。
「嫉妬に駆られて攻撃する人間って事か」と江利賀。
「過剰な正義感は、時に人を傷つけるってね」と振戸が言ったその瞬間、Eネットワークシステムのアラートが鳴った。
その画面に映し出されたのは『種田昌親』という男性である。その名前に澪は目を見開いた。関口も怪訝な表情を浮かべる。
「関口さん、この人は…」
「ああ、日本の最高裁判所の裁判官だ。しかし何故…?」
モニターに映る種田の画像を皆は見つめていた。汐谷はポケットからスマホを取り出す。
安錚は1人、来栖芽亜里に関するデータを整理していた。そこにスマホが鳴った。汐谷からである。
『今、手が空いてる?調べて欲しい物があるんだけど』
「良いわ。その代わり今度スイーツご馳走になるわ」
『分かった。種田昌親に関して調べて欲しいの』
「種田…?」
安錚は誰だか思い出せないのか頭にクエスチョンマークが浮かんでいる様子を浮かべる。
『史上最年少となる50歳で最高裁判所裁判官に任命された人よ』と汐谷の声で我に返った。「それでその男に何か用なの?」と安錚は聞く。
『今、その男を私たちが調べているの。あ、ちょっと江利賀君』
何やら江利賀は汐谷のスマホを取り上げたようだ。江利賀は構わず通話する。
『よお、後でじっくり聞かせてもらうぜ』
「邪魔しないで、今大事な話しているから。それで、種田という男を調べればいいのね?」
『ああ、ヘマしたらどうなるかわかってるよな?』
電話はそこで切れた。安錚は思いっきり溜息をつく。
エタンドルにて、深町はパソコンを操作している。そこにやって来たのは関口と清張だった。
「あら、珍しい組み合わせね。一体どうしたの?」
「それが結構大変なんですよ」
深町は2人をカウンターに座らせる。関口はモンブランを2つ注文した。
「この前のお礼だ」
「ありがとうございます」
しばらくして、2人の席にモンブランが運ばれてきた。深町は「それでね、あの後、掲示板を調べてみたの。1000人ぐらい特定して見せたわ」と自慢げに話す。
「そんなにいたんですか…?」
「そう。その中でも首都圏のエリアに住んでいて、特に悪質な書き込みをしていたのはこの18人」と言い、印刷した紙を2人に渡した。
「恩に着るぜ。書き込み先まで見つけるのは手段的に結構時間がかかるからな」
「こういう誹謗中傷というのはゲーム感覚で手を染める人間は多くいますから。それで『ムーン』との面談はどうなったんですか」と清張は関口に目線を向けた。
「かなり憔悴している。だが、もうこれ以上一課の仕事がどうのこうの言っている場合じゃねぇ。現に住所は全て特定されている。明日全員一斉に検挙するしかない」
関口はモンブランを食べ進め、強く言い切った。
翌日、事務所にはメンバー全員が集まっている。話題は月村友里に関する事で持ち切りだ。
「なぁ、振戸。アイツとは一体どんな関係だ」と小南が茶化すように尋ねる。「聞きたいな」と翠も視線を向ける。
「そんな特別な関係じゃない。昔、子役として俺たちは日々競い合っていた。俺はある日を境に子役を引退したが、アイツは表に立って活動している」
「で、何で辞めたの?」と清張も興味津々だ。
「敵わないと思ったからだ。売れ続けているアイツに妬みさえ思ったりした。比較される事がプレッシャーになっていたからな」
「蹴落とそうと思ったことはないのか」と江利賀は訝しげに尋ねる。
「無いね」
振戸は即答した。
「とにかく、彼女は既に透明人間達のターゲットになっている。早くこの騒動に決着をつけないとな」
