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菜々に再会したのは、一年後。
高校三年生になってからのことだった。
わたしはその日も、いつもと同じ日常どおりの生活をしていた。
授業が終わり、電車に乗って、まっすぐ家に帰る。
一年前と違うのは、帰ったらすぐ勉強に取り組むようになったところだろうか。
駅の改札を抜け、家に着くまでに通る公園を横切る。
ここは一年前、菜々と来たところだ。
「はる子!」
少々懐かしい声がわたしを呼んだ。
声の方を見ると、髪を後ろで一つに結んだ菜々がベンチに座った状態でこちらに手を振っていた。
「え? 菜々?」
お互いにメールをしないし、電車でも会わないし。
それなのに全く、心が離れているような気はしなかった。距離というものを感じなかった。
ただ、一年間会わずで、それから突然の再会となったので、わたしはやっぱり驚きはしていた。
「久しぶり。どうしたの? 家、こっちじゃないのに」
「少しだけだったら、のんびりしていいよってお母さんからお許しがでたの。だから散歩してる」
散歩に母親の許可がいるのだろうか? なんだか不思議な家だな、とわたしは思った。それをそのまま訊くと、菜々はにやにやと笑った。
「うん、だって私、赤ちゃん産んだからね」
数秒間。時間が止まった。
「……え?」
赤ちゃん、赤ちゃんとは。菜々と赤ちゃん?
全く状況が飲み込めずわたしが固まっていると、菜々が鞄から携帯電話を取り出した。
それを操作し、わたしに画面を見せてくる。
そこにはピンク色の服を着せられたふくふくとした赤ん坊の写真があった。
「え、えー?」
わたしは菜々と赤ん坊の写真を交互に指差した。
「菜々が産んだの?」「菜々の子どもなの?」と訊きたかったのだが、言葉が出なかったからだ。
そんなわたしの様子に菜々は堪えるように「くく」と笑った。
「驚きすぎ」
そりゃ、驚くだろうよ。
驚かない人間がいるものか、と思ったが、やっぱりわたしは言葉にならない。
「え、てかこの子は女の子? 名前は?」
ようやく頭が回ってきたと思ったら、わたしが訊いたのはそのようなことだった。
「女の子だよ。名前は光璃ちゃん」
「ひかりちゃん……」
光り輝く私の宝物、という意味だよ、と菜々が言う。
「まぁ、そう思えるようになれたら良いな、っていう願望だけどね」と菜々はぽつり、と言った。
「……というか、もっと他に訊くことなかったの? 性別と名前って」
はる子って質問が平和だね、と菜々は言い添える。
他に訊くこと、というと。
旦那さんはいるの?とか、学校はどうしてるの?とか、赤ちゃんは前から欲しかったの?とかそういうことだろうか。
でも、それって菜々は答えたいのだろうか。きっと菜々にとっては「初めての質問」ではないだろう。何度も何度も、誰かに質問され続けて答え続けてきたものではないだろうか。
「……衝撃で頭が回らなかった」
わたしは半分だけ本当のことを言った。
そんなわたしを菜々は優しく笑っている。
「あ、でも他にも質問あるかも……」
わたしは二人で町を歩いてまわったことを思い返した。
菜々が「何?」と訊く。
「……なんであのときキスしたの?」
菜々は憶えてないとかそんなことを言うのかな、と思っていたら、「駅で別れたときのことか」と普通の表情で答えた。
菜々は少し考える様子を見せてから、「あのね」と言った。
電車に乗ってるとき。本当はもっと前からはる子じゃないかな、って気づいてたんだよ、と。
でも、あの日、学校が最後だったから、思い切って声かけようって思ったの。
菜々はそんなことを言った。
わたしは驚きで目を見開いてしまう。
「はる子のことが昔、好きだったよ」
菜々は微笑んでいた。懐かしいもの。愛おしいもの。それは過去の宝物を見る目だと思った。
【了】
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