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ぼくの国にはひとりの巨人がいて、この世界の空を支えている。
世界はひとつの街でできていた。その周囲、街の塀も壁も路地もすべてがかたい岩で覆われ囲まれたこの世界。その、岩の天をたったひとりで何百年ものあいだ支え続けている巨人を、ここで暮らすぼくらはみんな慕っていた。
高く天に向けてかかげられた両腕も、岩の大地に根を張るようにしっかりと踏みしめられた両脚も、僕らの何倍も何十倍も大きい。なのに怖いと感じさせないのは、この巨人――グエルという名のこの巨人のおじさんが、彼にとってはちっぽけな存在であろうぼくら人間に、深い慈しみの瞳を向けてくれるからだ。
街はおじさんを中心に大きな広場を作り、そこを囲むように円形状に広がっていた。
太古の昔からある大樹のように、厳かなほど揺るぎもせずに、おじさんはそこに立ち続けている。
「ティム、そろそろ起きるんだ」
部屋の天井よりも遥か高いところから優しく降ってきた声に、僕は目を覚ます。みんなが慕う巨人に親しく名前を呼ばれて目を覚ますことができる子どもなんてきっとぼくだけだろうな、と夢うつつに笑う。
「起きたなら早く支度を。パンが売り切れてしまうぞ」
それは困る、とぼくはあわてて飛び起きた。
「いま起きるよ! ――おはよう、おじさん」
窓を開けて上を見上げると、おじさんの体が薄く淡い水の色にゆっくりと明滅していた。朝の色だ。
おじさんの体は、朝にはぼんやりと優しい光を灯し、昼には強く澄んだ色を放つ。そして夜には光が消えて、本来のおじさんの色である灰黒の肌になる。
おじさんの灯す光を浴びて朝と昼と夜とにわけて生活するのだということを、ぼくが生まれるよりもずっと昔におじさんから学んだのだそうだ。
「いつものパンはもう残りひとつしかないぞ」
「うそ、急がないと!」
おじさんはこの街のすべてを一望できるので、ぼくが毎日通っているパン屋の様子だってすぐに分かる。ぼくは大急ぎで身支度を整えてパンを買いに家を出た。
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