「そうそう。早く収まってくれないと」
小南と翠が意気込んだその時、立浪が事務所にやって来た。手にはノートを手にしている。そして疲れ切ったかのように大きく息を吐き、椅子に座った。
「お疲れ様です。そんな顔してどうしたんですか?」と翠が尋ねる。
「いやー、関口さんったら滅茶苦茶だよ。いきなり18人を取り調べするって言って、本当に18人全員の自宅に赴いて摘発したんだよ」
思ってみなかった出来事に全員がざわつく。「それでどうなったんですか」と江利賀は先を促すように言う。
「何人かは辻褄が合わなくなるまで誰かのせいにしてたりしてるんだ。中でも多かったのはデジタル・プリズンの管理人に頼まれたっていうのが一番多かったんだ」
「デジタル・プリズン…?」と小南が疑問を抱く。すると「まさか…?」と呟きながら清張はパソコンを操作する。
「いきなりどうした?」と振戸。清張はそんな振戸を遮るかのように「黙って」と言い放った。そしてとあるサイトをモニターに映し出した。「何これ…?」と翠は困惑気味だ。
「聞いたことがある。このサイトはかなり危険な闇サイトだ。個人情報とか簡単に売られているんだよ」
清張はさらにパソコンを操作し、ハッキングしてサイトのアクセスを試みるが、異変に気付いた。
「何でだ…?このサイトにアクセスできない」
「清張君がハッキングできないって事はかなり高度な技術を使っているって事か」と立浪も驚いているようだ。
清張は焦りからか頭を抱えている。するとそこにやって来たのは深町だった。
「深町さん?どうしてここに来たんですか?」と振戸。
「関口さんの取り調べを嘉元さんから聞いたのよ。そしたら…」
「デジタル・プリズンですか?」と江利賀は前のめりになって尋ねる。「正解。私はハッキングできたわ」と深町は返す。
「ハッキングできたんですか?僕は出来なかったですけど」と清張。
清張の言葉に深町の目の色が変わる。そして「サイトの運営者がアクセスしている時間と私がハッキングした時間は一緒だったわ」と続ける。
「つまり、このサイトのセキュリティは同じ時間にハッキングしないといけないって事か。かなり時間がかかる作業だな。深町さん、後はお願いできますか」
「分かったわ」
深町は事務所を出て行った。
一方、関口と澪は18人の取り調べが終わった所だった。2人は近くの食堂で昼食を取っている。関口は元気が有り余っているようだが、対象的に澪は疲れているようだ。
「どうした。箸が進んでないぞ」
「急にどうしたんですか。18人一斉に摘発するなんて」と澪は不満そうな顔するが、「知るか。そんな事を言ったって時間がねぇんだぞ」と関口は返した。
「あの書き込み見ただろう。どう見たって脅迫罪に該当する内容だぞ」
「そりゃそうでしょうけど」
2人は食事を進める。しばらくして関口は口を開く。
「誹謗中傷の加害者は誰にでもなる危険性がある。ネット私刑、自分の正義感を見せつけたい人が手を染める」
「まるで麻薬みたいなものですよ」
関口の言葉に澪も同意する。そして「デジタル・プリズンという言葉が多かった」と続ける。
「そのサイトが一体何なのか、それは探偵達に探ってもらうしかない」
安錚は種田の部屋に潜入していた。パソコンを見つけて起動する。
パソコンを流暢に操作して、とあるウェブサイトをクリックした。すると安錚の目が変わる。
「これは…?」
画面が映し出したそのサイトは『デジタル・プリズン』だった…!
