217人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
雨の中、車を捨てて林の中の砂利道を歩く。
あてどなく夜道を彷徨い、行き止まりの大きな木の下で俺たちは、足を止めた。
「ねぇ、キスしていい?」
「……うん。しゅういち、キスして」
どこかたどたどしい問いかけに、ぎこちなく答えて、俺は目を瞑った。
ふわり、と、唇が冷たい皮膚で覆われる。
「もう、肌を合わせることは出来ないけど」
唇だけを合わせる。
まるで幼児が母親とするような、ちゅ、ちゅ、と小鳥のように触れ合うだけの口づけ。
木々の狭間で、濡れた布越しにお互いの冷たい体温を分かち合いながら、俺たちは唇を合わせ続けた。
「貴志、愛してる」
修一の口から、混じり気のない悲しみとともに、俺への愛が紡がれる。
「本当の、本当に……誰よりも、愛していたよ」
胸を切り裂く過去形の言葉。
そっと離れていく唇を追うことも出来ず、俺はその場に頽(くずお)れる。
ぬかるむ地面を見つめながら嗚咽する俺に、修一は限りない慈しみを込めて俺の名を囁いた。
「幸せを、祈っているから」
優しすぎるほどに優しい掌が、俺の頭をそっと撫で、そして。
離れて、いった。
最初のコメントを投稿しよう!