静かな夜の逃避行

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雨の中、車を捨てて林の中の砂利道を歩く。 あてどなく夜道を彷徨い、行き止まりの大きな木の下で俺たちは、足を止めた。 「ねぇ、キスしていい?」 「……うん。しゅういち、キスして」 どこかたどたどしい問いかけに、ぎこちなく答えて、俺は目を瞑った。 ふわり、と、唇が冷たい皮膚で覆われる。 「もう、肌を合わせることは出来ないけど」 唇だけを合わせる。 まるで幼児が母親とするような、ちゅ、ちゅ、と小鳥のように触れ合うだけの口づけ。 木々の狭間で、濡れた布越しにお互いの冷たい体温を分かち合いながら、俺たちは唇を合わせ続けた。 「貴志、愛してる」 修一の口から、混じり気のない悲しみとともに、俺への愛が紡がれる。 「本当の、本当に……誰よりも、愛していたよ」 胸を切り裂く過去形の言葉。 そっと離れていく唇を追うことも出来ず、俺はその場に頽(くずお)れる。 ぬかるむ地面を見つめながら嗚咽する俺に、修一は限りない慈しみを込めて俺の名を囁いた。 「幸せを、祈っているから」 優しすぎるほどに優しい掌が、俺の頭をそっと撫で、そして。 離れて、いった。
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