事務所には清張と振戸しか残っていなかった。清張はパソコンを眺めていて、振戸も『ムーン』の配信を見ている。するとそこに春影がやって来た。
「終わったのか」
「ええ、誹謗中傷に関わった人間を検挙したそうです」
2人が話している中、清張は何やら険しい表情をして「いや、まだ終わっていない」と静かに言う。
「どういう事だね?」と春影が尋ねる。
清張は答える事無くパソコンを操作する。モニターに映し出したのは種田昌親だ。
「この男が何故、Eネットワークシステムに検出されたのか」
「確かにな、何か引っかかる」
数日後、事務所には清張と振戸と汐谷がいた。汐谷はスマホを見て『ムーン』の動画を見ているようだ。
「あれ、汐谷さんも見てるんですか?」と振戸が食い入るように見る。
汐谷は「少し気になってまして」と答えた。
「彼女も笑顔が戻ったようで良かったですね」と振戸に言う。「ええ。何とかいつもの彼女に戻ったみたいです」と殊勝な態度を見せる。
「問題はこの種田という男が今回、どう絡んでいるかだ」と清張。その時、嘉元が事務所にやって来た。何やら騒がしいようだ。
「あれ、嘉元さん。今日は1人だけですか?」と清張。
「そうっす。あれ、他の皆はどうしたんですか?」
「他の皆は各々仕事してます。ていうか、嘉元さんそんなに慌ててどうしたんですか?」と振戸。
「それが、関口さん達が取り調べた18人が全員不起訴処分になったんすよ」と嘉元は丁寧に答える。その言葉に全員に緊張が走る。
「どういう事ですか?」
「僕にもわかんないっす。でも何か圧力がかかったんじゃないかともっぱらの噂です」
すると、種田の自宅を潜入中の小南と翠の声が聞こえた。
『こっちにも動きがあった。種田の自宅のファイルから名簿が見つかった』
『その名簿の名前はデジタル・プリズンでした』
小南と翠が話すのを尻目に清張はパソコンを操作している。するとデジタル・プリズンにハッキングできたのだ。
「デジタル・プリズンのサイトにハッキングが出来た」と清張が皆に聞こえるような声で言う。その言葉に事務所にいる面々の目線はパソコンに集中する。
「このサイトに載っている人物は全員死亡している。全て自殺の処理だ」
「まさか、このサイトを運営しているのは種田か…?」と振戸。
すると突如、Eネットワークシステムにアラートが作動した。その画面に映し出されたのは『近江祐一』だった。
「いきなり過ぎるぞ…何でコイツが?」と振戸は疑問を隠せない。それに構わず思い出したかのように嘉元は大きな声をあげる。
「この男、書き込みの件で僕が取り調べたっす」
「月村友里に恨みを抱いている人間…」
「こいつ、ダガーナイフを購入している。直接狙うつもりだ」と言い清張は壁に掛けてあるカレンダーを見る。そして「確か、今日はイベントを行うって言ってた」と続け、近江のGPSをハッキングする。あっという間に居場所を特定して見せた。
「近江は今、イベント会場に向かっている。早く止めないと命取りになる」
汐谷はそれを受け、江利賀にすぐさま指示を出す。
「江利賀君、イベント会場に向かってください!」
イベント会場には既に長蛇の列が並んでいた。手荷物検査が行われている様子はなく、列はスムーズに進んでいる。すると受付の人が男の人を止めた。よく見ると、それは近江である。
「お客さん、ちょっとカバンの中身を確認させてもらって良いですか?」と言い、受付係に扮している江利賀はバッグの中から袋詰めされているダガーナイフを取り出して明後日の方角へ放り投げた。
近江は慌ててナイフを拾おうとするが、その先に立っていた関口に手を取られ呆気なく手錠をかけられた。
「何だよこれ!お前誰だ!」と喚くが、「言わなくても手錠を見りゃあわかるだろうが、おたんこなすが」と軽くいなされた。そして「今この場で言え。デジタル・プリズンっていう闇サイトの管理人は一体誰だ」と胸倉を掴まれた。
「いや…」
「言えよ!」
関口の剣幕に観念した近江は「種田昌親…」と小さい声で答えた。
「ハッ、お前にもう用はねぇ。銃刀法違反の現行犯逮捕だ」
近江は観念し、項垂れていた。その様子を見ていた江利賀は「近江は関口さんが逮捕した。そしてデジタル・プリズンを動かしていたのは種田」と全員に通信機越しに伝える。そしてスマホを取り出した。
種田はその頃、自分の部屋でパソコンを操作していた。何やらパソコンを初期化して画面は真っ暗になっている。証拠を消したことで安堵しているのだろう。しかしその安心は澪と清張と振戸が来たことで事態は一変した。
「何なんだ君たちは、ここに無断で入ってきやがって!」
「何もなければここには来ねぇよ」と振戸も言い返し、続けて清張がとある1枚の紙を見せた。
「デジタル・プリズンの管理人はお前だったんだな。そして近江を動かしたのも月村友里を殺す為に」と種田に視線を向ける。その表情は憤怒で満ちあふれている。
「何でここまでわかったんだ…?まさか…!?」と言い、机の引き出しを探すが見つからないようだ。そんな種田を嘲笑うように「どうしたのかしら。お目当てのものが見つからないのね。お馬鹿さん」と言い、安錚が部屋の中に入って来た。
「どういう事だ…?」
「ソーシャル・エンジニアリングって言葉はご存じないかしら?」と言い付箋を見せた。その付箋にはパスワードが書かれている。
ソーシャルエンジニアリングとは、情報システムに直接介入する攻撃手法を用いず、物理的に本人の周辺に近づいて、人間の行動や心理に生じる隙を利用して重要な情報を得る手法を指す。安錚は種田の部屋に侵入した時にパスワードを書いてある付箋を元にアクセスしていたのだった。清張がハッキング出来たのは既にアクセスされている状態になっていたからである。
「何だと…!?」
「こういうのはしっかりと記憶しておかないとね」と安錚は脳みそを指差し、嘲笑する。
「こんなものたかがネットの書き込みだろう!」と種田は怒鳴り散らすが、清張がその言葉に反応する。
「たかがだと…?ふざけんなよ!お前にとってはたかがだけどな、書き込まれてる人間にとってはその書き込みが命を奪うことがあるんだよ!」と言い清張はネクタイを掴み、殴りかかろうとするが、寸前で振戸がその腕を止めた。
「おい…!」
「よせ、お前が殴っても大したダメージは入んねぇよ」
振戸は清張の腕を下ろし、種田に向かって「月村友里が受けた苦しみを、その痛みを今度はお前が味わえ」と吐き捨てて、鳩尾に一撃を叩きこんだ。痛みに種田は悶絶している。
「他に言い残すことは?」
「…」
澪の問いかけに答える気力すら残っていなかった。そんな種田に手錠をかけ「信用毀損罪及び犯罪幇助罪と教唆罪で逮捕するからな」と告げた。安錚はそんな種田に向かって「バーカ」と小馬鹿にするように言い、その場を去って行った。
事件が解決し、部屋に残っていたのは汐谷と春影のみだった。
「来栖芽亜里、彼女に関するデータはここに」
「…」
春影は腕を組んで黙っている。するとそこにやって来たのは江利賀だ。
「亜嵐君…」
「汐谷さん、そろそろ教えてもらってよろしいですか?安錚と何を話していたのか」
「ええ、2人で楽しく話していましたよ」
汐谷は軽快な笑みを浮かべていた。
ところがそうではなかったようだ。安錚はノートパソコンを汐谷に手渡していたのだった。
「これは織江九宏が握り潰したとされる隠蔽された事件の概要のノートパソコンよ。故障したって事に表向きはなっていたけど、復元してみせたわ」
安錚は笑みを浮かべながらドヤ顔を汐谷に見せる。
「でも大丈夫なの?持ち出しなんかしたら狙われるわよ」
「心配無用よ。全く同じ型のノートパソコンを置いてあるから。あのジジイには気づかれていないわ」
安錚はウインクして笑みを浮かべる。
「これが私が持っていてもしょうがない。だから貴方に託すことにするわ。私が出来るのは恐らくここまでだから」
「ありがとう」
その夜、来栖はアジトでパソコンを閲覧している。何やら悲しそうな様子だ。そこにやって来たのは関口だった。
「とうとう見つけたぞ、来栖芽亜里」
「あら、どちら様ですか?」
「とぼけるな。14年前、お前を取り調べた刑事だ。俺を忘れたとは言わせねぇぞ」
「ここまで来るなんて、相当お暇なのね」
関口はじりじりと来栖との距離を縮める。来栖は傍にあったガラスのコップを天井にあてて割り、視線を逸らせる。関口はたまらず目を瞑る。
関口が目を開けると、既に来栖の姿はそこになかった――
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